第20話 烏丸家の研究
広樹の推測はテレの『念話』で今回の作戦に参加している全員に伝えられていた。
勿論広樹が語った推測はただの根拠もない状況証拠だけの推測だ。だからこそ今作戦参加者の殆どはその推測に半信半疑を抱いており、完全に信じている者は少ない。
しかしクロノスだけは広樹の推測を信じていた。
(通常であればこじつけな推測はただの予想であり、情報ではない。でも……)
広樹の能力を測ったクロノスだからこそ、広樹が推測したものは高確率で正しいという確信があった。広樹の推測は、推測という単語を使ったただの看破である。
下手すれば予知能力者以上の予測能力を持つ広樹が出した推測は、真実とほぼ同価値なのだ。
(それに広樹君の推測が合っているということの裏付けも取れた)
広樹の推測を聞いたクロノスは真っ先に、烏丸家に侵入する事に決めた。
空間の位相をずらした事で気配を絶ち、同じく空間系の能力を同時起動して姿を消したクロノスは、烏丸家の屋敷の奥から資料室と思わしき部屋を見つける。
そこに広樹の推測を基に資料を探せば似たような内容の資料が山のように出てきたのだ。
(他人の持つ能力の拒否反応や『移植実験』に頻繁に関わっている『彼女』の存在……)
数年前から『とある組織』から援助を受けているという旨の内容も書かれていた。恐らく烏丸家は過去にとある組織とやらにこの実験の誘いを受け、今でも実験しているということだろう。
そしてその実験に必要な『彼女』という重要人物を借り受けて実験している。
(恐らく『彼女』の存在は、広樹君の言うように他人の脳を取り出してそれをタトゥーにし、胸に彫る事で能力を移植する力を持っている……)
名前の無い、ただ一言だけ『彼女』という名称が書かれている内容を見てクロノスはそう考える。しかしそう考える一方、本当にそのような都合のいい能力者がいるのだろうかと思ってしまう。
確かに能力というものは多種多様な力を持っている。それが例え『彼女』と呼ばれている人物の能力だって有り得ないということはない。
それでも『彼女』の能力は些かご都合的だ。
こうまでも実験に適している能力は他に類を見ない。
特に移植実験に特化した能力など、聞いた事も見た事もない。
そこまで考えると、今度はこの『彼女』とやらも普通の能力者ではなく『人工』で作られた可能性も出てくる。『移植』という能力を移す能力があるのだ。『能力』を作る能力があったって何もおかしくない。
組織の目的のために人工的に作られた能力者。
なまじ能力者世界には多種多様な能力のせいで『絶対的な規則性』や『常識的な現象』という物が当てはまらない世界である。
しかしそれだとしたら月の地下世界の探知能力をくぐり抜け、長年クロノス達から隠れられていたその『とある組織』とやらの力は計り知れないということになる。
人工能力者なんて長年生きてきたクロノスでさえ見たこともない能力者。クロノスが出来ることといえば相手の情報を調べ、最大限に想像することである。
そんな事を考えながら、クロノスは他の資料を見る。
移植実験の始まりは『とある組織』から実験の誘いを受け、その組織から人材支援を受けながら実験を続けていた。
だが今は?
実験自体は八年前から停止されている。
八年前といえば確か斎藤まゆりが拉致された頃の年だ。
それ以降の実験経過は止めていて、次に出てきたのが斎藤まゆりに関する経過観察レポートだ。
そしてその資料を見たクロノスはしばし言葉を失うことになった。
◇
胸が熱い。
八年前の『傷』が熱く脈動しているのを感じる。
(こういう時に限って何か悪い事が起きようとしている……)
まゆりは胸にある傷の箇所に手を当て、落ち着かないように周りをうろつき始める。忙しなく周りを見渡し、家族達の姿を見てホッとしては直ぐに不安な表情をする。
(何かを伝えようとしている……何か、何か良くない事が起きる……)
カナミが実験に連れて行かれるという危機に気付いたのも、任務の途中で危うく死にそうな目に遭う所だった時も全てこの胸の『傷』が教えてくれた。
だからこそ分かる。
今この場所で何かが起きようとしている事に。
「……よ。それが……」
「そうか……、いや……」
(……?)
