第25話 正義の暴力
一瞬の予知は発動していた。五秒先にまで至る出来事を把握するこの能力はクロノス相手でも問題なく発動し、彼女の攻撃を防いでいた。
それでも予知していても回避しきれないものはあり、身体が反応しない分には予知しても意味はないだろう。
だがそれでもいい。
重要なのは結果を見通すのではなく過程を知ること。過程を知れば他の能力が次に生かすように学習をするのだ。そして己には『再生』能力を持っており、決して死ぬことはなく、幾らでも試せるのだから。
(――何が起きている?)
だが今の状況はなんだと、烏丸源十郎は己の肉体に突き刺さり内蔵を破壊した人物の姿を見ながらそう考えた。
烏丸源十郎は己の五秒先の未来を知っていた。この後約四秒後に自身は腹を開けられるという事を認識していた。そしてそれを回避するために動き出していた。
もうすぐ五秒となる。
その瞬間に腹を開けられていた。知っていても回避できないのはクロノスとの戦いで分かっていたが、それはあくまでタイミングの悪いところに攻撃を加えられたか、避けようにも身体の体勢などの物理的な理由で避けられない物だった。
逆に言えば万全な体勢であるのなら、完璧に避ける自信はあった。
一直線にやってきて腹を開けられるという単純な行動であるのならば尚更だ。
だが結果は変わらず。
並列思考による複数回に及ぶシミュレートでも斎藤広樹の攻撃は避けられない。万全な体勢であっても、距離を取っても、攻撃を防ごうにも、どうあがいても五秒後の未来は腹が開けられる結末に辿り着く。
「……よぉ、初めまして……かな?」
未だかつてない未知による恐怖。烏丸源十郎に向けて笑みを浮かべていた広樹はまるで、烏丸源十郎が広樹にそういった感情を抱いている事に気付いているようだった。
「斎藤……広樹……ッ!!」
その名を口にしたと同時に、広樹は烏丸源十郎の腸を引きずり出し彼の口に叩き込んで地面に押し潰す。
「モ、ガァ……」
呻く烏丸源十郎だがそれでも広樹はその手を離さず、頭を持ち上げてぶん投げた。遠くに生えている木に向かって飛んでいき、その木にぶつかった衝撃で烏丸源十郎の首が折れる。
『烏丸様!?』
「……これでも死なないんだからスゲェな」
突然の光景にクロノスを除いた全員が驚愕し、烏丸家の面々は悲鳴を上げた。そんな声を広樹は聞きながら、遠くまで見渡せる目で烏丸源十郎が己の首を再生させる所を見て一人呟いた。
「お……兄ちゃん……?」
クロノスの時空武闘術を見て驚愕したまゆりであったが、今見ている光景は先程よりもかなり強烈で頭が真っ白になった。
敬愛する兄が能力者に覚醒していた事は知っていた。能力者世界で有名な生きる英雄であるメタリカとの戦いに勝利したことも知っていた。
だがクロノスでさえも厄介そうに戦っていた相手を、兄はたった数発で撃沈させたのだ。
「あのね広樹君……心を折って欲しいの、首を折ってなんて一言も言っていないわよ?」
「むしゃくしゃして殺った。もう一回殺ろうと思ってる」
「お、お兄ちゃん!?」
見ない内にここまで物騒さを醸し出していた兄にまゆりは戸惑いの声を上げた。いや、思い返せば困っている人を助けるついでに良く喧嘩していたな、と思ったがそれでもここまで過激になるとは思っていない。
そんな混乱しているまゆりを知ってか知らずか、広樹はまるで親が子に諭すような声音で言葉をかける。
「さてまゆり……お前にも一言言わなくちゃいけない事がある」
「な、何……?」
思わず身構えるまゆりだが、兄の次の言葉によって目を見開く。
「これはお前だけの問題じゃなく俺達の問題なんだ」
「は……? え?」
それはつい先程まゆりが言った何気ない決意。
終止符を打つ役目はまゆりが受け持つを発言したその言葉だが、広樹はまゆりだけじゃなく広樹自身にもその役割を持つ権利があるとそう主張したのだ。
「で、でも……」
「でもなんていらない。まゆりがアイツに因縁があるように、俺にも因縁があるんだ」
まゆりは烏丸源十郎によって家族と引き離された。烏丸源十郎によって母親的存在を奪われ、烏丸源十郎によって大事な家族が人質が取られている。
だが広樹にも同じように言えるのだ。
烏丸源十郎によってまゆりと引き離された。烏丸源十郎によってまゆりの存在自体を奪われ、烏丸源十郎によって大事な妹が解放されないでいる。
