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ブーストアッパー ~加速する強化の先で~  作者: クマ将軍
第一章 失った時間を取り戻すために
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第11話 兄妹の覚悟

 能力によって強化された広樹の脳は、過去に記憶した物を瞬時に思い出す圧倒的な記憶力を持つようになっていた。


 だからこそ分かる。いや分かってしまった。


 この訓練館にて、メタリカに勝利した直後の事だ。広樹は、密かにこの模擬戦の様子を見ていた彼女を発見した。


 その瞬間、広樹の脳裏に過去の記憶が流れ込む。


 学校。アルバイト先。ショッピングセンター。警察署。カフェテリア。レストラン。広樹が過ごしてきたその先にはいつも彼女の姿があった。

 一定間隔で広樹の様子を見る彼女に、広樹は何回か彼女と目を合わせたことがあった。そしてその目には、毎回監察しているようにこちらを見ていたのだ。


 そう、かなりの頻度で広樹は彼女と出会っていた。だが広樹は気付いていなかったのだ。否、『認識できていなかった』。

 彼女から離れた瞬間、広樹の脳内には彼女の事について霧のように消えていった。


「忘却系認識型……つまり認識を『忘却』させる能力……! だから誰も彼女について疑問も抱かなかった!」


 学園長が目を見開き、声をあげる。このアンダームーンを作り上げた偉大な能力者である学園長でさえも欺くその能力。実に厄介だ。


 最も、広樹のように絶対に記憶する能力か、忘却に耐性力を持つ能力者がいれば対処できる。

 ただそれは、この女性のような忘却能力について事前に知っている必要があるわけで、彼女と何回か会っても単なる偶然と判断し、気にしなくなるのが難点だ。


「でも、それなら彼女を烏丸家のスパイと断定するのは些か早計じゃない?」


「別に。ただ怪しいと思い彼女の跡を着いていったら、烏丸家に俺が行った模擬戦について報告していた所を見つけただけですし」


「ムッ!?」


 口が縛られていても、彼女が驚愕したのだという事は分かった。


「アンタがこの場所で正々堂々スパイ活動するぐらいに優秀だという事は分かっている。ただ相手が悪い、それだけの事だ」


 彼女は、そのすぐ後ろで広樹が彼女の報告を聞いていた事に気付いていなかった。諜報員として『無理矢理』訓練させられた彼女にとって、気配を読むことは必須技能に当たる。

 そんな彼女が、広樹の気配に気付かなかった。その事に気付いた彼女は、これまで監察していた対象がとんでもない化け物になっていたことに、恐怖を抱く。


「さぁ、捕まえられたスパイがいったいどうなるのか……分かっているよな?」


 女性に向かってしゃがむ広樹。その動作に体をビクリと痙攣する彼女は、穏やかに笑みを浮かべる広樹に恐怖の眼差しを向けた。


「勿論アンタには烏丸家の情報を喋ってもらいたい。だが、味方について喋ったスパイは大抵味方に殺されることが多いというから、別にアンタは抵抗してもいい」


「……ム?」


「広樹君……貴方情報が欲しいの? 欲しくないの?」


「情報は欲しい。だが別に俺は相手に強制して、後々味方に殺されるような危ない目に遭って欲しくないだけですよ」


 矛盾した言動に目を丸くさせる学園長とスパイの女性。確かに広樹の言う通り、烏丸家を裏切れば自分は殺されるだろうと理解している彼女にとっては、抵抗出来るなら抵抗するだろう。


 いざとなったら自害してでも情報を渡すものかと覚悟している彼女に、広樹はまるでその事について理解しているのか笑みを深くして彼女に警告をする。


「ただし俺に嘘は通じない」


 何故なら強化された観察力は嘘をも暴ける。


「例え黙秘しても俺には答えが分かる」


 人間の情報を発信するやり方は口だけではない。人間の身体全体を見ればある程度答えが得られる。


「自害しようとしてもそれよりも早く阻止出来る」


 更に強化された肉体は一瞬で早く動ける。


「何なら学んだばかりの催眠術で情報を引き出してもいい」 


 そして広樹には強化された学習能力により、独学で学んだ催眠術を掛ける事が出来る特技を持っていた。

 それを使ったのは地球にいた頃、誘拐事件で救出した子供たちに広樹の事を広めないために使い、それが機能した事から催眠術は有効だと分かっていた。


「なにそれ……下手すればチートじゃないチート」


 何やら呆れるように呟く学園長。

 学園長も存在自体がチートの塊なので人の事は言えないだろうと考える広樹。


 そして目の前の女性には最早抵抗することはできなかった。正に八方塞がり。何も言わなくても勝手に情報を持ち出す相手に一体どうすれば良いか考えるも、対処する方法が思い付かないでいた。


