第8話 殺伐な模擬戦 後編
加速して距離を詰め、体重を乗せた拳を叩きつける。
その感触に、広樹は顔をしかめた。
「大木みてぇ……」
その呟きを聞いたメタリカは笑みを浮かべ、呆然としている広樹に腕を振り払った。
それでも直前にメタリカが広樹に攻撃を仕掛けようと気づいた広樹は、腕に当たる前に後方に下がる。
広樹の強化されてきた五感があの攻撃を受けたら危険だと告げる。
『硬化』という身体を固くするという想像つきやすい名前を持ちながらも、メタリカの膂力も上がっていることに、広樹は詐欺だと思わずにいられなかった。
そもそもメタリカの膂力は、度重なる戦闘で強化された広樹の膂力よりも上回っていた。
それが更にメタリカの『硬化』能力により底上げされたのだ。
「さぁどうした、こちらは能力を使ったぞ? 小僧も能力を使ってみせい」
それが使えたらここまで苦戦するはずがない。
そう思う広樹だが無い物強請りはどうしようもないと分かっており、それならば無いなら無いであるものを使って戦うしかないと思考を固める。
如何にして、この状態で『己の敵』を『殺せる』のか。
広樹が取れる手段は膂力以外で、相手よりも有利な手段。
それは即ち、圧倒的なスピードによるバトルスタイルであった。
「なるほど……そう来たか」
結局は幾ら膂力を強化されてもそれは当たらなければどうということはないのだ。
視認出来ないほどの超高速移動でもって、常にメタリカの死角に移動する広樹。
例え身体を固くしても人間には重心がある。そこをずらせば人間は簡単に倒れるのだ。
ただ予想外なのは重心をずらすための力が必要以上にいるところ。
そのためかなりの力を入れてメタリカを倒れるようにするのだが、そこは広樹。
強化されてきた体力はそう簡単に減らない。例え減っても回復するのに一秒とかからない。
そしてそこから繰り出す急所に向かって放たれる殺気を込めた打撃の数々。
当たれば当然死ぬ。それを無心で、冷淡に叩きこむ。
体勢を立て直そうと起き上がれば、また体勢を崩し。
反撃の意思を見せようとすれば、それ以上の打撃を叩きこむ。
そのどれもが――。
「それで終わりかの?」
――まったく効いていなかった。
当然である。メタリカの能力はあくまで防御を上げる『硬化』能力だ。
膂力が底上げされたのは単に硬化能力によって筋肉が重くなっただけであり、謂わば『硬化』したことによるおまけである。
数々の打撃を与え、その瞬間に相手の能力についての考察が纏まってきた広樹はその事実に動じなかったが、それ以上に面倒だなとより一層顔を顰めた。
「それに良く言うじゃろう――」
メタリカが笑みを浮かべる。
超高速移動によってメタリカからは広樹の姿が見えない筈だ。
だがその笑みはまるで広樹がどこにいるのか分かっているような笑みだった。
「――『防御』は最大の『攻撃』だとのォォォォ!!!」
強化されている広樹の目に映ったのは、ゆっくりと地面に拳を振り下ろすメタリカの姿。
その瞬間、まず最初に聞こえたのは轟音とその後に来る巨大な振動。
そして、メタリカを中心に広がっていくクレーターだった。
「クソ……」
振動によって徐々に足場が悪くなっていくのをスローモーションの世界で感じ、メタリカから離れる広樹。ヒビが入りそこから地面が浮かび上がっていくところを回避しながらも、メタリカのよって距離を引き離されたことに歯軋りをした。
幾ら超高速で動けるといっても、クレーターが出来上がるほどの衝撃波がメタリカの周囲に広がっているのでは迂闊に近づけやしない。そう考えた広樹だが、直後に考えを改めた。
(そういえば俺って……防御力も強化されているんだっけ……)
どいつもこいつも、広樹が過去に戦ってきた強敵は広樹の防御力を普通に上回る攻撃をしていたため、自然と回避を中心に戦っていた広樹。そして自身の自然治癒能力も人間とは比べ物にならないほどの速さで回復するということに実感がわいていなかったため、傷を受ける前提で戦っていなかったことに気づく。
たかが地面を抉れるほどの衝撃波。
地面以上の強度を誇る広樹ならば、選べる選択肢は一つだけ。
そうと決まったら両腕をクロスさせるように前に構えて、下半身に力を籠める広樹。
(狙うべきは首……! 行くぞ!!)
