第13話 兄妹の再会
広樹が、まゆりと再会したのはかつて暮らしていた家の前。義理の両親に拾われ、まゆりと過ごした家。そしてまゆりが拐われた後でも暮らしていた家。
まさしく、再会という出来事においてこれ以上無いシチュエーションだろう。最もそう考えているのは広樹一人だけなのだが。
そんな長年の再会に、広樹はまゆりを抱き締めようと近づく。しかしその事を認識したまゆりは、
「近付かないで」
「……っ、まゆり?」
一歩近付いた広樹に対し、一歩後ずさるまゆり。
久しぶりの再会だというのにこのような対応をされてしまった広樹は、かなりのショックを受けた。
だがその事を確認したまゆりは、慌てて誤解を解くために口を開き、誤解を解く。
「そうか……能力が暴走して、一定範囲内の生物を押し潰すのか……」
「うん、だからごめんね」
最もそのようなことは嘘なのだが。
(早く終わらせるなら、ここで抱き締めて能力の暴走という流れでお兄ちゃんを殺せば、任務も達成できるし烏丸家に私が嘘をついているということがバレないままで終わる……けど)
まゆりは烏丸家の面々に、自分の能力が今でも暴走していると嘘をついていた。
事実、誘拐されたあとは暫くそうなっていたのだ。しかし烏丸家から身を守るため、今でも能力は暴走し続けていると嘘をついていた。
そんなまゆりだが、この任務を終わらす一つの手段として、感動の再会を装い、ハグをして気付かれずに重力で押し潰すという方法があるのだがまゆりはやらなかった。
理由としてはなるべく苦しまずに、尚且つ妹が兄を殺すという事を自覚させたくないという思いがあったからである。
家族が家族を殺すという残酷な事実。
その様な残酷な出来事を僅かでも兄に悟らせたくないというまゆりなりのせめてもの覚悟である。
「あーうん、そうか……でもそうだな。こんなに大きくなって、一瞬誰だこの美人さんはと思ったぞ」
気まずい空気に耐えられなかったのか、話題をそらす広樹。それを察したまゆりは、そらした話題に乗っかることにする。
「……うんお兄ちゃんこそ、かなりかっこ良くなってるよ」
どこかギクシャクとした雰囲気。
かつて一緒に過ごしたと言っても、引き離された年月はそう少なくなく、かつて子供と同じように無邪気に喜び会うという事もなく、まるで他人のようだと錯覚させる。
そこにまゆりは家の扉が開いている事に気づき、中を覗き込んだ。そこには、数々の段ボールや包装された荷物が積み重ねているのが見えた。
「お兄ちゃん……これって」
「あぁ、実はな……引っ越しするんだ」
「そう……」
作成会議の時も聞いたが、これまで過ごしていた家、しかも両親と過ごした記憶がある思い出の家から兄が引っ越すのは少なからずショックを受けた。
が、まゆりにはもう関係ないことである。
それにまゆりは想像ついていた。恐らく兄は、本格的に月の地下世界に住むということでもう、ここにいる必要は無いのだと。
覚悟していたがやはり、まゆりと広樹は敵対する運命にあるのだと。そう思考するまゆりだが、広樹の呼び掛けに我に帰る。
「……そういや、まゆりは大丈夫だったか?」
「……え? あ、ごめんお兄ちゃん聞いてなかった」
「……あの時、まゆりは烏丸家に拐われた。その後、まゆりはどういう風に生活してたか知りたいんだ」
ぐっ、と息が詰まる。恐らく兄は知らない。烏丸家が一体どういう家なのか、そこでまゆりは一体何をしていたのか。
どうせ、やることは変わらない。
そう思考を変え、まゆりはこう提案した。
「実はまゆりもお兄ちゃんのこれまでの事を知りたかったの。だから、ちょっとお茶しよ?」
やることは変わらないのだ。ただ場所を移して話し合うだけ。そして隙を見せたら一息に殺す。
その間ちょっとだけ兄妹の時間を進めていっても、やることは変わらないのだ。
そして移動した場所は町内の喫茶店。
広樹達は人通りが見えるテラスのところに座っていた。
「ここもあんまり変わっていないね」
「そうだな……まぁ人は少なくなったけど」
昼にも関わらず人は少なく、テラスに面してる道にもあまり人は歩いていなかった。
「前はかなりお客さんいっぱいいたんだけどなぁ」
本心からそう言うまゆり。
「まぁ近頃は物騒だしな」
そう言って、広樹は注文したカフェラテを飲む。兄は苦いものはあまり好きじゃない。そう変わらないところを認識したまゆりはクスッと笑みを浮かべる。
かくいうまゆりも苦いものは苦手なため、兄と同じカフェラテを飲んでいるが。
一年前を期にここ最近のこの町は物騒になっている、と思われている。それはエネミーや能力者の存在を隠蔽するため、あえてこのような噂を広めているからだ。
実際にまゆりのもとに諜報員からそう報告を受けていたから知っていた。
「おっ料理が来たな」
届けられた料理に笑みを浮かべる兄。
まゆりもまた、自分のところに運ばれてくる料理に、兄と同じく笑みを浮かべる。
そして二人は、料理を食べながらこれまで過ごしてきた事を話し合った。
◇
「長政様、周辺の状況を調べました」
「どうだった?」
「例年より人は少なくなっておりますが、やはり月の能力者による隠蔽工作でしょう」
一年前に、本来人界では現れない筈のエネミーに襲撃された際、能力者の世界に通じている政府がこの件について問題視をしたのだ。
