後日談 未来に向かって
「……それで、殺したのか?」
「いいえ? 広樹君曰く『なーに、ちゃんと細胞を少しぐらい残すように調整した』とのことよ」
実に恐ろしい事を言う少年である、とメタリカは遠い目をしながら考えた。
事件から三日が過ぎて今、クロノスは上級能力者の資格を持つ能力者に対して報告を行っていた。上級能力者の一部は任務か勝手な用事かで欠席しているものもいるが、重ね全員揃っていた。
勿論中には広樹と親しいサイや、彼と戦ったメタリカの姿もいた。
「かーっオレも任務が入ってなければ一緒に参加してたのによー!」
男勝りな性格ではあるが、中学生レベルの発育レベル持つ姉のアイよりも年相応の体をしており、特に同い年の女性から見ても羨むほどの凶器を持っているサイがそう残念そうに声を上げる。どことは言わないがデカイ。
肝心の姉の方は、未だに任務に参加していてここにはいないが。
「まぁそこはしょうがなかろう。あの作戦にはクロノス自ら参加しておるし、それにいずれ上級認定予定の小僧が参加していたのじゃ」
「まぁ確かにそれはそーだけどよー」
それでも参加したかった事に違いなく、不満そうに唇を突き出すサイ。
その間に他の者がクロノスに質問をする。
「それで……その元烏丸家の元ご当主はどうなっていますか?」
バーリ先輩である。かつて広樹の元に救出しに来た『結界』使いの能力者。その彼の問いにクロノスは後ろに控えている『念話』使いのテレにバトンタッチした。
「烏丸源十郎……であった人物は今精神諜報機関所属の能力者が情報を引き出しています」
精神諜報機関、それは対象の精神に侵入して中から情報を盗む諜報機関の事であり、精神を扱うという仕事からかなりの危険度を誇る機関である。
そんな諜報機関には怖い噂があり、情報の入手対象が死刑に値する人物であれば資料用に身体の全部位を切り取り、脳だけ生かすという物があった。
勿論噂は噂であり――。
「烏丸源十郎……であった?」
「……実は烏丸源十郎から情報を引き出している際に、気になった情報がありまして」
あからさまに誤魔化した様子のテレを見て、上級能力者の面々は頭を抱える。まぁ確かに報告の中にはクロノスが烏丸源十郎の体をミンチにして頭部だけ残したというものがあるから、内容は察せるが。
再生能力持ちの烏丸源十郎をどうやって脳の状態にしているのかとか、何故上級能力者の我々を誤魔化す必要があるのかだとか、まさか噂以上の行為をやっているのかとか、色々聞きたい事が山程あるが全員それらの疑問をグッと堪えてテレの報告に耳を傾ける。
「烏丸源十郎の記憶を覗いたところ、所々モヤの様なものがかかっており具体的な詳細は不明となっております」
「やはり記憶処理をしていたか……」
「はい。ですが烏丸源十郎の認識に関しては処理をしておらず、そこから新しい情報が推測できます」
「認識?」
サイの問いを予想していたのか、テレは手持ちのレポートをこの場にいる全員に配り、参照しながら説明を始めた。
「本来ならばそのような支援組織は己の存在を知れないよう隠蔽工作をするのですが、クロノス様が見つけた烏丸家の資料にはそのような支援組織の存在を匂わす記述を見つけました」
普通ならば支援組織がそのような資料を見逃すはずなく、闇に属する非道な組織にとって自らの存在をクロノスに察知されるということは、即ち己の破滅を意味するというのが周知の事実である。
だが今回、烏丸家の支援をしていたであろう組織は素人目から見ても杜撰な隠蔽工作をしており、見事自らの存在をクロノスに知られるようになったのだ。
「それは……相手のミスってことじゃねーの?」
当然の指摘をするサイ。しかしそれだけでそう結論を出してはい終わりで終わらせるほど世間は甘くなく、こと情報を大事にする能力者社会においては納得する理由がない限り捜査は打ち切られない。
なまじ死亡した人物の脳でも調べることができるため、人間社会の捜査とは遥かに精度が違うのだ。
「烏丸家の実験はその支援組織から技術や知識を提供されている時点で、支援組織の持つ能力に関する知識は私たち月の地下世界より遥かに高度であると考えるのが自然です」
