第23話 クロノ・バリツ
「……《八倍速》」
そうクロノスが呟いた途端、烏丸源十郎が次に感じたのは腹部から感じる強烈な痛みだった。
「ぐぅ!?」
見ればクロノスは既に回し蹴りを終えた体勢で、烏丸源十郎の鳩尾にハイヒールの底を捩じ込んでいたのだ。
これが時間操作による身体加速。例え烏丸源十郎の『感知』能力をもってしても反応出来ない加速。しかし予想していた感触とは違う結果にクロノスは目を細めた。
彼女が履いているハイヒールは戦闘用に特注された靴だ。靴底は鋭利に出来ており、クロノスが得意とする蹴り技と合わせることで何層にも重ねたセラミックプレートを容易く貫通するほどの威力を持つ。
しかし貫通するほどの威力を持つならば、肌の表面の所で止まっているだけで済むはずがない。
(つまりはそういう『能力』も持っているわけね)
恐らくは身体を頑丈にする類の能力か。
これまでの話で目の前の老人には108個物の能力を持っていることは分かった。つまり少なくとも目の前の老人の欲望で犠牲となった人々は最低でも108人。烏丸家の所業を考えれば犠牲者はそれ以上の数に及ぶだろう。
鳩尾に捩じ込んでいるハイヒールを捻り、それを支柱にもう片方の足を烏丸源十郎の顎に叩き込む。ハイヒールを顎に叩き込んでいるのに貫通していない。だがその衝撃で舌を切ったのか、老人の口から血が飛び出る。
「勿論それだけじゃないわよ」
空間跳躍で背後に移動。
勿論烏丸源十郎も自身の能力でクロノスの動きに気づいている。だが顎を打ち抜かれた直後の体勢では反応ができず、為すすべもなくクロノスによって首元に蹴りが叩き込まれる。
――そして。
「《空間跳躍》」
体勢を崩している烏丸源十郎に逃げ場はなかった。
空間跳躍による縦横無尽に動き回るクロノスの姿をその目に捉えることはなく、軸足を中心にした蹴り技が烏丸源十郎を襲う。
その光景はまるで斎藤広樹がメタリカとの戦いでメタリカを速さで翻弄し、体勢を建て直そうとする相手を崩すと同時に攻撃を叩き込む光景に奇しくも似ていた。
「ふ、フフフッ!! フハハハハッ!!」
クロノスの独壇場が幾ばくか経過した時だった。
攻撃に曝されながらも笑い声を上げる烏丸源十郎。そんな老人の心境にクロノスには心当たりがあった。実は彼女の動きに烏丸源十郎が追いついてきているのだ。
(随分と厄介な相手ね)
クロノスの動きに対応出来ている他に蹴りの手応えが徐々に鈍ってきている。この現象に対して仮説は幾つか立てられ、すぐ思い浮かべるのはそのような能力によるもの。
例えば反射神経を上げる能力。
例えば未来を予知する能力。
例えば身体を頑丈にする能力や衝撃を散らす能力。
(そうした能力と相対している感覚はある。だけどそれだけじゃない)
長年能力者相手にも戦った経験で、クロノスには相対した相手の能力を瞬時に把握する特技を得た。その経験から烏丸源十郎の能力を一つ一つ把握していくが、それでも不可解な出来事が目の前に起きている。
能力の出力が徐々に上がっているのだ。
通常であれば能力の出力、別の言い方では性能というものは瞬時に上がるものではない。人間の身体と同じように能力の性能向上には鍛錬が必要だ。
斎藤広樹の能力は例外のように見えて、実は彼の能力も例外ではない。肉体の性能は徐々に上がっていくのは能力の効果であって、能力の成長ではないからだ。
まぁ今でさえ強い能力がこれ以上性能強化をすればどうなるか分からないし、能力の性能を上げるための鍛錬は一体どうすればいいのかは分からない。強いて言えば肉体の成長が能力を最大限に使える要素ではあるが。
閑話休題。
そういった特殊な能力を除き、手っ取り早く能力の出力を上げる方法はあるのだ。
第一にそういった他者の能力を強化する類の能力、次に能力の性能を底上げする副作用ありのドーピングドラッグ、そして最後が同系統の能力同士を同時に発動する事で起きる強化感応現象の三つだ。
(――いや、まさか)
手前二つの方法はありえない。何故なら原因不明の出力上昇は一部の能力だけなのだ。
如何せん能力者との戦闘経験が豊富なクロノスでも、複数の能力を持つ相手は未知の存在である。だが元は他人の能力でもそれが自分の一部だと仮定すると、手前二つの方法では全ての能力を強化することは出来ても、一部のみの出力上昇はありえない。
ならばこれは強化感応現象だ。
烏丸源十郎の身体に宿る108個の能力の内幾つかは、同じ能力だと仮定すれば。
確かに能力は千差万別ではあるが、他人が自分と全く同じの能力を持っている事など能力者の世界では常識だ。
つまりこの一部の出力上昇の正体は。
(一人で強化感応現象を起こしているから……!)
カラクリがバレればどうってことない。
108個ある枠の幾つかが同じ能力ということだけで、そもそも強化感応現象程度でクロノスとの間にある出力差は覆らない。
(寧ろ能力の枠が幾つか潰れたって感じ!)
