第22話 再起の時
明けましておめでとうございます。
「うあああああああああ!!!!」
高笑いをしている烏丸源十郎に吼えながら突撃するまゆり。
その声には相手に対する怒り、自身の無力さに対する絶望、そして犠牲となった人たちへの悲しみと、それでも尚『忘却』の能力で犠牲となった彼女達を思い出せない自身の不甲斐なさを秘めていた。
複雑な感情を含めていた心からの無念ではあるが、体はまっすぐ憎き敵に向かっていく。その際、まゆりは重力の力を更に引き上げた。
――量子加速移動。
重力を自らに掛けて、瞬間的に量子レベルに分解。そして相手の懐に瞬時に潜り込み、自身を元の肉体に構成させる。
「なにッ!?」
突如目の前にまゆりの拳を見た烏丸源十郎は腕をクロスさせて防御しようとする。
――だが。
「がふッ」
まゆりの拳がすり抜けて烏丸源十郎の顔面に当たったのだ。
高スピードで突っ込んできたまゆりの拳は予想以上に重く、堪らず体を仰け反る烏丸源十郎。その最中、彼はまゆりの拳が自身の防御をすり抜けた現象の事を考察し、そして笑みを浮かべる。
(なるほど、量子化によるすり抜け……!)
身体ごと量子化による瞬間移動に加え、部分的な量子化によるすり抜け。
なるほど、確かにこれならば先ほどの現象が説明出来る。
実に面白い。そう考えながら烏丸源十郎の身体は地面に倒れる寸前に影となって掻き消えた。
「まさかッ!?」
追撃の態勢に入っていたまゆりは、影となった烏丸源十郎に対して目を見開く。そして瞬時に自身の体を量子化させたと同時に烏丸源十郎の『火炎』がまゆりの体を通った。
「『幻影』の力……! やはり素晴らしいのうッ! 自身の影と本体を入れ替わる能力!」
不愉快な声を高らかに上げる烏丸源十郎。
だが今のまゆりには既に立つ気力もなく、地面に膝をついた。
「ほうほう……! たった三回の量子化で膝を付くか! 燃費は最悪と見える! しかしこのような面白い能力を隠してあったかまゆりよ!!」
「うる、さい……ッ!」
心の鼓動が騒々しく鳴り響くことに不快さを感じるが、目の前の憎き怨敵の声を聞いて更に不愉快となるまゆり。しかし呼吸もままならず、指を動かす気力さえも無くなっている今、まゆりにはどうする事も出来ない。
そんなまゆりの状態を見抜いた烏丸源十郎は、まるで子供をあやす様に静かに語りかける。
「『服従には恐怖が必要』……まゆりよ、儂の言葉を聞いて随分と激昂しているようじゃがお主は依然として儂に歯向かっても良いのか?」
既に答える気力も無いまゆりは、ただ聞いているだけだ。
「お主の事を考えて儂は、『雛の巣』の雛達をそれほど引っ張ってこんかった。それほどまでにまゆりの事を考えていたのじゃよ?」
まゆりの反抗心を見抜いていた烏丸源十郎は、まゆりを能力者による『孤独死』を迎えないようわざと数人だけ残したという。
案の定柵が出来たまゆりは『雛の巣』の彼女達を守るために烏丸家に服従したのだ。
「だが今は月の能力者共の行動で、たかが『雛の巣』を烏丸家から離した程度で儂に歯向かってきた」
ゆっくりと、まゆりの元に歩く。
「お主はこの八年間まるで学習して来なかった様じゃのう……」
まゆりの居場所は『烏丸家』ただ一つ。
その力は全て烏丸家のために使い、身体は烏丸家の次代のための母体として、そして心は烏丸家のために捧げる。
まゆりの存在意義はそこにあり、それがまゆりの存在価値である。
「今度は数人残すという事はやらん」
ぞくりと、まゆりの背筋が凍える。
「お主の目の前で『交配』による悲鳴を聞かせ――」
――『移植』による絶望を見せてやろう。
「そういう運命になりたくなれば、さぁ! 儂の手を掴めまゆり! 気力を振り絞り、自らの未来をその手にするのだ!」
まゆりの目の前に手が差し出される。そこには度重なった黒いタトゥーによって地肌が見えなくなった黒い手が見えた。
それは数多の能力者の脳を取り込んだ証。そしてまゆりが心底守りたかった人が犠牲となった証だった。
(だからこそ、だからこそ……!!)
動けない身体だが、それでも動けるように気力を振り絞る。
長年人の人生を狂わせてきた元凶。その狂った男の言いなりで沢山の人の人生を奪ってきたまゆり。彼女の人生の中で見捨てた命は多く、奪ってきた命も多い。
だが目の前の醜く笑みを浮かべる男はまゆりが犯してきた悪よりも遥かに濁っていて、世の邪悪を一つに煮詰めたかのような悪の化物だ。
それを今更服従を求めるだと?
散々大切な家族を奪っておきながら自身に従えだと?
(許してはならない、こんな奴を絶対に許してはいけない!!)
