第26話 欲望の末路
「ふむ……結構切羽詰っているわね」
クロノスが戦況を見ながらをそう呟く。だがクロノスが発した言葉の矛先は味方陣営なのではなく、烏丸源十郎ら烏丸家の陣営である。
斎藤広樹による烏丸源十郎の殺害はあれからかなりの回数を重ね、再生能力を持つ烏丸源十郎が今やその表情に余裕はない。
誰が見ても心が摩耗していると分かるほどだ。
「……お兄ちゃんって、かなり強いんですね……」
戦闘中クロノスから兄の大まかな能力の概要やエネミーとの戦績を聞いたまゆりは、兄の戦い方を見てそう呟く。
兄は烏丸源十郎の心を折るために様々な方法で彼を殺してきたが、暗殺者として生きてきた妹の目から見ても一体どこからそのような残酷な殺し方を思い付くのかと疑問に思うほど、広樹の殺し方は見るものに恐怖を与える物だったのだ。
なるほど確かに烏丸源十郎の心を折るのにこれ以上の適任者はいない。当然何回も殺されている本人はたまったものではないが。
「敵対する者に対して徹底的にかつ容赦のない方法で立ち向かう……彼と戦ったメタリカからの分析よ」
稀な話だが一部の能力者は能力の副作用として、自己の持つ精神性や価値観、そして性格などに変容が起きることがある。
それは能力を有効に扱うための変化か、もしくは元からあった精神性が能力によって表に出たかは分からないが。
斎藤広樹との面談でクロノスが分かったのは、彼は幼少の頃から困っている人を見かけると助けずにいられない性分を持っているという事だ。
ここまで聞いたら斎藤広樹の性格は心優しい、困っている人を見過ごせないお人好しの正義漢に思えるが、本人曰く体が勝手に動くとのこと。
それに加え本人は自身の事をお人好しではないと思っているようである。
正義感があるという理由で人を助けたいと思うわけでもなく、ただ体が勝手に動く。
そうかつての自分を評した彼に、能力を覚醒した今の状態について聞くと彼はこう言ったのだ。
『今はむしろ感謝している。何でもできるようになったこの体に、人助けとか悪人を倒すとかそういう事に関して面倒臭いとも感じなくなったから』
それを聞いたクロノスは一人考える。
いくら調べても彼の過去に自身の思考と行動が矛盾するようになったきっかけはないのだ。
きっかけはないが、心当たりがあるとすれば斎藤家に拾われる前の広樹だろうが、その時はまだ生後何ヶ月ぐらいの赤ん坊だという。
まさか生まれながらにして矛盾した性格を持つというのなら納得するが、性格というものは環境から確立していくものであり、一部例外はあるが基本的に環境を無視した性格になるのは不自然だ。
極めつけに能力が覚醒した現在の広樹は、かつて矛盾していた思考がようやく行動と一致するようになったという。
だがそれでも育ってきた環境から解離した性格であることに違いなく、ここまで能力というものに疑問を抱く事はあまりなかったクロノスはここで初めて疑問に抱いた。
広樹の能力は、一体広樹に何をさせたいのか。
強力な能力ほど制限や副作用が大きいという例に漏れず、広樹の場合はもしかしたらその精神性の変容こそが能力の副作用なのではないのかと、クロノスは思ったのだ。
(それに加えてあの笑み……)
戦闘中でなおかつやっている事は異常なことだが、笑みを浮かべている広樹を見ると不思議と心の底から勇気が湧き出て、何故か安心できる。
まゆりもクロノスと同じ、それどころか護衛達の気持ちも恐らくそのように感じているのだろう。
だが敵に関しては広樹の顔を見て青ざめている者が多く、烏丸源十郎に至ってはまるで悪夢を見ているかのように傍から見ても恐怖を抱いている。
(あれがあの子の言っていた『善悪の笑み』……)
味方であれば勇気と安心感を抱かせ、敵であれば絶望と不安感を抱かせる英雄の笑み。
広樹と一緒に戦闘したサイと広樹と一度敵対したメタリカからの証言を得て、クロノスの友人が広樹の笑みに対して呟いた物である。
クロノスが問い質した際、彼女曰くこれを持つ者が現れた時、それは善なる者の勝利が確定するとの事。
はっきり言って長年生きて来たクロノスにとってまったく聞き覚えのない概念であり、その時点では半信半疑だったのだ。
広樹と一緒に戦うまでは。
(ったくあの子ったら何故こんな情報を持っているのかしら?)