「だからさ、俺にもアイツをぶっ飛ばす権利をくれよ」
そのかつてない個人的な理由による説得は、まゆりの人生においても初めてだった。だが説得に兄妹であるとか家族であると言われる方が逆にぎこちなくなる。
兄の言葉を聞いたまゆりは納得すると共に笑みを浮かべた。
「……うん、うん。分かったよお兄ちゃん」
兄妹間の問題は深く、解決するのに時間は掛かるがそれでもこれを機に解決へと向かっていく。そのためには元凶である烏丸源十郎の心を折るというのが些か物騒ではあるが。
「さて、聞こえてるか? ここからは俺も参戦するぞクソジジィ」
「くっ……ふざけおって……おい! 他の家からも呼び出せぃ!」
感覚の強化させる系統のせいでここまで離れていても広樹の声が聞こえる事に、顔を顰める烏丸源十郎。能力者の頂点に位置するクロノスを相手にしてもここまでやられなかったが、ノーマークだった能力者一人にやられている事実にイラつきが止まらない。
そのような感情を持っている反面、思考は常に冷静であり斎藤広樹の未知なる力に脅威を感じている自分がいた。そのため部下に命じてこれまで吸収してきた他家の力を出す事にしたのだ。
部下は彼の命令を遂行するために耳に手を当てる。恐らく烏丸源十郎が命令した部下はテレと同じ『念話』使いなのだろう。
すると何もない空間から他家の組織であろう人間が大勢やってくる。
「同盟長の烏丸源十郎が命ず! 頭脳を残して一人残らず……殺せ!」
『うおおおおおおおお!!!』
男達の雄叫びが大地を震わす。たった数名の能力者を殺すために多種多様な能力者が牙をむいたのだ。それでもそんな光景を見て、クロノスは笑みを浮かべている。
「うんさっきより多勢に無勢ね」
だがあちらが量で来るのならば、こちらは質で行くのみである。何せこちらには生ける伝説の能力者クロノスがいる。そのクロノスが選んだ精鋭に『時空』と同じステージに立ったまゆりがいる。
そして膨大な数のエネミーと戦いデストロイヤークラスのエネミー二体と対峙して、生き残るどころか勝利した斎藤広樹がいるのだ。
これは多勢に無勢という話ではなく、圧倒的に不利なのは蹂躙される予定の敵側である。
◇
(人の波が蹴散らされていく……)
いざ戦いが始まったと思ったら、烏丸源十郎が見たのはもはや芸術的に美しいと感じる程の蹂躙劇であった。人はあんなにも飛ぶのだろうか? 人がまるで埃のように散らばっていくのだろうか。
「くっ! おい! 長政はまだか!? 長政はどこにいる!?」
「も、申し訳ございません!! ただいま長政様に連絡を取っていますが一向に連絡は無く……!!」
長政は自身の右腕であり、例えまゆりのような『成功例』ではなくとも能力を三つ移植する事ができた信頼の出来る部下だ。
だがそんな烏丸源十郎の予想は外れ、長政は一向に目の前に現れない。
「ええい、一体どこで道草を……何ッ!?」
顔を険しくする烏丸源十郎に一固まりとなった部下がこちらに飛んでくる。その光景に硬直する側近に舌打ちをしながら、彼は自身の『念力』で吹き飛ばす。
しかしその僅かな隙を突いて、斎藤広樹が目の前に現れた。
「貴様……斎藤広樹ィ!!」
予知も感知もしていた。だが斎藤広樹の動く速さはそれすらも超えて、烏丸源十郎に肉薄してきたのだ。
「そこで突っ立っていて何を待っているのかい?」
嘲笑するかのような声音で言う広樹に、顔に血管を浮かび上がらせ声を荒げる。左右から『念力』で押し潰そうとするが、何故か広樹はそれを察知して回避する。
本来『念力』というのは不可視だ。だがそれが何故か僅かな動作で、それも念力の及ばないギリギリのところで回避してみせたのだ。
「当ててやろうか? お前は今右腕の長政を待っている」
図星ではあるが烏丸源十郎は何も反応せずに広樹に攻撃を加えようとしている。だがどれもこれも全く当たらない。
「糞ッ何故当たらん!? 貴様ら早くそこの男を囲んで殺せ!!」
その声にクロノス達と戦っていた部下が今度は、広樹の元へと集まってくる。その様子を見て烏丸源十郎は無意識に笑みを浮かべる。
(貴様の能力は自身に施すタイプの強化……ッ! 集中すればするほど際限なく強化し続ける能力は確かに脅威ではあるが、儂の観察能力であれば部下の動きに合わせて貴様の能力を無効化し、一瞬でミンチにしてくれよう!!)