見知らぬ男達の声が聞こえる。
その声に身構え、声のある方向へと隠れながら向かうとそこには二人ぐらいの男達が周辺を警戒しながら話していた。
一瞬烏丸家の人間かと身構えるも、まゆりはその男達の正体に思いつく。
この場所について教えてくれた時、クロノスから護衛として彼らを紹介された記憶があった。
男達は自分達の声が盗み聞きされている事に気付かない。
何故ならまゆり自身も暗殺者として鍛えられた際、隠密に関する訓練もしてきたのだ。
なのでまゆりにとって彼らの探知を掻い潜り、密かに盗み聞きをするのは容易いことであった。
護衛という仕事としては間違っているのかもしれないが、こうして時間に空きがあった時に世間話をするのは人間である証左であろう。
そんな彼らの姿を見たまゆりはその場所から離れようとするが、何故か彼らの会話の内容が気になってその場から動かない。
「テレさんの『念話』……あれ本当なのか?」
「あぁ、新しく入ってきた能力者の推測だろ? 確か斎藤広樹とかいう」
(お兄ちゃん……!?)
唐突に出てきた兄の名前にまゆりは声を出しそうになった。
両手で自身の口を塞ぎ、息を殺して彼らの会話を聞く態勢に入る。
そこから知っていく烏丸家のもう一つの研究。
烏丸家がまゆりを執着していることや、まゆりが自身も知らない彼らの研究の成果だということにまゆりは己の身体が震えていくのを止められない。
「でも所詮は推測だろう? それもこじつけに近い」
半信半疑、というよりも懐疑が殆どを占めている男達。
しかしまゆりだけは、その推測という物を信じていた。
過去の経験や心当たりのある記憶。
自身の得た経験が広樹の推測と繋ぎ合い、まゆりの脳内には広樹と同じような推測に辿り着く。
(お母さん……もしかしてお母さんは……)
熱く痛む胸を押さえて、まゆりはこの烏丸家で出会った『母』の事を思う。
それはある種残酷で、そして母からの『慈悲』という物を感じたまゆりは涙を堪えるのに必死になる。
そんな様子のまゆりを知らずに、男達はそのまま会話を続けていた。
「そうだな。だが烏丸家という犯罪組織を発見したのも、烏丸家に囚われている被害者が気付いた事もその斎藤広樹の力が大きい」
「彼が大勢のエネミーを倒した事は、画面越しではあるが一年前の出来事を見ていた俺達が知っている事だ……。もしかしなくとも、その推測が正しい可能性があるかもな……」
「しかし……いや待て」
広樹の推測が合っているかどうかの是非を続けていく彼らだが、途中何かに気付いたのか男の一人が手を上げて息を潜めるようにジェスチャーをする。
そんな彼らの尋常ならない様子から、僅かに離れた場所に隠れていたまゆりも意識を切り替え周囲を探索するようにする。
しばらくすると護衛の一人が突然まゆりのいる場所に目を向けた。
「……一人は斎藤まゆりか。そこでずっと聞いていたのか」
「!? ……流石、ですね」
「いや、悪意のある侵入者が来なければ君の存在を探し当てることもなかった。流石だな」
そう言ってジェスチャーをしていた護衛の一人がまゆりを褒める。
事実彼らのテリトリーに入ってきた侵入者がいなければ、ただ警戒していただけの彼らはそのままずっとまゆりの存在に気付くこともないのだろう。
まゆりの隠密技術については、過去の出来事からはっきり言ってまゆりにとっては皮肉としか思えないが護衛の男にそのような意図を持っていない。
そのためまゆりはその事に対して大した反応を示すこともなく、護衛と一緒に周囲を観察する事に決めた。
「こちらA地点護衛班、こちらの探知範囲に侵入者の反応アリ。他地点の護衛班は警戒を強めたし」
「斎藤まゆり、君も護衛対象に入っている。至急『雛の巣』の彼女達と一緒に避難してくれ」
「いえ、私も一緒にいます。戦闘能力はあるつもりですし、私の能力は対象の捕縛に最適です」
「しかし」
「警戒しろ! 侵入者が近いぞ!」
◇
(ふぅ……そろそろ時間かな……)
倦怠感のような物を感じたクロノスは、今回の潜入を止める事にした。
烏丸家の屋敷に潜入する際に使用している二種類の能力を同時並行し、更にもう一つの能力を常時発動させているので流石のクロノスでも感じる負担は大きかった。