移植という他人の能力を他人に移す力。存在自体を周囲から忘却させる力。能力を無効化にする能力などといったものは月の地下世界であっても知られておらず、見つかってもいない。
「それに……烏丸源十郎や長政が持っていた『無効』能力を調べてみたところ、薬品らしき痕跡がありました」
「まさか……作ったというのか? 能力を?」
ざわつく能力者。何せバーリが言った事は長年続く月の地下世界であってもなし得たことのない人工能力の作成をその支援組織が行って成功しているというのだ。
「それも『無効』というピンポイントな能力を選んで、ね」
果たしてそのような技術力を持つ相手に、あのような杜撰な隠蔽工作をするのだろうか。ならばこれには裏があるのではないかと考える方が自然である。
「……それで、その処理されていない烏丸源十郎の認識というのは?」
話を元に戻すようにメタリカが促す。烏丸源十郎には無効能力を持っているにも関わらず、自身の記憶に記憶処理を施された痕跡がある。
しかしその記憶処理に関しては何故か完璧に機能しておらず、結果烏丸源十郎の脳内には彼ら支援組織に関する主観的な認識が存在する事になったのだ。
「実験に必要な『移植』、組織の隠ぺいに必要な『忘却』、貴重な能力者を見つけるための『予知』。その使い手の姿や顔などといった情報は記憶処理で見えませんが、烏丸源十郎の認識ではこれらの使い手は全員女性であったと認識しているようです」
「なんと……それは」
貴重な能力に加えて性別すらも判明しているのならば、特定するのにそう時間は掛からない。だがしかし何故性別などという致命的な情報を、わざわざ烏丸源十郎の認識によって残すのだろうか。
「長政も同様にそれら三人の能力者に対してそのように認識しています」
「そしてそれらの認識の他にもう一つ貴重な情報があるの」
そしてテレの話を補完するようにクロノスが言葉を続ける。
「彼女らの外見は全て同じだったと認識しているそうよ」
そのクロノスの言葉に、この場にいる全員困惑した。
「それは……三つ子だからですか?」
「もしくは同一人物とかか?」
バーリとメタリカがそれぞれ自分の考えを言う。だがそのいずれもクロノスは頭を振って否定した。
「烏丸源十郎の認識では彼女らは三つ子でも同一人物という認識じゃなかったそうよ」
「ナゾナゾかなんかか? でも同じ外見でも別々の能力を持っているのって何かドッペルゲンガーみたいだな。あっ! もしかして能力を作れるって事は能力者も作れるって事なんじゃ……なーんて」
趣味として娯楽作品を好むサイは、クロノスの話を聞いて自らが読んだ漫画にそのような設定があった事を思い出し、何も考えずに己の考えを言ったが、その直後にこの場にいる能力者がギョッとするようにサイを見た。
「え? ……へ?」
「サイちゃん大正解!! いやぁサイちゃんってばやれば出来る子って思ってたわ!」
「お、おい待つのじゃクロノス! それじゃあ何か!? その支援組織というのは自ら能力者を作り出し自分で自分の戦力も作れる程の技術力を持っているということなのか!?」
「それもこの三人という数じゃなくそれ以上の数だと考えていいわ」
その断言とした言葉に、メタリカはまさかという嫌な予感をした。
「……それは……勘で言っているのか? それとも証拠から導き出した答えなのか?」
「いいえ? そんなまどろっこしい方法を取らないわ。見てきたのよ、ある程度証拠を揃った未来の私から」
クロノスは既に答えを知っていた。
なのにこの報告の場を設けたのは今現在ある証拠から、皆に危機感を持って欲しいということから。そしてこれから話す未来の話に信ぴょう性を持たせるようにという考えからクロノスは黙っていた。
「これから一年後……私たちの元にとある組織から宣戦布告が為された。その組織の名前は『アンチ・ノーマル』。無能力者と能力者の立場を入れ替えるために、暗躍する秘密組織。彼らは自らが作り出した人工能力者『ヴァルキュリア部隊』を用いて、この月の地下世界に侵攻するわ」
その淡々と紡がれるクロノスの言葉に、一堂は言葉を失った。
「これらの証拠を残したのは偶然なんじゃなく、意図的。同じく未来を見通せたはずの未来の私があの現状を許したことから、侵攻されるのは確定している」
これらの証拠は単に、いくら証拠を集めて対策をしても無意味である事を教えているようなものであり――。
