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ブーストアッパー ~加速する強化の先で~  作者: クマ将軍
第一章 失った時間を取り戻すために
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第15話 妹の想い

「手でも繋ぐか?」


「……言ったはずでしょ、私に近付くと私の能力が」


「はは、そうだった」


 そう言って頭をかきながら笑う広樹。まゆりと広樹は今、喫茶店から離れて町外れ付近にある丘に向かって歩いていた。

 この町にある丘には展望台があり、夜にそこから見渡すと綺麗な月が見えるこの町の唯一の観光地だ。昔は広樹とまゆり、そして二人の両親が旅行から帰るときに毎回この展望台を見て、家に帰るという思い出の場所でもあった。


「それでこれからの話という事なんだけどまゆりは、さ。まだ烏丸家に帰りたいと思っているのか?」


「……確かに烏丸家は私を拉致した家だよ。でも、あそこで私は大切な家族が出来たの。だから私はその家族のもとに帰らなくちゃいけないの」


「確か烏丸家ってのは、覚醒したショックで暴走の可能性がある子供を保護する集団だっけ。まぁまゆりは保護というショックで能力が覚醒して暴走したから、完全に逆効果だけど」


 そしてまゆりは、ある程度能力の制御に成功できたということで広樹に会える許可を得られたということになっている。これが接触する上で作られた烏丸家の設定である。

 怪しいと言えば怪しいが、こうして兄と会えるお陰で少なからず信憑性はあり、拉致されたはずのまゆりがそう証言していることと、まゆりが暗殺者として育てられている事を知らないお陰で怪しまれる事はないと烏丸家の面々がそう判断を下したのだ。


「なぁまゆり、俺はお前を烏丸家のもとに行かせたくはないんだ。また俺達は離ればなれになるのか?」


「今の私にとって、お兄ちゃんよりも烏丸家にいるあの人達の方が大切なの」


 その言葉を言ったまゆりの顔に、後悔はない。


「もう八年も過ぎてるからな……それに俺よりも長く一緒にいたんだ。まゆりが俺よりもその大切な家族を優先するのは当然の事だ」


「お兄ちゃん……」


「あぁ別に悲しんでる訳じゃない。俺はな、嬉しいんだよ。まゆりが孤独じゃないことに。そしてまゆりに大切な人達が出来たという事に」


 まさか兄から肯定されるとは思わなかったため、まゆりはまじまじと兄の顔を見る。


「でもな、それとこれとは別だ」


「え?」


「お前に大切な人達がいることと、烏丸家に帰るという事は別だ」


「それは、烏丸家には私の大切な家族がいるからで――」


「もしその家族が、烏丸家からいなくなったら?」


 その言葉に、まゆりの感情が昂る。


「そんな事させない、あの人達は私が守る!」


「いや違う違う、まゆりの家族が死んでいなくなるという訳じゃない。その家族が、烏丸家とは関係ない所で静かにゆっくりと平和に暮らしていたらの話だよ」


「――え」


「もしその家族と烏丸家との関係がなくなったら、まゆりは烏丸家に帰りたいと思うのかって話」


「それは……」


 烏丸家から離れて、平和に暮らす。もしそれが現実のものとなったら、それが一体どんな幸せなことだろう。

 誰もが幸せに暮らし、烏丸家の要求に怯えないで済む理想の世界。もしそれが本当なら、まゆりはもう烏丸家に帰らなくて済む。烏丸家の仕事で人を殺すこともないだろう。


 でもそれは。


「それは、有り得ない」


「……と、いうと?」


「あの人達が烏丸家から離れる? 有り得ないよそんな事……烏丸家は絶対に諦めない。あの人達は絶対に烏丸家から逃げられない」


「まゆり、もしもの話だよ」


「そんなもしもの可能性なんて無い! 私のこれからは烏丸家と共にあると定められた。あの人達が私の大切な家族だから! あの人達が烏丸家にいるから! 私が帰るべき場所は烏丸家しかいないの!」