元来た道を辿るように帰っていくクロノスは途中、まるで確認するかのように『雛の巣』の建物を見る。今見ている『雛の巣』には拉致されてきた彼女達の姿は既になく、中はもぬけの殻だろう。
しかし消えたという事実を烏丸家にいるであろう探知系の能力者に悟られないように、クロノスは姿だけでも別の場所にいる彼女達を『雛の巣』の建物に転写していたのだ。
そのせいでクロノスに負担が生じる事になったのだが『とある組織』の情報について満足に収集していない現状、やらざるを得なかった。
(はぁ……近くに彼女達の存在がいないと転写出来ない己の制限が憎い……)
時空という便利でかつ最強に近い能力な一方、何かしら制限が掛かっている己の能力の不便さを再確認した彼女は、静かに溜息を吐いた。
そこに。
『学園長!! A地点護衛班からの反応が!!』
「……!? 気付かれたの? っ、とにかく私もすぐ向かうわ!!」
『お願いします!!』
そこでテレの『念話』が終わり、クロノスはもう一度『雛の巣』の館を見て次に烏丸家の屋敷を見る。
烏丸家の様子は先程から何も変わらないし、雛の巣の事をバレた様子もない。
相変わらず静かでいる烏丸家を見ながらも、自身がやるべき事を思い出すとすぐこの場から離れようと意識を集中させる。
「とにかく『空間転移』を使ってまでも……!!」
「そうはさせませんよ」
瞬間、空間の位相をずらしたために本来は姿が見えない筈のクロノスの姿が色を伴って現出した。
「位相を正された!? それにこれは……空間が固定されている!?」
これでは空間を超えた転移が行えない。
つまりクロノスは能力を使った脱出が出来なくなったのだ。それだけじゃない、空間ごとクロノスの動きも固定されているため指一本動かすこともままならない状態になっている。
「……どうやら私達の事がバレていたようね」
「えぇ流石に常時能力を使用している訳でもありませんし、貴女ほどの能力者相手に対抗できる者はいませんので、気付くのに遅れましたが」
そう言ってクロノスの周囲に現れる複数の人影。
それを見たクロノスは冷や汗をかきながら、笑みを浮かべる。
「良くもそんな数の『空間使い』を揃えてきたわね……!!」
ざっと見て五十人を超える人数の空間系能力者の数。
そんな貴重な能力者全員が、クロノスのいる空間を全力で妨害していたのだ。
「一人でダメなら二人。貴女に対しては、これだけの人数が必要だったんですよ」
「分かっていると思うが『時間』の方もダメだぜ? 時間と空間は同一なんだからよぉ」
「……はぁ、言っている本人が理解できていない理論を展開しちゃって……大方誰かから入れ知恵されたと思うんだけど、まぁ対処法としては合っているんだけどねぇ」
空間が固定されれば時間も固定される。
つまりクロノスの持つ能力のもう一つの側面である『時間能力』も今この場所では作用しないのだ。
正しくクロノスを拘束するための良い対処法。
しかし周囲を展開している能力者は見るからに子供である。
超天才である可能性も無くはないが、現実的に捉えるとなるとクロノスに詳しい誰かが彼らに入れ知恵をしたんだろう。
クロノスを良く知る人物で敵対している人物。
その相手に心当たりが『無いわけではない』が、一先ずその事を頭の片隅に置きこの状況をどう対処するのか、そう考え始めるクロノスであった。
◇
今まゆりの目の前には肉塊が二つある。
辺りには肉塊から飛び散った血の跡がおぞましく広がり、ただの物となった肉塊を見てまゆりは硬直するしかなかった。
その光景を生み出した光景が、ニヤリと笑う。
「まさかまゆりが、裏切るとはのぅ……」
「……っ烏丸……源十郎……!!」
烏丸家の現当主であり、今事件の元凶。
高齢でありながら、まゆりの記憶にある源十郎の姿とまるっきり違うその佇まいにまゆりは困惑を隠せない。
何故なら普段の源十郎は背中は猫背に曲がっており、足が悪く常に車椅子状態だったのだ。
だが目の前にいる老人はまっすぐに立っており、その足取りはしっかりと地面を踏みしめていた。
そして何よりも。
「貴方に、能力は無かったはず!!」
その問に、老人は更に笑みを深めた。




