第24話 本当の理不尽
時間操作なんて使っていないにも関わらずこの場にいる全員の時が止まる。反射的に振り返るとそこには新しい服装を用意していた部下に支えられ、五体満足揃って立っている烏丸源十郎の姿がいたのだ。
「そんな……! クロノス様によって死んだんじゃ……!」
護衛隊員の一人がまるで嫌な悪夢を見たかのように目を見開き、誰もが思い浮かべる疑問を言った。
「確かに死んだのう……いやはや死ぬという事とあのような拷問は初めて体験したわい」
そう言って肩をすくめながら部下から受け取った服に着替える。複数のタトゥーによって黒く染まった肉体にはダメージらしいダメージが見当たらない。
肉塊となった場所には既にそれらしき痕跡はなく、かといって彼が本物の烏丸源十郎だと理解するのに脳が拒もうとしている。
「ふふふ、ははは……ハーハッハッハ!!」
まるで勝ち誇ったかのように声高らかに笑う烏丸源十郎。そんな彼の脳裏にはこれまで味わった苦労の日々を思い出していた。
無能力者として生まれた烏丸源十郎はその根底に、能力者に対する羨望があった。
自分も能力が欲しい、人にない特別な物が欲しい。そのような欲望がこの現状を生み出していると思っていいし、彼にこんな状況を作り上げる環境を与えてしまった人物のせいとも言える。
だが自身の肉体に能力を宿す段階で烏丸源十郎の年齢は既に高齢を迎えていた。だからこそ高齢の身で能力を得るとするならば誰もが欲しいと思える能力を手にしたのだ。
「『再生』能力!! 死というのは恐ろしい、恐ろしいが故に儂は最初にこの能力を得た!」
残念なことに同様の理由で宿した『不老』能力は数多の能力を取り込んだ副作用か一部の能力と同様機能しなかったが。
そのような事が起きた理由としては先ず烏丸源十郎の複合能力は未完成の状態だからだ。それ故に『成功例』としてまゆりの身体が欲しくてたまらない。
「貴重中の貴重っていうレベルじゃないわね……死してなお発動し復活する能力ですって?」
再生能力という能力は当然存在している。性能は個人によってピンキリであり、身体の傷を再生させるだけに留める性能を持つ人もいれば、完全欠損した部位を再生させる人もいる。
だがそれでも死からの復活はありえない。ましてや頭部を切り離され身体からの補給がない状態ならば、再生は始まるとしても途中から脳死となって完全復活とはならないのだ。
クロノスの場合も、あれは死んだものを生き返らせるのではなく肉体を生きていた時間に戻すという方法で生き返らせているだけである。そしてそれにも制限があるのだ。
その様な背景があるからこそ死してなお完全に再生を果たせて、それも僅かな時間で終わる能力は貴重どころか唯一って言って良いほどのレベルなのだ。
「強力な能力ほど制限や副作用が多い……見た所その様子は見当たらないのだけれど」
「ふっ、言うはずがなかろう」
「だろうと思ったわ」
そんな会話をしている内に着替え終わる烏丸源十郎。そのタイミングに合わせて次々と新しい部下がやって来た。
「さて、折角ここまで集めたのだ。お主らにも紹介しておこうかのう」
どれも皆烏丸家を象徴する黒いスーツを着ており、腰には刀を装備していた。統制の取れた動きで烏丸源十郎の周りに展開する光景に、クロノスはため息をついた。
「結構なこと……あれだけミンチにしたのに貴方はまだ懲りないようね。軽く心が折れるようにしたのだけれど」
「折れるものかよ。『あの程度』の事、既に想定済みじゃ」
烏丸源十郎は『看破』能力を持っている。
対象の持っている能力はどのような物なのか、対象の使った能力による現象はどのような物なのか、それを大まかに看破する事が出来る能力だ。
欠点は能力の応用法までは分からないという事だけではあるが、それでも対象の能力を大まかに知る事で能力者同士の戦闘に余裕が生まれる。
加えてとある人物からクロノスに関する情報も得ているし、クロノスと戦うために『無効』能力なども手に入れた。
だが想定してあっても流石に何も出来ずに死んだのは予想外だった。予想では幾らか互角に戦えて結局死ぬという結末ではあるが、これには経験が足りなかったのだろう。
「それでも、また戦えば私が勝つという結末には変わりないようだけど?」
「ふむ、それは……儂が全ての能力を出し切ったと思っての言動か?」
「――ッ」
空間跳躍から始動する時空武闘術。自身の身体を加速させ、相手の身体を減速させるこの技だがしかし、先程の光景と違い時空武闘術の技のほとんどが烏丸源十郎によって防がれているという事だった。
(対処できている? この僅かな時間で?)