強化が無ければただの人間だと信じて疑わない烏丸源十郎は、部下と戦っている広樹の動きを記録し、パターン化をする。そして感知と予知を組み合わせ、然るべきタイミングで無効化しようと手に平を広樹の姿に合わせた。
やがて広樹の周り部下が囲むように広がり、広樹は遂に逃げ場を無くした。
「ここじゃあ!! 死ねぇ斎藤広樹ィ!!!」
ここが絶好のタイミング。そう思って広樹に向かって『無効』を発動した烏丸源十郎は数秒後の悲惨な光景を想像した。
だが次の瞬間、烏丸源十郎の目に映ったのは部下の背中。広樹の最期を想像し、油断していた烏丸源十郎は飛んできた部下に当たり倒れた。
「な、何が……!?」
そこに見えたのは先程と変わらずに部下達を蹂躙する広樹の姿があった。もしや無効化された瞬間にまた強化し直したのか? と思い、再び広樹に『無効』を施す。今度は能力を発動させないよう『無効』を広樹に対して発動し続けるが、それでも目の前に広がる光景は変わらない。
「まさかそんな……ッ!? 能力はそもそも発動していないっ!?」
「大当たりよ?」
クロノスの声が聞こえ、次の瞬間サマーソルトキックによって顎を打ち抜かれる。その衝撃で烏丸源十郎の身体は浮かび――。
「お次は私から!!」
――上空から強烈な勢いで落下して来たまゆりによって地面に叩き付けられる。
(ぐぅ……!? 重力によって落下速度を加速させたか……!)
予想以上に重かったまゆりの一撃に息が詰まる烏丸源十郎だが、空間跳躍で距離を取る。だが空間跳躍が終わった瞬間、視界が黒に染まる。
いや。
「め、目がッ!? 儂の目があああああああ!!!!」
「ようさっきぶりだな」
斎藤広樹が先行して転移する場所にいて、転移してきた烏丸源十郎の目に突き刺したのだ。あまりの激痛に烏丸源十郎は激昂しながら彼を中心とした場所に『念力』の衝撃波を放つ。
「おっと」
陽気な声で一瞬でその場から離れる広樹。その隙に烏丸源十郎は潰された目の再生を早めようとするが、今度は腹部に何かが貫通してきたのだ。
それはまるでつい先程体験した出来事と似通っているようで……。
「あ……が……き、貴様……」
目に光が徐々に入り、視界が明るくなる。
そして目の前には想像通り憎き少年の顔が映っており、少年の拳がまた老人の腹を貫いていたのだ。
「まったく子が子なら親も親だな……俺の能力を無効しようと無駄に隙を見せてさぁ……」
今度は予知をする暇がなかった。
感知をする暇もなかった。
全てが全くの予想外で、その隙を突かれてこのような状況になった。
「お前が待ち望んでいる長政はもう来ない。俺がちゃんと倒したからな」
その言葉に驚愕すると同時に、腹から腸を抜かれまた口に入れられながら、今度は最初とは違い強烈な顎への一撃によって首がちぎれる感覚がした。
「これで三回目だ」
薄れゆく意識の中で、烏丸源十郎は三回目の死を経たのだと理解した。