 はぁ、はぁと息を荒げるまゆり。ここまで感情が爆発するほどの事をして来なかったため、まゆりは自分の様子に少なからずビックリしていた。

 しかしこれはまゆりの本心でもあり、長い間烏丸家にいたまゆりをいつも支えていたのは『雛の巣』にいる彼女達のお陰なのだ。

 広樹が助けてくれるという希望も勿論あった。尊敬する兄で、そして一時期にでも烏丸家の任務を妨害したという事実。これが未だにまゆりが烏丸家に対し、反抗的な意思を持つ覚悟になっていた。


 彼女達がいなければ、烏丸家での生きる気力を無くしていたまゆり。広樹という存在がいなければ、そのまま身も心も全て烏丸家の道具になっていたまゆり。

 だが今回、まゆりは二つの選択肢を突き付けられた。一つは広樹を殺し、身も心も烏丸家の道具として捧げる代わりに『雛の巣』にいる彼女達を守る条件。

 そしてもう一つは、実の兄を殺すことを拒否する代わりにまゆりの生きる理由を殺すという条件。


 前者であれば、たった一人の家族が死に、烏丸家に対し絶対従順というまゆりの犠牲だけ。だが後者では兄を残す代わりに、まゆりは自身の生きる理由が消え、尚且つまゆりが烏丸家に対し無駄な犠牲を強いるという事になる。


 それは、果たしてどちらが辛いのだろうか。


 ただ分かるのは、まゆりは兄譲りのお人好しであり、他人のためなら自分の犠牲など(いと)わない性格であるということ。そう、他人を助けるためには例え兄を殺し、自分を殺してでも助けるのがまゆりの信念。


「俺じゃあ『まゆり』を助けられないのか?」


「お兄ちゃんじゃあ『あの人達』を助けられない。お兄ちゃん、もうとっくに気づいているよね? 烏丸家が一体どういう家なのか」


 ここまで来たら、広樹が烏丸家の真実を知っていることにまゆりは気付いていた。

 だからこそ、まゆりは広樹の考えていることが分かった。広樹はまゆりを含め『雛の巣』の人達を救うと考えている事に。


「あぁ」


 案の定、広樹は肯定した。その言葉にまゆりは「どこまで?」と訪ねる。


「拉致した超能力者の子供を利益のために食い物にしているというところだけ」


「そう、確かにそれは合ってるよ。でも悲惨なのは拉致していた(・・)子供は全員女の子。そしてそれは優秀で貴重な超能力者に『交配』させることで、烏丸家の力を増やすというやり方をやっているの」


「交配……」


「それが事実。でも私がいることで今現在彼女達に対してそのような行為は許されていない。それをした場合、私の能力がより暴走して、烏丸家をまるごと押し潰すから」


 まゆりは拉致されて来た子供の中で一番能力が強い子供だった。拐われたショックで能力が覚醒、暴走し手を付けられなかった中、同じ重力の能力を持つ女性がいなければ烏丸家の屋敷を比喩無しで潰す寸前まで行ったほどである。