だから遠慮はしない。
クロノスの持つ『時空』と戦闘技術が更に輝き、真価を発揮する。
――《二倍速》。
「ぐぅお!?」
空間跳躍は変わらずに今度は身体加速の発動。
今までの速さが二倍に跳ね上がり、追いついていると思っていた烏丸源十郎は顔を引きつった。
「だがッ、まだまだ!!」
負けじに強化感応現象で対応する烏丸源十郎だが、それでも追いつけない。
――《四倍速》。
更に引き上げる。
――《八倍速》。
更に。
「――《十六倍速》」
「ぬ、うおおおおおおお!!???」
これが戦闘中に上げられる身体加速の最高倍速。
加速させる倍速に上限はないが、戦闘などの複雑な動きに対応出来る速度が十六倍速だ。この技の欠点は身体能力の時間を加速させる事だけで、反射神経等の要素は彼女自身の鍛錬で補うしかなく、そんな彼女であっても十六倍速が限界であった。
(普通相手なら十分、だけどコイツ相手には――!)
空間跳躍による変幻自在な位置取りに身体加速による圧倒的な連続攻撃。だがこれだけではない。これだけがこの時空武闘術の真価ではない。
「な、なんだ!? 体が遅く……!!」
今烏丸源十郎が感じているのは、実際に感じている感覚と肉体の動きにズレがあるということに違和感を感じているのだろう。
それもその筈、クロノスは烏丸源十郎の時間を遅くしているのだから。
「《1/2倍速》……!」
通常の時間から烏丸源十郎は二倍遅くなる。
結界を用いた方法を除いて、他人の時間に干渉できるのは肉体時間のみで必ず対象に接触しなければならない。クロノスはこの制限を克服するため、蹴りと同時に少しずつ相手の時間を遅くしているのだ。
「《1/4倍速》!」
「舐めるなぁ!!」
手の平を自身の胸元に置くと、烏丸源十郎の時間の流れが正常に戻る。烏丸源十郎が自身に掛けられている能力を『無効』にしたのだろう。
この戦闘中、烏丸源十郎はクロノスの能力を打ち消そうと必死に手の平を向けようとしているが一度も成功した試しがないのを知っている。何故ならその前にクロノスが空間跳躍で死角に移っているからだ。
「例え無効化出来てもそれはほんの一瞬! 貴方の無効能力は永続ではない!!」
加えて無効能力の制限は手の平を対象に向けることだけ。
縦横無尽に飛び回るクロノスとは非常に相性が悪い。そう考えている内に烏丸源十郎の身体はまた遅くなる。
「くっ!」
苦し紛れの空間転移だが、しかしこと『空間』能力に関して誰よりも把握しているクロノスにとってどこに転移するのかは理解している。
転移した瞬間、クロノスも一緒に転移し、移動した先で体勢を整えようとしている烏丸源十郎の土手っ腹を蹴り抜く。
絶え間なく繰り返される蹴りの一撃は烏丸源十郎に他の能力を使わせなかった。斎藤まゆりの攻撃をかわした『幻影』の力も、クロノスによって使う場面を潰される。
もはや烏丸源十郎に逃げる隙も、反撃する隙も与えられない。
これがクロノスの対能力者用戦闘技術。
相手の動きを封じ、自身は最大限かつ最効率の動きで叩きのめす『時空』と『武術』が組み合わさったクロノスだけの戦闘技術。
――時空武闘術。
一撃の手応えがないのなら更に一撃。同箇所への連続攻撃の前に烏丸源十郎の頑丈さでも耐えられない。ハイヒールの鋭利な部分があるからこその致命的なツボへの攻撃がやがて肉を抉り、骨を粉砕し、神経を破壊する。
「がああああああああああ!!!!」
これまで余裕を持っていた老人の姿はどこへやら。身体中から感じる神経を刺激する激痛が、身体を遅くされているが故に痛みを感じる時間がやけに長い。その上、クロノスが意図的に同箇所への攻撃を行うせいか激痛の上乗せをしていく。
これが能力者世界の頂点に位置する伝説の力。
一般の身でありながら得もしない能力を得ようと他者を犠牲にした人の末路。だが彼の行いに同情はなく、決して許されるものではない。
言わばこれがこの老人に対する罰なのだから。
(これが……『時空』……)
地面に倒れるかつて老人であった肉塊。
この肉塊がかつて烏丸源十郎であった証拠は未だに原型が残っている頭部だけだろう。頭部だけなのは後々に味方の能力で脳に干渉し情報を得るためだ。当然その他の部分は必要なく、ミンチとなって頭部周辺に散らばっているだけである。
「……終わったようね」
時間と空間の並行使用は流石に苦労するがそれだけである。
彼女にとって自身の能力は長年共にしてきた身体の一部であり、膨大な出力を持っているからこそこの程度の『僅かな』戦闘時間でも息切れ一つもしない。
(思えば私があの時の壊滅作戦でコイツを逃したのが悪い)
一人残らず殺せばこのような犠牲者を出さずにいられたと今でも思うが、それはただの結果論。こうしてこの事件の黒幕はともかく元凶を倒したのだ。
「やったぁ!!」
「やりましたよまゆり様!」
烏丸源十郎の最期を見届けた護衛達は声を上げて喜びを表現した。
傍にいた斎藤まゆりは暫くこの呆気ない終わりに呆然としていたがやがて口元に笑みを浮かべ、一筋の涙が頬を伝う。
「これで、これで皆が……平和に過ごせる……!」
クロノスもまた笑みを浮かべるが内心考えことがあった。
それは烏丸源十郎を誑かした黒幕の存在。烏丸家の資料で見つけた烏丸家の支援組織。烏丸源十郎の脳に一体どれだけの情報があるかは分からないが、最悪情報が何もないという可能性がある。
(例えばそれこそ忘却系の能力であるとか)
しかしここで不吉な考えをしても事態は収まった。
急いでここにやってくる斎藤広樹にもう全て終わったと言えば彼は一体どう言う反応をするのか想像しながら、『念話』使いのテレに任務達成の報告をしようと耳に手を掛ける。
その直前で。
「いやぁ全く痛い目にあったわい」
聞きたくもない声が聞こえた。