そうこの場にいない友人に対してクロノスはそう思った。
一方烏丸源十郎の方では、内心パニックに陥っていた。
先程まではクロノスとまゆりとの戦いで彼は彼女らとの戦闘に着いてこれた。そして戦闘する度に学習していく経験を用いれば彼女らに勝利する事ができると思っていた。
(だがこれはなんじゃ)
斎藤広樹の乱入以降、烏丸源十郎の想像は外れていった。クロノスとまゆり双方の戦闘であれば、油断してもまだ対応出来ていた。
しかし斎藤広樹に関しては違う。油断しなくとも次の瞬間己に待っているのは死であり、油断していれば嘲笑と共に死が待っていた。
(『記憶』『計算』『記憶』『計算』……ッ!! なんじゃこれは、まったくパターンが作れない!?)
斎藤広樹の動きが把握しきれず、構築してきた予測や計算が広樹の動き一つで塵へと消える。
予知や感知を行使しても、まるで映画のワンシーンがカットされたが如く、そこまでに至る過程や中間が見えず、気が付いたら死んでいたという結末に陥っていた。
(聞いていない……こういう存在がいるとは聞いていないぞ!?)
大抵の敵であればパターン化で対処できると聞いた。
対処できない敵であれば未来予知で対処できると聞いているし、無効化能力があれば同じ能力者に負けはないと聞いたのだ。
だが目の前の化物に対してはどの対処法も効かない、効いていない、効く素振りもない。
それもその筈。
広樹の動きをパターン化できないのは、広樹が技や知識、もしくは経験で動いてはいないからだ。
言わば目の前の隙を見つければ即行動に移す本能の化身。リアルタイムでなおかつ場の状況に対してランダムに動く広樹に一体誰がパターン化できようか。
烏丸源十郎の『予知』や『感知』に関しては単純なことで、『予知』から得られる結果を烏丸源十郎は回避しようと動くその瞬間、広樹はその行動に対して自身の行動を瞬時に修正したからだ。
結果として『予知』がもたらした結末は変わらずに、それに加えて烏丸源十郎の認知速度を上回る速度で動く広樹に『予知』しても過程を見通すことができないのだ。
無効に関しては言わずもがな、そもそも今戦っている広樹は全て素の身体能力で行っているわけで能力だけ無効化する力が効かないのは当然の帰結である。
「本当に懲りないな……まだ諦めないのか?」
未だに思考を張り巡らす烏丸源十郎に呆れた様子の広樹が問う。
しかし折角長年の時を経て能力を手に入れた烏丸源十郎はまだまだ得た能力でやりたい事があった。
当然広樹の発言を否定をしようとするが、自身でもクロノス以上の底が見えない広樹に対して敵う筈もないと直感しているため、別の言葉を言った。
「ま、待て!! まゆりを返そう……! 『雛の巣』の者共も返そう! それで儂を――」
研究成果も実験も素材も、それらが無くても烏丸源十郎の『記憶』があるため支障はない。
しかし月の能力者に降伏すれば、当然待っているのは脳だけの状態で情報を搾り取られ、後に待っているのは極刑である。
勿論再生能力を持っている烏丸源十郎にとっては死など怖くない。
何故なら死という物は既に克服済みであり、今もっとも怖いのは能力を得ても何も出来ない状況に陥ることだけである。
なら優先するのは自分の命だと考えそう発言しようとするが……。
「――俺が求めている物はお前の心を折ることだよ」
言い終わる直前に首を掴まれ、広樹が言葉を被せてきたのだ。
「ぐ」