それによって月の能力者達は調査の目的でこの町に良くない噂を流し、一年かけて現在住んでいる住民を八割近く減少させたという。
では何故一年も掛けて工作したのか。
何故ならそれはもし能力者らしく能力を使った退去では、周辺の状況に対して不自然に感じることがある一般人がいるからだ。
能力による処理は万能ではない。
それがふとした偶然で違和感を察知した場合、連鎖反応的に能力者の存在が露見する恐れがあるからだ。
(その最たる例が、斎藤広樹……)
せっかく苦労して見つけ出した忘却系の能力者を使った筈なのに、何故かまゆりの事を覚えている男。
当初、能力を持っていない一般人ということで見逃し、まゆりの交換条件として斎藤広樹を監視していた筈が、一時期烏丸家の任務に支障を来すほどの妨害を受けたことがあったのだ。
「思えばあの時に殺せばよかったな……」
と言ってもこれから暗殺をするので遅いか早いかの違いでしかない。そう思った長政は、次の報告を聞く。
「周辺に月の能力者共の影は?」
「『発見』の能力者を使っても見当たらず、先ず間違いなくここ周辺には烏丸家以外の能力者はいません」
「ふむ……まさか一人でこの場所に来たのか? 護衛の能力者も要らずに?」
能力を覚醒してから一年というがその内容は、殆どが昏睡状態による時間経過であり、実質昏睡に至る前の三日間が彼の能力者としての経験である。
メタリカに勝利したとはいえ、つまりは新米とほぼ同義。
そんな能力者がかつてエネミーに襲撃された過去を持つこの町に一人で来る筈がないと考える長政。
「目的が分からんな……深く考えすぎか? とにかく引き続き調査を進めろ」
『了解』
嫌な胸騒ぎを覚えながら長政は、双眼鏡を通してまゆりと広樹の様子を見た。
見る前に一瞬、広樹が一度遠く離れたビルの屋上にいる長政達を見て、薄く笑った事を気付かずに。
◇
広樹との昔話に華を咲かせ、お互いの過去を共有する。最もまゆりは自身が殺しの仕事をしてきたという部分を省き、なるべく『雛の巣』で得てきた幸せな出来事を中心に話を進めた。
対する兄の話す内容も以前報告を受けていた時の内容と整合性が取れており、特に違和感を抱いていないと感じるまゆり。
もう十分に兄妹の時間を進めたと判断したまゆりは思考を切り替え、暗殺する隙を探し始める。
しかし、数分もすると。
(おかしい……)
兄の様子を伺ったまゆりは、上記のような印象を抱く。
(お兄ちゃんは完全に油断しきっているはず……)
目の前にいる兄は今も尚まゆりに対して油断している。
隙も見せている。
なのに実行に移そうとするとまゆりは何故か躊躇を覚えるのだ。
まゆりは知らない。それが長年培ってきた暗殺経験に裏打ちされた本能による警鐘だということを。
それはつまり、まゆりがそれが油断や隙だと見えているものが本能では違うと言っているのだ。
しかし、まゆりはその事に気付かない。
兄が意図的に隙を作っているなど想像していないからだ。
能力者としての経験も修羅場を潜ってきた数も違う。
そしてまゆりには不本意だが仕事に対する自信も無意識の内に持っていた。だからこそまゆりは自分が躊躇することに困惑していたのだ。
「……ふむ意外に出来る……と」
「え?」
「いや、トイレに行ってくるって言ったんだけど」
「あっごめん聞いてなかった。うん分かったよ」
広樹がトイレに向かう。
その後ろ姿を見ながらまゆりはテーブルに項垂れる。
このままでは本当に家族としての時間を取り戻すだけで時間が過ぎていく。
そうなれば烏丸家はまゆりに失望するかもしれない。そしてそうなったら『雛の巣』にいる大切な人たちが傷付けられるかもしれない。
外面に出さずとも、内心心臓の鼓動が早くなり焦りを生み出すまゆり。
(落ち着け……お兄ちゃんを殺すんだから躊躇するのも分かる。でもここで立ち止まって良いわけがない)
ならばと自分一人では遂行出来ないようでは、助けを借りるしかないと考え、無線を繋ぐ。
『こちら長政。どうしたまゆり?』
「支援を要求します。彼を殺すには一芝居を打つ必要があると判断しました」
『……了承する。こちらはあくまでまゆりの支援を行う要員だ。まゆりが任務達成に必要だと判断したのなら、こちらは何も言わない』
口ではそう言ってるが、言外に『任務に支障を来すようなら、それなりの対処をする』という意味であるとまゆりは分かった。
「了解。……任務は必ず成功させます」
『……ならいい。通話を終了する』
そう言って連絡が途切れる。
「……」
ぼうっと虚空を見つめ、息を吐き、そして笑みを浮かべる。
(我ながら本当に躊躇がない)
兄を殺す手助けを要求した際、まゆりの心に微塵の躊躇も動揺もなかった。
(やっぱり慣れる物なんだなぁ……)
それから数分後。トイレから広樹が戻ってきた。
「うっす来たぞ。……どうしたまゆり? ぼうっとしてて」
「ううん、何でもない。次は買い物行こうよ。お土産用に買いたいものあるし」
「……そうか」
その抑揚の無い返答に、まゆりは違和感を覚える。その声を聞いたまゆりはふと、兄の顔をまじまじと見た。
そこには、真剣な様子でまゆりを見ている広樹が。
「お兄ちゃん……?」
訝しむまゆり。
そんなまゆりを見て広樹は、
「お前、まだ自分を誘拐した家の所に帰ろうとしてるのか?」
「……え?」