勿論一部の技は烏丸源十郎の身体に入ってはいるが、それでも致命的となるような決定打には欠ける。最初は疑問に思ったが、それでも蹴りを数発入れれば長年の経験からある程度は推測出来た。
一旦攻撃を止めて距離を取るクロノス。そして自らの推測を口にした。
「……恐らくは私の攻撃を『記憶』と『計算』でパターン化して、『速度』を中心とした強化感応現象で私の攻撃を防いだ」
加えてクロノスが空間跳躍をした隙を突いて、烏丸源十郎は自身の身体に蓄積していた時間干渉を無効化していた。
「流石に完璧とは行かず数発良い物を貰ったが、まぁこれで分かったであろう?」
「なるほど、確かに前より手強い。でもそれだけよ」
「この数相手に強がりはいかんぞ?」
虚勢と思われたが自身が発した言葉に嘘偽りはない。この程度あの暗黒時代の時に体験した出来事よりもマシだったのだから。
護衛達は『雛の巣』を守るという任務があるため動けない。まさに多勢に無勢な状況ではあるが、かつての経験を経たからこそ彼女は負けないし、負ける要素がない。
そのような事を考えて、彼女は時空武闘術の構えを取る。しかしそんな彼女に声を掛ける者がいた。
「クロノスさん……私も一緒に戦います」
「まゆり様!? ダメです貴女は今動けないほどに消耗している!」
先程の戦闘で消耗して動けない状態のまゆりが一緒に戦おうと立ち上がろうとしているのだ。当然そんなまゆりに対し護衛の人が制止しようと手を伸ばすが触れる直前に弾かれた。
(な、触れられない!?)
それはまるで磁石の同極同士が弾かれるように何度まゆりの身体に触れようとしても弾かれるのだ。
「フッまゆりよ。立ち上がるだけで息を切らすお主が、一緒に戦うじゃと? クロノスの足手まといになるのが目に見えておるわ」
「……お前がクロノスさんによって死んだ時、私はそのことに対して嬉しいと思う気持ちの他に残念な気持ちを抱いた」
息を深く吸って、吐く。
すると先程まで息を切らし苦しそうに立っていた様子が見間違えるように確かなものになった。
「私の『家族』を人質に取って、私たちからお母さんを奪って、私に殺しの手段を教えてくれたお前があんな呆気なく死んで……それでも生き返った時、私はチャンスを手に入れたと思った」
少しずつではあるが一歩踏み出す度にその足取りは確かな物になっていく。やがてまゆりはクロノスの隣に立ち、構えを取った。
「やっぱりこれは私の戦いだから、私の手でお前を滅ぼすのが一番」
そんなまゆりに、クロノスは眉一つ動かさず冷静な声で聞く。
「まゆりちゃん、貴女動けるの?」
その事にまゆりは笑みを浮かべて。
「当然です! 今は体の調子が凄く良いんです!」
クロノスは疑問に思わない。長年人を見てきたクロノスには人の体調を見抜く事が出来るが故にまゆりの言葉に嘘偽りがないことに気付いている。
そしてそれ以上にクロノスは、無意識に心臓部分に手を当てているまゆりの今の状況に心当たりがあったのだ。
(そう……貴女なのね烏丸喜美子……いえ喜美子さん)
まゆりと『雛の巣』にとっての母親的存在である喜美子。そしてまゆりに『移植』された能力が彼女の物だったのだ。
それが奇跡的に従来の『移植』よりも副作用のない完全な『移植』ということでまゆりは実験体の中で唯一の『成功例』となった。
これが烏丸家の資料で判明したまゆりの正体である。
今こうしてまゆりに再び戦う力を与えているのがまゆりに移植された彼女の『重力』の力。彼女の力がまゆりの能力と『感応』し『強化』しているのだ。
「行くわよまゆりちゃん!」
「はい!!」
「主らの能力は既に把握している! 者共、かかれい!」
烏丸家総員抜刀し、まゆり達に襲い掛かる。
まゆりの護衛達も同様に戦いに参加しようと走り出すが、クロノスとまゆりの動きに皆目を見開いた。
――量子加速移動。
――空間跳躍。
二人の姿が、掻き消えた。
「ぬぅっ!?」
そして気付けば二人は烏丸家の部下を掻い潜り、烏丸源十郎の前に現れたのだ。