「お前……良くあんな事を仕出かして生き延びようとしているな。元はといえばお前が欲に囚われ、罪もない子供の能力者を酷い実験に参加させ、妹を拉致した。ご丁寧にその人達や妹の存在を世間から忘れさせ、人生を奪った!!」
広樹の怒号が強烈な威圧感と共に周囲に広がる。
「それでいて見逃してくれだと!? 再生能力を持っていたからこうしてお前の心を折りに来ているんだ!! もう二度とその様な考えを持たせないために、もう二度とお前のような存在を生み出さないよう知らしめるために!!」
首を掴みながらぶん投げる広樹。
その過程で烏丸源十郎の首が折れる音をしたのだがそれでも怒りは収まらない。烏丸源十郎の体が地面にバウンドした所で広樹は心の底から叫んだ。
「再生能力が無かったらとっくに殺している!!」
それ程までに憎い。
そしてそれ以上に犠牲となった者達への浮かばれなさが広樹の怒りを増大させていく。
「げほ、げほっ」
首の骨が再生し終わったのか、咳をしながら立ち上がる烏丸源十郎。その様子は例え無傷のように見えても精神は既に満身創痍に近かった。
追撃を加えようと一歩を踏み出す広樹だが、その一歩をまゆりが広樹の服を掴んだことで止めた。
「まゆり……?」
「お兄ちゃん、ここは私にお願い」
見れば大勢いた烏丸家およびその同盟家の部下達はまゆりの能力によって一固まりに集まっていた。そこで残す敵は元凶である烏丸源十郎のみである事を察した広樹は、まゆりのお願いを聞いた。
広樹の許しを得たまゆりはフラフラと立つ烏丸源十郎の元に近付いて行く。
「まゆ……り……」
「ねぇ……同じように命乞いをした人達を貴方達はどうしたの?」
勿論烏丸源十郎は答えられない。
この悪逆非道の限りを尽くした人物に対する定番な問いで、その者が許しを乞うた時に問うことで私は貴方に対して一切許すつもりはないという表明になるのだ。
「ずっと恨んでいた。私に人殺しを教えたこと。私に人を殺させたこと。私の家族を人質に取って、私の家族を犠牲にして、私に家族を殺させようとした事全て」
そして烏丸源十郎の目の前に立つまゆりの顔を見て、彼は目を見開いた。何故ならその顔は烏丸源十郎が今まで見たことがないほどの、穏やかな物だったのだ。
そんなまゆりの様子を見て驚愕した烏丸源十郎に、まゆりは笑みを浮かべて言葉を発する。
「正直に言って……スッとしたよ」
そう心からの本心を、ボロボロとなった烏丸源十郎の前で言ったのだ。
「――き、貴様ぁああああああああ!!」
『まゆり様!?』
激高した烏丸源十郎の手刀がまゆりの体を襲い、その光景を見て護衛達が悲鳴を上げる。何故なら烏丸源十郎の手刀はそのまま、まゆりの体を貫通して――。
「な……え……?」
「貴方が私の事を把握しているように、私も貴方の事を把握しているの」
烏丸源十郎の手刀はまゆりの手前にある黒い渦に飲み込まれていた。反対側に烏丸源十郎の手は無く、彼の手刀はまゆりに届いていない。
直後に烏丸源十郎の口から血が噴き出し、彼は自身の腹部に激痛が走っている事を認識してその部分に目を移した。
そこには。
まゆりの手前にある黒い渦と似たような物が彼の腹部の前にあり、そこから彼の手刀が自身の腹部を貫通している光景があったのだ。
「ワー……ム、ホール……」
そう烏丸源十郎が呟いたと同時にまゆりは自身が生み出したワームホールを消す。するとワームホールを通じて別の場所から出ていた腕が切られ、切られた腕はそのまま烏丸源十郎の腹を貫通した状態で残る。
「私の願いは達成された。後はお兄ちゃんに任せるね」