「――彼らは、私たちのことを挑発しているのよ」
◇
烏丸家の人間から一方的に『成功例』と認定された斎藤まゆり。
能力の『移植』という実験も知らないまゆりは、勿論認定されたその言葉の意味は知らない。そして何よりも、自身が愛する母親的存在が亡くなっていたため、特にその言葉について特に気にもしなかった。
現在、烏丸家の呪縛から解き放たれたまゆりはようやくその言葉の意味を理解したわけだが。
烏丸家の事件から三日が過ぎて、まゆりはここ最近烏丸喜美子に関する夢を見ていた。それは恐らく自身に移植された彼女の能力と強化感応現象したおかげで見るようになったのだろう。
夢の内容は烏丸喜美子がこの烏丸家にやってくる前の話から死ぬまでの出来事。
彼女は能力の持たない一般人であった。
旧姓、有島喜美子。彼女がこの烏丸家にやってきたのは三十年前。当時二十五歳の彼女はそれまで付き合ってきた彼氏と結婚する日にちを決めていた所だった。
小学校から知り合いで今日まで付き合ってきた男性と結婚。彼女は今幸せの真っ只中だった。ところがある日、彼女は事故に遭う。
目が覚めるとそこは病院の一室。傍らには愛しの男性が涙を流していた。
『あぁ……よかった!! よかった……ッ!!』
彼はようやく目が覚めた彼女に喜びを上げた。
しかしこの時は誰も、その日から彼女の人生は変わってしまったことに気付かない。
彼女に能力が発現した。どうやら事故によりきっかけで能力が目覚めたらしい。そしてその能力は後に悲劇を生む『重力』の能力だった。
最初は困惑した。だがその男性はそれでも変わらなかった。どんな時でも彼女を愛していたのだ。
だがある日。彼女達の下にやってきた。烏丸家の人たちだ。そして運が悪いことに当時、『重力』の能力を持っているのは彼女だけだった。
必死の抵抗むなしく、彼女は連れて行かれた。
その目に、変わり果てた最愛の男性の姿を映しながら。
それからが毎日地獄だったといえよう。好きでもない人と『交配』し子供を産まされ、最愛の人を殺したこの家にも、我が子にも憎悪した。
だがそれでも子供が育っていくうちに憎しみの念は薄れる様になった。
だってそうだろう。半分は確かに憎き烏丸家の人間のものではあるが、もう半分は自分と血肉分けた我が子なのだから。
ある日彼女の子供は事故に遭い能力を失った。
それでも彼女は、能力に覚醒したその日から変わらずに自分を愛してくれた最愛の人と同じように愛を注げた。
だが普通の人間をこの屋敷にいさせるつもりは烏丸家に無く、彼らはとある実験を彼女の子供に施した。能力はきっかけさえあれば覚醒する可能性がある。
より過酷であればあるほど能力は覚醒しやすいとかつての暗黒時代の状況から仮説を立て、過酷な実験をその子供に行った。
だがその幼い体での過酷な実験を施せばどうなるかは一目瞭然だった。
そしてその僅か数日後、子供は死んだ。
支えを失った彼女は精神に異常をきたした。烏丸家の面々が制止しなければ彼女はとっくに我が子を追って自殺していたのだろう。
だが彼女は次々にやってくる子供の能力者の姿を見てしまった。
子供でさえも容赦のない烏丸家のことだ。いずれ彼女らもまた我が子と同じように死にに行くのだろう。それがたまらなく嫌で、彼女は決心をした。
彼女は子供を守るために、本来子供にやらせる筈だった実験を彼女が全部受け持ったのだ。
『未来ある子供をここで死なせる訳にはいかない……今は過酷でも未来に希望を持って子供達を生かし続ければ……きっと……』
だが不幸なことに『忘却』の能力によって、子供が未だに犠牲となっている現状を認識できていなかった。日々拉致されてくる子供に疑問を覚えながら、彼女は過酷な毎日を過ごすことになる。
そして斎藤まゆりの拉致されてきた日が、喜美子にとっての分岐点だった。
斎藤まゆりは喜美子よりも強力な『重力』の使い手であり、心優しい少女だった。烏丸家の『雛の巣』に対する処遇や喜美子の様子を見ると、まゆりは率先して彼女らを守るように敵対したのだ。
今では治っているが当時は人や物がまゆりの範囲内に入ると、重力によって潰されるため実験させることは出来なかった。
そこで烏丸家は、まゆりを暗殺者として育てるようにした。