気力を集中させる。動けない身体に活を入れる。
それでも動けない身体を無視して、ただ目の前の存在を否定するためだけに頭を上げる。
「……そう、そうか。それがまゆりの答えか」
精一杯、睨み付けた。
断固として服従を拒否するように、そして確固として相手を許さない覚悟で睨み付ける。
――舐めるなよ外道が。
先程までの笑みを消す烏丸源十郎。
何物にも興味がないような無感情な眼差しでまゆりを見返し、一歩近付いた。
「ならばその力諸共、奪い取るまで」
差し出された黒い手がまゆりの眼前に近づいて行く。
だがそれでもまゆりは目線を逸らさない。もう二度と烏丸家の言いなりにならず、屈してはならないと心に決めて最後の一瞬まで睨み付ける。
そして烏丸源十郎の手がまゆりの頭に触れ――。
「何ッ!?」
――る寸前で停止した。
「随分と――」
まゆりの目には、烏丸源十郎の背後に現れた影が見えた。
そして老人の頭に鋭く襲う脚線美と頼もしい声。八年間まともな大人がいない中、まゆりに未来の道標を提示した伝説が今、まゆりを救うために怒りに燃えていた。
「――図に乗ってくれたわね小僧ッ!!」
鋭く烏丸源十郎の首に叩き込まれる蹴り。
普通の老人の首ならへし折れる威力を持つ蹴りだが、相手は普通の老人の体格をした人ではない。その老人とは思えない筋肉は見かけではなく、その体格通りの頑丈さ故に首は繋がったままだ。
それでもクロノスが放った蹴りによって、烏丸源十郎の身体は吹き飛んでいた。
これがクロノス。『時空』を操る最強の能力者。数々の伝説を打ち立てた最強が今、最悪の存在と相対していた。
そんな光景を見ていたまゆりの元に、予想だにしない人物達がやってくる。
「大丈夫ですか!?」
「なっ貴方達は!?」
それはつい先程まで烏丸源十郎との戦闘で死亡した『雛の巣』の護衛達だった。
烏丸源十郎の『念力』により潰された者ばかりではあるが、何故かまゆりを救出した全員は五体揃って生きていたのだ。
「ええ……クロノス様が間に合ってくださいました」
そう言った護衛達がクロノスと烏丸源十郎の戦いを見るのを見て、まゆりもまた二人の戦いを見た。
「クロノス……『時空』のクロノスかッ! 時間と空間を司る能力者が儂の前で魅せてくれるというのか!」
「生憎と、貴方に魅せるほどサービス精神豊富じゃないの」
時空を司る者として様々な年齢の姿を取る彼女は今、戦闘を行う際に最も適した全盛期の姿をしていた。スカートのスリットから見える健康的な脚線に見る者の目を引きつける女性の理想を体現したかのようなスタイル。
だがその美しい顔に似合わない剣呑な目つきを烏丸源十郎に向けていた。
「おぉ怖い怖い。時間稼ぎのためにあれだけ用意していた『空間』使いだが、思っていたよりも随分早いではないかクロノスよ」
「誰に入れ知恵されたのかは分からないけど、私に関する対処法の中で一番賢い部類ね、忌々しい事に。でも残念、同じ能力を持っていようと出力の差は覆されないのよ」
五十人にもいた『空間』使い、それでいて強化感応現象でもクロノスの持つ『時空』には敵わなかった。それに今でもクロノスは先程の時間稼ぎを受けても消耗した様子はない。
それ即ち、五十人の空間使いよりもクロノスの空間の方が強いという証左であった。
「フン、まぁこのような結果になることは想定しておったが……まさか『五分以内』とはのう。かなり時間が経っていた感覚をしていたのじゃが」
「私も用意周到で通っているもの。万が一護衛の子らが死ぬようなことがあってもちゃんと時間内までに間に合うよう予めここら辺に時間が遅くなるような結界を張ったわ」
「なるほど、だからか」
離れた場所で二人の会話を聞いていたまゆりだが、イマイチ彼らの話についていけてない様子で困惑していたところを察したのか護衛の一人がまゆりに説明を始めた。
「烏丸源十郎が言っていた『五分以内』、あれは我々を蘇生するための猶予時間です」
「正確には『生きていた時間に戻す』ための猶予だな」
まゆりも聞いたことがあった。
クロノスの持つ時空は死者をも蘇らせると。その効力は実際に学園内の模擬戦闘で死亡した生徒を死亡する前の状態に戻すという例を烏丸家の資料で見たことがあるので、本当の事だろう。
「任務等でクロノス様がいない状況もあるので、予め訓練館で死亡した人物を自動で生き返らせるように結界に設定してあるのです」
ただし死亡した人物の時間を戻すにはやはり五分以内という制限がある。その結界の利点は死んでも直ぐに復活できるということで問題は起きないのだが、そのような結界が張られていない場合、制限の数が増える。
先ず蘇生させるためには五分以内で行わないといけないという他に対象の一部分に触れるというように制限が増えるのだ。
強すぎる能力には制限がある。その能力者の中で言われている言葉通り、クロノスの持つ『時空』もまた万能とも見える力と共に様々な制限があったのだ。
「だけどどのような制限があったとしてもクロノス様は負けない」
このような弱点は既に公表済みなのだから。
それでも現在まで生きていられているということは、彼女は未だかつて敗北したことはないという証明。月世界に襲撃してきたデストロイヤークラスのエネミーを除けば、たかが能力者の一人が彼女を倒すことが出来るのだろうか。
「貴方の罪を一つ一つ列挙してもいいけれど、罪が多すぎて時間が足りないわ。だから貴方に叩き込んであげる」
――罪の重さっていう奴をね!




