第12話 ふとした気まぐれ
まるで隠れるように森の奥深くに建てられている日本家屋。通常の道では決して辿り着けないとある能力者一族が潜む隠れ家。
そこは烏丸家の屋敷。
過去に有用な能力者の子供を拐い食い物にして来たこの一族は、クロノスが率いる能力者の粛清組織に狙われ壊滅した過去を持ち、一人残らず闇に葬られた筈の一族だった。
だが一体何の因果か、一族の当主が生き残り今もこうやって同じ過ちを繰り返していた。
彼らの被害者の一人である斎藤まゆり。
彼女は重力という能力を持つ能力者であるが故に、烏丸家に拐われた過去を持つ人間。そして、斎藤広樹の義理の妹。
そんなまゆりは今『雛の巣』と呼ばれる建物の中にいた。
まゆりがいるそこは、拐われた人達を閉じ込める『雛の巣』と呼ばれる烏丸一族が住む屋敷とは別に、屋敷の庭に建てられている建物である。
そんな『雛の巣』の私室にいるまゆりは今、敬愛する兄を殺すための精神統一を行っていた。
(お兄ちゃん……)
思い出すのは兄と過ごした日々の記憶。
当時は幼く、過ごした記憶は所々曖昧なものの、まゆりは必死に記憶を繋ぎ会わせていく。
それはまるで記憶だけは守るように、記憶だけが今後の拠り所だと言うように必死に記憶を繋ぎ会わせていた。
「まゆり様……屋敷から使いが……」
そこに、一人の女性がまゆりに来客者が来たと報告しに来た。彼女も平凡に過ごしていた頃に能力が発現し、それを察知した烏丸家に拐われた被害者の一人である。
そして、まゆりが命に変えても必ず守らなきゃいけない『家族』の一人である。
彼女の声を聞いたまゆりは、ゆっくりと目を開けて座禅から立ち上がる。
次にふうっと息を吐いたまゆりは、報告しに来た彼女と向き合い「ありがとう、すぐ行くよ」という旨を彼女に返し客がいると思われる客室に向かおうとする。
そこに報告しに来た彼女は擦り違ったまゆりに、まるで嘆願するような声音で言う。
「まゆり様……もう私達のために身を削るような事は止めてください……」
その言葉を聞いたまゆりは一瞬足を止めるも、そのまま無視するように部屋から出る。
まゆりにとってもう昔から決めたことである。
例え大事な家族からの言葉であってもまゆりは止まることはない。それが自身の兄を手にかけようとも。
「まゆり様!」
必死に引き留めようとする彼女を無視し、まゆりは部屋から出た。
◇
「遅かったじゃないかまゆり」
「長政……様」
危うく呼び捨てにするところを何とか堪えるも、まゆりは嫌悪を隠さない様相で目の前にいる男を見やる。
彼の名前は長政。
姓はなく、烏丸家の当主である烏丸源十郎からそう呼ばれている男。
目付きはまるで不良のように鋭く、髪をオールバックにしているその男は、この烏丸家当主の右腕。
そしてまゆりが、烏丸家の命令を聞かないといけない理由でもある。
「諜報員から連絡が来たぞ、まゆり」
「……はい」
ようやく来たと、まゆりは苦しそうになる心を抑えて長政の言葉を聞く。
「斎藤広樹の能力が判明したらしい。ターゲットの能力は……『強化』。自身が装備している物を強化させる能力とのことだ」
「強化系武装型……」
能力者の持つ能力は、実に多種多様な能力がある。
しかし実は大別として似たような能力が確認されており、その中の一つに強化系というカテゴリーがあった。
諜報員によって烏丸家の面々に知らされた能力は、強化系武装型。その名の通り、身に付けているものを強化させる能力で、能力者の中ではそれなりに対処しやすい能力である。
「能力としては弱点も多い。楽になったなまゆり」
案の定、長政という男は広樹の能力が大したことないということに油断していた。
それも長政だけではない。諜報員から持たされた情報によって油断したのは、情報を聞いた上層部の面々もであった。
その中で唯一、まゆりは油断してはいなかった。
「あのメタリカを倒すほどの能力です。ポテンシャルは計り知れないでしょう」
だがその事を聞いた長政はフッと嘲笑し、まゆりにこう言い返した。
「お前の能力、『重力』を操る能力があれば問題ない。それにお前を刺客として送り出すんだ。ターゲットも油断するだろう」
強化系武装型はその性質上、身に付けているものが無ければ無力な能力である。
しかし、流石に衣服は着ているため、衣服を強化すればそれなりの防御力を得ることが出来る。しかし、
「暗殺の訓練をして来たお前なら、衣服を纏っていない部分を狙って殺すこともできるし、相手が能力を発動していない時を見計らって遠距離で殺してもいい」
そして何より、烏丸家の暗殺部が支援に入る。そんな考えから、目の前にいる男はこう楽観視しているのだろう。
「……分かりました。……その任務、達成してみせます」
「もし失敗するようなら、お前が大切に思っている『雛』を……分かるな?」
その言葉に殺意を抱くまゆりだが、必死に了承の言葉を紡ぐ。
「……ッ! わ、かりました……」
まゆりには、目の前にいる男と戦う力は持っていない。それは純粋に、まゆりと長政の実力に圧倒的な差があるからだ。
『念力系刀剣型』。
『転移系空間型』。
『無効化系能力型』。
それが今目の前にいる男、長政が持つ能力。
人一人に対して一つしか能力が発現しない能力者の中で唯一、三つもの能力を所持している男。
そのどれもが強力。
まるで物語に出てくる英雄の如く、その力には隙も何も存在しない。
正しく能力者としての格が違う。
だからこそまゆりは、長政を右腕として扱う烏丸家に対して、裏切る事が出来ない。
裏切れば即ち、目の前の男がまゆりの何もかもを殺す。