それから数年後。
蓄積していた過去の苦労が積み重ね、喜美子は寝たきりの生活に入っていた。それでもいつ子供達がいなくなるのか気が休まない日々は続き、一向に快方に向かう様子もない。
『……大丈夫?』
そこに『移植』実験の中心人物である『彼女』が心配するような声音で聞いてきた。彼女もまた心に傷がある子供……少なくとも数年前から代替わりしているようではあるが、外見はずっと同じ子供故に喜美子は彼女らにも面倒を見ていた。
『……少なくとも、もう長く生きられないでしょうね』
震えるような声で呟く喜美子に『彼女』は目に涙を浮かべる。
『ずっと私たちのことを気に掛けてくれた貴女がいなくなると……悲しい……』
『あら、嬉しいことを言うわね……』
烏丸家を支援している側の人間である『彼女』ではあるが、それでも実験の度に苦しんでいる彼女を見てた喜美子には放っていくわけにはいかず、気が付いたらここまで懐かれていた。
『それで……私は何をすればいいの?』
喜美子は、自身の先が長くないことを悟り『彼女』を呼び出したのだ。
『貴女に……私の能力をまゆりに『移植』して欲しいの』
その言葉に『彼女』は驚愕し、寝ている喜美子に詰め寄った。
『そんなことをしたら……貴女が死んでしまう……!!』
『もう先が長くないの……なら死ぬ前に我が子の希望になって死にたいわ』
『でも……でも……!! そ、そうだ『移植』は大抵が失敗に終わっている……!! 一生まゆりに……薬を飲んで副作用を軽減する、生活を送らせたいの……!?』
『大丈夫よ……まゆりは大丈夫だし、強い……それにいつか必ず貴女達を迎えに行く……』
『え……それって……』
死に際に、喜美子の能力はクロノスと同じステージに立っていたのだ。それ故に喜美子にはまゆりに関する未来が見えていた。
だが命を原動力にしたそれは、より彼女の寿命を早めていた。
『貴女達の未来は……決して悲観になるようなものではないわ……』
喜美子の話を聞いた『彼女』は、暫くそこで呆然としていたが、やがて考えがまとまったのか喜美子に対し笑みを浮かべた。
『うん……分かったよ。最期に貴女のお願いを聞くのも……『私たち』なりの恩返しだよ』
『ふふふ……ありがとうね……あっそうだ貴女たちの名前を考えたの……聞いてくれる?』
『名付けてくれるの……?』
『そうよ……貴女たちの名前は――』
その言葉を聞いた『彼女』は目を見開く。やがて喜美子の発した言葉の意味を理解すると『彼女』は穏やかな様子で待つ喜美子のおでこに手を置く。
そして。
『……まゆり……あの人の全て……貴女に託すよ……』
任務で疲れて眠っているまゆりの枕元に立った『彼女』は、脳のタトゥーが掘られている手の平をまゆりの胸元に置く。
すると淡い光を放ち、『彼女』の手の平にあったタトゥーは消えており、代わりにまゆりの胸には脳のタトゥーが浮かび上がった。
『凄い……成功したんだ……』
本来であれば実験で『移植』した能力は黒い脳のタトゥーになり、副作用で精神を蝕む失敗の証。だがまゆりの胸にあったそのタトゥーの色は、赤だったのだ。
副作用なしの完璧な『移植』。それは喜美子がもたらした愛の力か、はたまたまゆり自身の運命か。
『あの人が好きな赤……私には分かる……あの人の力は、まゆりの助けになる……』
人の持つ可能性を見た『彼女』は笑みを浮かべてここから去る。
再びまゆりと出会う『彼女』は『彼女』ではないが、それでも今の『彼女』が体験した出来事を忘れずに引き継いて、ずっと待つ。
『まゆり……待っているからね……』
◇
その一言を聞いて、まゆりは目が覚めた。
「あっ起きられましたかまゆり様……じゃなくてまゆりちゃん」
「……うん、おはようカナミ」
「……何かありましたか?」
「そうだね……お母さんがやり残したこととか、見つけたような気がする」
そう言ってまゆりはベッドから出て、身支度をする。
「それじゃあ行ってきます!」
愛する兄がまゆりを見つけたように、まゆりもまた『彼女』たちを見つけるために決意を固める。
「必ず迎えに行くからね……『ミライ』」
それは、かつて喜美子が生んだ子供の名前。
彼女の希望のために、そしてミライと名付けられた彼女たちのためにも、まゆりは未来に向かって歩き出す。