老人の前に現れたクロノスは烏丸源十郎の顔面に蹴りを叩き込む。しかし先のまゆりとの戦闘のように目の前の老人が『幻影』となって消えた。
だがその『幻影』を予想していたのか。まゆりの身体は掻き消える『幻影』を無視するように突き破り、『幻影』の影に隠れ潜んでいた烏丸源十郎の姿を捕らえたのだ。
「――はは」
まさかという可能性が烏丸源十郎の脳裏をよぎった。
いつからか時読みの巫女が重力の能力者、つまり烏丸喜美子の存在を予知した時に研究者の一人が彼女の持つ強力な『重力』にこう仮説を建てたことがあった。
『宇宙へ行くと時間の流れが遅くなるというのは、本来一定の速度で進む光が重力に囚われ遅くなり、それによって時間の流れ=光の速度と仮定している相対性理論によって時間も遅くなるのが理由です』
ならば空間移動も重力によって為す事が出来るのなら、時間をも干渉出来る重力は――。
『もしかしたら『重力』は『時空』と同じような動きが出来るのでは?』
結局、いくら強力な出力を誇る烏丸喜美子であっても『時空』と同じ性能までには行かなかったが、今烏丸源十郎の前には烏丸喜美子よりも遥かに高いポテンシャルを持つまゆりがいた。
烏丸喜美子と同等の出力に加え、彼女よりも高いポテンシャルを持ち遂に空間移動を成し遂げた逸材。
先程の戦闘で三回量子テレポートを使えば戦闘不能となったが――。
「はぁ!!」
まゆりの重力によって空に落ちる烏丸源十郎は、自身の能力によって重力を無効化する。だがその動きを読んでいたクロノスは先に空間跳躍で烏丸源十郎の頭上にいて、彼を地面に叩き落とすように蹴りを入れた。
「ぐは!?」
地上に向かって落ちる烏丸源十郎を一瞬で移動したまゆりが追撃する。その追撃に合わせて烏丸源十郎は防ごうとするが自身の防御をすり抜けたため、まゆりの一撃が懐に入った。
(ふふふ……これではまるで二人の『時空』と戦っているようじゃ!!)
三回の使用を超えてもまゆりがバテる様子はない。これが烏丸喜美子の能力をまゆりに移植したお陰で、足りなかった出力が合わさり、更に『強化感応現象』で上昇したお陰でまゆりはクロノスと同じステージに立ったのだ。
そんな不利な状況であるはずなのに、烏丸源十郎は笑みを浮かべていた。
「まだまだ余裕がありそうね」
「気味が悪いぐらいに……ですね」
「『時空』が一人増えた所で儂はお主らの能力を把握しているし、儂は死なんよ。このまま戦っていれば学習している儂の方が勝つのじゃ」
その堂々とした発言に烏丸源十郎にとってこの戦いは最終的に勝つと確信しているようで、だからこそクロノスは彼の発言に可笑しそうに笑った。
「なまじ再生能力を持っているからこその発言ね。だから私達にとっての勝利条件は貴方の心を折る必要があるのだけど」
「主らには無理じゃよ」
嘲笑し煽る烏丸源十郎だが彼もまゆりも未だに気付いていない。存在を限りなく薄れさせながら空から飛来する存在に、二人はまだ気付いていない。
「そうね、私達は確かに貴方の心を折るには時間が掛かる。でもね? 貴方はまだ理不尽な力を知らない。貴方の心を折るのに適任な人物がいる事に、貴方はまだ知らない」
「? ……ックロノスさん、これは!?」
そこでまゆりは何か空から近付いて来る存在に気付く。『時空』と似たような性能に至ったまゆりでさえこの距離になるまで気付かなかったが、気付いた瞬間その見知った存在に驚愕する。
「本当は彼が来るまでに終わらせたかったけど……ね」
訝しむ烏丸源十郎だが、その直後クロノス相手でも食らったことのない重い『何か』が烏丸源十郎の身体に直撃した。
「――ガハッ」
頑丈という能力を上から貫通して肉までに到達、いやそれどころか骨を砕き内蔵が破裂した。
「……よぉ、初めまして……かな?」
「貴様は……!?」
その顔には見覚えがあった。斎藤まゆりの兄にして貴重な能力を持つ妹に対して単純な『強化』能力を持っているという判断でこれまでノーマークだった能力者。
「斎藤……広樹……ッ!!」
怒りの感情を宿し、今ここに役者は揃った。