「お、おう……」
まゆりの行動に広樹は若干引くが、クロノスはこの兄にしてこの妹ありだろうかと考えた。兄妹揃って敵に慈悲も容赦もない行いに頭痛がするクロノスである。
「コホン、さて……心の準備は出来たか?」
「き、貴様らぁ!! 絶対に許さんぞ……儂はいつか、いつか必ず貴様らを復讐してやる!!」
やはり再生のお陰で先程貫通した腹も、切断された腕も再生し終わっている。しかし広樹の容赦のない制裁とまゆりの慈悲無き復讐を受けてもなお心が折れない烏丸源十郎。
恐らく彼の心を支えている要因は再生能力を持っているが故に、生きていれば次に繋げる事ができると思っているのだろう。
「なーにこれで最後だ」
それでも広樹には既に心を折る算段はついている。烏丸源十郎は何回も死んでいるのに再生能力があるゆえに死ぬことはないと思っている。
ならば死ぬような状況の中で、例え再生能力を持っていても死を感じさせる状況を作ればいいのだ。
「貴様……ッ! 儂をどうするつもりだ!?」
「色々な事を仕出かしたお前を、空の旅に招待してやる!」
烏丸源十郎の体を掴んで、狙うべき場所は――空。
「《強化》」
腕に強化を発動し、老人の体を一気にぶん投げたのだ。
◇
「……――ゃぁぁあああああ!!!!」
強化した広樹の投げは、烏丸源十郎を空の旅へと招待する前に死なせた。
だが不幸なことに死んで意識を失ったせいか、彼の体には『頑丈』といった肉体強化の能力が発動しないまま急激な重力により彼の体はバキバキと骨が折れる音を鳴らせる。
しかし彼の『再生』能力は意識を失っていてもまだ健在で、あらぬ方向に曲がった関節をすぐさまに再生させていく。
そして再生途中でまた重力の過負荷によってまたもや関節が折れ曲がっていく。
再生と粉砕の両方の感覚を受けた結果、あまりの激痛に目が覚めた烏丸源十郎は悲鳴を上げながら宇宙へと進んでいく。
彼の思考は今や強烈な痛みによって白く染められ、集中力を欠いたおかげで能力の発動ができず、それが彼をよりパニックへと陥らせる。
「た、たす、け……!」
いもしない誰かに助けを呼ぶ。だがこれまでの行いから助けを求められても見捨てた因果が祟ったのか、誰も烏丸源十郎の声に応える者はいない。
そして宇宙空間に達した彼は、酸素のない空間に苦しみ、息を吸おうともがき始める。
しかしもがいてももがいても空気が肺の中に入らない。そしてその状態のまま烏丸源十郎の体は地球の引力に従い地表へと向かっていく。
酸素の豊富な地球へと帰る。
その事に安堵した彼だが、本当の地獄はここから始まった。
「ぎゃあああああ熱い熱い!? 焼ける、儂が焼けるぅぅううう!!??」
大気圏に突っ込むと、強烈な熱量が彼を襲う。
その熱によって彼の肌が溶け、肉が溶け、骨が溶き始める。
それでも自身の再生能力によって再び肉体が再生し始めた。だが暫くすると自身の再生能力よりも熱によって溶け出すスピードが上回ってきたのだ。
その事実を認識した烏丸源十郎は絶望した。
「ま、まさか……!? だ、ダメじゃダメじゃ!! 儂が死ぬ、死んでしまう!!」
例え再生能力だろうと、それは能力。
能力者にとって頭脳は最も重要な部分であり、如何に死からも復活するほどの再生能力者であろうと脳までもが燃えカスとなって細胞一つ残らず消滅したら、復活できない。
「許してくれぇ!!! もうしないもうしません!! 儂はまだ死にたくないぃい!!!」
その事を理解した烏丸源十郎の心は……ぽっきりと折れたのだ。