まゆりの全てが、終わる。
◇
『ターゲットはどうやら、引っ越しのために地球に来ている』
引き続き、諜報員から持たされた情報を聞いたまゆりは、かつて自身が生まれ育ってきた町にやって来た。
まゆりが記憶している町並みと比較して所々変わっていた所がある町。
そんな町で、まゆりはまるで一つ一つ記憶するように散歩をしていた。
(出来れば、こんな形で帰りたくなかった)
自身の生まれ故郷で、自身の兄を殺す。
もしこれが神によって仕組まれた運命ならば、まゆりは神を恨まずにいられない。
それほどまでに、まゆりが生きてきた人生は過酷なものだった。
そんな時、まゆりの目にとある人物の姿が映った。
その表情に元気はなく、何やらやつれている様子の男。
「……どうかしましたか?」
「え? あぁ、いや……別に問題ないですよ?」
目の前の男について、まゆりは知っていた。
最も相手はまゆりの存在自体忘却させられているので知らないが。
水無月光。
まゆりが連れ去られる前に、自身の兄と親しかった幼馴染。
良く三人で一緒に遊んだこともあり、まゆりは彼の事をもう一人の兄として呼んでいた事もあった。
「いえ、何やら思い詰めていましたので」
「……そうですね、これも縁だと思って俺の話を聞いてくれませんか?」
「えぇ大丈夫ですよ」
そうやって話してくれたのは、彼の幼馴染の行方が分からないという内容だった。それを聞いたまゆりは内心納得した。
「もう一年ぐらい前かな……アイツの行方が分からなくなったの」
彼の幼馴染、斎藤広樹は一年前に突如としていなくなった。音信も不通。行方知れず。そして行方不明になる前は謎の爆発事故で、近隣の住民はパニックなったという。
勿論その謎の爆発事故というのは突如として現れたエネミーに広樹たちが襲撃されたという事件であり、月の地下世界の能力者によって隠蔽され、事故として処理された経緯があった。
「アイツが一年前の爆発事故でどうにかなる奴じゃないんだ。でもこの一年、アイツからの連絡も来てない。だから……もしかしてアイツは……妹を探しに行ったんじゃないかなって」
それは間違いだろうと、まゆりは思った。
何故なら報告を聞いた内容は突如として現れたエネミーに襲撃され、そのまま月にあるアンダームーンというところで昏睡しているのだ。
「どうして貴方は彼が妹を探しに行ったと?」
「……アイツが言うには、妹が拐われたらしい」
「それは……大事件ですよ。警察に通報されましたか?」
白々しい反応。だが他人から見たらこう反応するだろうと、目を見開いて驚くような演技をする。
「いやしてない……。だってアイツには妹がいない筈なんだ。突然、家に来てまゆりが拐われたとか言われて、でも俺はアイツに妹がいるっていうことを知らないし、見たこともない。それに加え、周りもそのまゆりって娘は知らないと言っているんだ」
その答えは既に予想していたもので、まゆりは特に何も感じてはいなかった。それが例え、昔兄と呼び親しんだ相手の口から出た言葉だろうと。
「それでは何故……貴方は消えた親友が妹を探しに行ったと?」
それは純粋な質問だった。本当に何気ない質問。だがそれは、まゆりに予想だにしない想定外の事を聞くことになる。
「アイツは……意味の無い嘘は言わないからな。周りはアイツの両親が亡くなったショックでこれまでいもしない妹の幻覚を見ていたんだろうと考えていた。それは勿論俺も含めてだ」
でもアイツが行方不明になったお陰で整理できたと、水無月は言う。
「何せいきなりだ。アイツの親が亡くなってずっと一人で暮らしていて、それでも変わらずに自分の信念に従って人を助けてきたアイツが、いきなり妹が拐われたと言ったんだ」
水無月光の両親は、親が亡くなったショックで幻覚でも見ていたのだろうと推測したが、これまで一緒に過ごしてきた水無月には、広樹にそんな素振りは見せていなかった。
「もしアイツが嘘を言ってなかったら、それは多分おかしくなったのは、アイツじゃなく俺を含めた周りだと思った」
――あぁ、やっぱり凄いな。
「でも周りがおかしくなっていたら、それはもうどうにもならないと思う。まるで魔法か、超能力みたいなそんなスケールの話だ」
――相変わらず、コウ兄さんは鋭い。
「最も、今更考えてもアイツはいないけどな」
項垂れる水無月に隠れて、こっそりとまゆりは笑みを浮かべた。何故なら水無月の語る推測は、真実に辿り着いていたからだ。
尊敬する。でもそんな人にまゆりは裏切ろうとしている。兄と同じぐらい大切に思っている人を悲しませる事に、まゆりの心は軋みをあげた。
「あぁごめん、初対面の人にこんな重い話を聞かせちゃって」
「いえ、これで貴方の気持ちが軽くなるなら」
「……うん、ありがとう。何か君といると何故か懐かしい気がしてね。つい話し込んでたよ」
「……っ」
突然の不意打ちに、まゆりは泣きそうになった。
そして今更ながらに後悔の念が押し寄せてくる。
久しぶりの帰郷で散歩するんじゃなかった。
久しぶりの再会に声を掛けるんじゃなかった。
――期待するようなことを、言わないでください。
「――え?」
「それでは用事を思い出したので、これで失礼しますね」
「……いや、待って!」
振り返らずに、そして立ち止まらない。
今まゆりが考える事は自分の事ではなく『雛の巣』にいる家族の事だけ。
「待って!」
頬に伝う何かを無視して、まゆりは歩き出した。
◇
そして。
「やぁ、まゆり……大きくなったな」
「お兄ちゃん……」
兄と再会した。