「さぁ協力してもらおうか」




 ◇




『いいか! 職員室は一度入ったら慣れるもんだ!』


『え~? でも怖いよー』


『一度経験したら必ず慣れるのが人間だ!』


 昔兄と過ごした数少ない記憶を思い出す。


 ある日自分が指名され、職員室に書類を提出して欲しいと言われた初めての出来事。

 その当時、大人達が大勢いるという部屋に入る事に不安を感じていた当時の私は、大好きな兄に泣きついた事があった。


 兄は毎回泣き付く私に、いつも一生懸命慣れるように言う。それが私のためだと今なら分かる。兄は色々私に経験させて自分一人でも生きていく術を教えようとしていた。


 兄は私の本当の兄では無いらしい。


 お母さんとお父さんが事故で死んだ日に、両親が残した遺品の手紙を読んだ兄は、幼い私に出生の事を話してくれた。曰く、兄が捨てられた所を私の両親が拾ってくれたらしい。


 だが果たしてそれが一体何の問題になるのだろうか。私にとって兄は『斎藤広樹』ただ一人。私の兄はそれ以上でもそれ以下でもなく、兄という存在はずっと一緒にいてくれたただ一人の男性の事を指すから。



 そして二年後。



『来ないで!』


『大丈夫……私は貴女の味方よ……』


 それから誘拐されて連れてこられた烏丸家に、私と同じ『重力』の能力を持つ女性(ひと)がいた。

 能力が暴走して私の周囲に強力な重力の嵐が吹き荒れている中、私の重力を中和して近付いた優しい女の人だった。


 格好は上等なもの。だけどその表情はボロボロだった。優しく私を抱き締め、背中をポンポンとまるで赤子をあやすように優しく叩く女性。


 烏丸家には、私と同じように誘拐されて利益のための道具になっていた人達がいた。そこで私は彼女らと現在まで八年間過ごす事になる。


 そんな八年の間に起きたとある日。


 ある程度訓練が終わった幼い私にとある命令が下された。


 それは嫌なことだった。


 でもね、私は忘れないよ。


『人間、何事も慣れだって!』


『……うんじゃあ、お兄ちゃんは後ろで見守ってて?』


『勿論!』


 人間、何事も慣れから。


 だからねお兄ちゃん。


 お兄ちゃんの身を守るためなら、私は自分の手を汚す事だって慣れようと思うの。


『な、あ……お前……なんで……?』


『あ、ああ……』


 私の手に赤く濡れるナイフがあった。


 初めて自分の意思で人を殺した日。


 寝ている人に、体重を乗せて心臓に一突き。


 だってそうしないと私の大好きな兄を殺すと言うから。私を拐った人達が怖くて逆らえなかったから。だから私が慣れる必要があったから。


 自分の意思で殺した。

 言われた通りに、私を子供だと油断させてから指定された対象を殺した。


 優しい人そうだったのに。


 泣き真似をしている私の手をとって、暖かいご飯をくれたのに。

 でも慣れなきゃ。慣れないといけないから。慣れないと私の大事なものが消えるから。


 そして今。


「諜報員から連絡が来たぞ、まゆり」


「……はい」


 私は今、兄である貴方を殺そうとしています。

 兄は優しいから、きっと今でも私を助けようとしてくれるでしょう。


 でも私の事はいいの。


 出来れば兄とこんな形で会いたくなかった。もっと普通の形で再会したかった。

 ただ私には大切な家族がいる。この最悪な場所の中でも私を癒してくれた女性(ひと)達がいる。


 この任務で彼女らを人質にされた私は、兄を殺すことで彼女たちを救う選択をしました。兄を選ばない私を許してください。それが私の覚悟だから。


 私は兄を殺すということに慣れなきゃいけない。


 慣れなきゃ、私はどうやっても彼女たちを救えないから。私にはこうすることでしか手段がないから。


 私は慣れないと……ごめん、ごめんなさいお兄ちゃん……許してください……。そう思わないと私はお兄ちゃんと大切な家族両方消える……。


 慣れるしか……ない。




 ◇




「言った通りに報告したか?」


「は、はい……!」


「広樹君……一応言っておくけど、これかなり危険な手段よ?」


「ですが対処しやすい」


 相手の作戦が分かっていれば、対処出来る自信が広樹にあった。それも広樹の狙い通りに誘導される形で作戦が決行されるのだ。


「だがまゆりが俺を殺しに来るとはな……」


「何? もしかしてショック?」


「いえ? まゆりはまゆりで、手段はどうであれ大切な者のためにこのような選択を決めた事に嬉しさを感じているだけですよ」


「……唯一の家族を殺そうとしているのよ?」


「その相手が俺なら問題ないです」


 事実、広樹ならまゆりを止められると自信を持って言える。だがそれ以上にまゆりから人を助けるための手段にされたことは、内心広樹は嬉しく思った。思ってしまったのだ。


「我ながら歪だな……」


 それでもそれが嫌だとは思わなかった。


「さてまゆり……ようやく助けられるぞ。お前含めて、お前の大切な家族もちゃんと助けてやる」


 ようやく始まるまゆりの救出に、広樹は隠さずに笑みを深める。その笑みを見た学園長は何故か安心感を感じ、その笑みを見た烏丸家のスパイは密かに恐怖を感じた。

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