「だから私は烏丸家に帰らなくてはならないの」


「まゆり……」


 まゆりの言葉にショックを受けている様子の広樹を見て、まゆりはこのタイミングだと判断する。

 長政達に広樹の隙を作るための支援を要求していたが、道中彼らの姿が見当たらず、その事に違和感を持つも今このタイミングであれば広樹を暗殺できるとまゆりは考えたのだ。


「……お前の考えは分かった」


 だがそんなまゆりの考えは即座に打ち切られることなった。他ならぬ広樹の行動によって。


「お前が抱えてる想いについて理解したよ」


「なっ!?」


 一瞬のことだった。広樹は躊躇なくまゆりに近づき、ゆっくりと彼女の頭を撫でたのだ。

 嘘がバレる。その事にまゆりは焦り始め、広樹を突き飛ばそうとするも、先に広樹の口が開いた。


「大丈夫、長政達は今俺達を見失ってる」


「!?」


 何故やどうしてといった疑問がまゆりの脳内を駆け巡る。どうしてまゆりの嘘を身破いたのかということと、一体何故長政という男の名前を知っているのか。


「だから、ここは俺に任せておけ」


 そしてまゆりは広樹によってドン、と後ろに押された。


「お兄ちゃん!?」


「お前が帰りたい場所は烏丸家じゃない」


 突然の流れにまゆりの思考は着いてこれていない。まるでまゆりの身体が地面に吸い寄せられるように倒れようとする。

 兄に向かって手を伸ばす。視界端の空間が歪み、暗闇が中央に集束されていく中、まゆりが見たのは穏やかな笑みを浮かべる兄の顔だった。


「お前が帰りたいのは、お前の家族のところだ」


 瞬間、まゆりの視界は黒く染まった。ただ分かっているのは、未だに自分の身体が地面に向かって倒れ込もうとしているということ。

 そしてそのあまりにもな僅かな時間にまゆりは、受け身も咄嗟の能力の発動も出来ておらず、そのまま尻餅を着いた。


「くっ、お兄ちゃ――……え?」


 視界はいつの間にか通常に戻っていて、まゆりはこの事を広樹に抗議しようと顔を上げる。しかしそこに広樹の姿もなく、あろうことか展望台の光景も無いことに驚愕することになった。


「ここは……森?」


 見知らぬ森の中。その中でまゆりは地面に尻餅を着いていた。まゆりは辺りを見渡すも周りは視界を埋め尽くす緑の数々。

 でこぼこする地面によろめきながら立ち上がり周囲を見渡すと、まゆりは一つの獣道を見つける。


「一体どうなっているの……?」


 唯一歩ける道を見つけたまゆりは、その道に沿って歩く事にした。やがて歩いた先に見つけたのは、まゆり自身が予想だにしない光景があった。


「どうして……どうしてここに……」


 ――皆がいるの?


「あっ! まゆり様!」


「まゆり様!? ついに来られたんですね!」


「本当にまゆり様が来たんだ……」


「まゆり様! お怪我はございませんでしたか!?」


 まゆりが大切に思っている家族。まゆりが自分を犠牲にしてでも守りたい家族。その家族が、この森の中で不自然に開けた空間でキャンプをしていたのだ。


「な、何が……」


「さて、これで広樹君の計画は最終段階に来たわけね」


 見知らぬ女性の声が聞こえる。何故ここにいるかは知らないがここにいる女性達は、烏丸家の屋敷にあった『雛の巣』にいるまゆりの家族達である。その為、皆の声や姿は全員覚えているものの、先程聞こえた女性の声は知らなかった。

 そんな突然の声に警戒するまゆりに、奥から一人の女性がやってくる。その姿を見てもまゆりに心当たりはなく、まゆりは更に警戒を強め『雛の巣』の人達をまゆりの後ろに下がらせようとする。


 だがそんなまゆりの行為空しく、彼女達は奥からやって来た女性に警戒もせずに声を掛けたのだ。それもまゆりが目を見開く内容を口にして。


「『クロノス』様! あなた様が仰っていただいた通り、まゆり様がやって来ました!」


「な……!? クロノス!?」


 その名前に聞き覚えはあった。かつての暗黒時代に生まれ、超能力者をまとめ上げた超能力者の母と呼ばれる絶対的英雄。


「『時空』のクロノス……一体どうして貴女がここに……?」


「それはね……貴方のお兄さんが考えた事なのよ」


「……お兄ちゃんが?」


 ここまで来ると兄が一体何をしようとしているか嫌でも分かってくる。とどのつまり広樹は『雛の巣』の人達を含めたまゆりを助けようとしているのだ。


 ただ広樹はまゆり以上にお人好しで、他人を助けるためなら何としてでも助け、犠牲は自分だけで十分と考えるまゆり以上に狂った性格の持ち主であることを、まゆりは知らない。

 まゆりは人として最善を尽くすのに対して、広樹は人を辞めてでも確定された幸せを求めようとする。


 その過程で、幸せを奪う輩に対し広樹は全力で叩き潰そうと全力で行動するのだ。まゆりの想いを知り、まゆりとその家族が助け出された今。この先に計画された物が、かなり物騒だということをまゆりも、烏丸家の人々は知らない。

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