突進。瞬時に衝撃波へと肉薄した広樹は、両腕に感じる痛みを制御し衝撃波をこじ開けた。
メタリカに近づいていく度に、狙っている箇所への攻撃を当てようと集中する度に頭痛が酷くなり、視界がブレそうになる。
「ウォォォオオオオオオオ!!!!」
だがそれらを抑え込み、広樹は集中することを止めない。
やがて想像を絶する程の頭痛を耐えきったその先に、広樹が見たのはこれまでよりもゆっくりと動く空間に内から湧き上がる『力』。
――キィィィィイイイン。
耳鳴りが酷く感じるも、今感じている『力』に広樹は笑みを浮かべた。
「『強化』」
強化される身体。身体全体を捻り、メタリカの首へと回転蹴りを叩きこむ。
「『足』の力は『腕』の三倍……ッ!!」
その瞬間、回転蹴りを首に受けたメタリカは、身体ごと回転しながら観客席付近の壁にまで吹き飛んだのだ。
◇
「す、すげぇ……!!」
「まさか歴戦の戦士でもあるメタリカと渡り合えるとは……」
観客席に座っているサイと学園長は、模擬戦の様子を見ながら広樹の戦闘能力が己の想像を絶していることに改めて気づかされた。
「それにあの最後の攻撃……威力が桁違いに見えたわ」
「学園長……それってもしかして!!」
「メタリカ……貴方の荒療治は成功かもしれないわね……」
これで本来の目的は達成した。
そう思って学園長は双方に模擬戦の中止を宣言しようとするが二人の様子がおかしい。
「学園長……? どうしたんだ? 早く中止を……」
「……気が変ったわ。そのままあの二人が満足するまで戦わせましょう」
「な、なにを言ってんだ!? 広樹を見ただろ!? 広樹はもう能力を使える状態になった! これ以上戦う必要がない!!」
「死んでも私が戻すわ」
「そうじゃない!! これから仲間になるのに何で殺しあわせようとするんだ!!」
そうサイが叫ぶも学園長は一向に中止を宣言することはなかった。
こうなったらと、サイはあの二人を力づくで止めてでも模擬戦を中止にしようとする。
「サイ」
が、しかし。学園長が彼女の名前を言った瞬間、サイは強烈な寒気を覚えた。
それは殺気。模擬戦を止めようとするサイに対して余計な手出しはするなと学園長が放った殺気だった。
「が、学園長……」
「――ごめんね♪ これはもう広樹君の能力を戻すための戦いではないわ。これは最早試験。広樹君がこの世界に相応しいかどうかの試験になっているのよ」
「そ、そんなの!! 広樹が危険だと思っているのかよ!? 学園長が広樹を誘ったんじゃないか!」
「まぁ私が誘っても他の人が納得するか分からないけどね」
その言葉を聞いて、サイは愕然とした。
「それって、まさか……メタリカのおっちゃんが……?」
学園長は答えない。まるでそれが答えだというように。
そんな様子を見て、サイは祈るように広樹の身を案じた。
◇
ふらつく意識に何とかその場で踏みとどまる事が出来た広樹。
激痛を耐えきったその先に能力を使用できるようになったがそれは一瞬。
そして能力はまた消え、今度は激痛と共に意識がふらついてきたのだ。
「あー畜生……頭が痛い……」
通常ならばこの程度の頭痛、数秒もしないうちに治る。
その筈だが、この頭痛はまるで能力を使ったことによる罰みたいに一向に治らない。
「あのクソ半透明野郎……絶対に潰す」
自分にこのような後遺症を残した元凶を思い出しながら呟いた広樹は、次に敵のいる方面へと視界を移す。
砂煙で姿は見えないが、気配で未だに生きていることが分かる。
「あー、偉い目に遭ったわい」
そう言って出てきたメタリカの姿は、広樹を驚愕させるのに十分だった。
硬化状態の黒い肌、そこは依然変わらず。だが広樹が強化込みで叩き込んだ回転蹴りによって首は半分ほど抉れており、頭は正面に向いていないほどだった。
はっきり言えば、生きているのが不思議な状態である。
「硬化が無ければ首は千切れていた……今は硬化により半ば首が固定されているから生きていられるのだが……なんじゃ? 小僧が行った結果だぞ、何をそんなに驚いておる」
確かにこの状況は、広樹を驚愕させた。だがそれは自分が相手をこのような状態にさせたからというわけではなかった。
広樹自身、強化込みで攻撃すればこのような状況になるのは予想していた。元より相手が広樹を殺そうとし、それに対し広樹は殺気で以て応じた。
広樹が驚愕したのはただひとつ。
(俺は……何も躊躇をしなかったのか……)
相手が何で以て広樹を殺そうとしたのかは分からない。だが相手はこの超能力学園の教師であり、広樹の友人であるサイの知り合いだ。そしてこれから広樹自身もこの学園に在籍するような状況で、教師との殺し合いが始まり広樹は躊躇なく相手を殺そうとした。
全てを救う。広樹の根底にある他者を救うという本能はいつしか広樹自身の信念になった。
悪を殺す。広樹自身、相手を一度も殺したことは無かったが周囲に害を与えるものに対して徹底的に潰すことに本能から使命を感じていた。
矛盾する二つの信条。全てを救うのに悪は入らないという矛盾。その矛盾に悩み、今でも悩んでいる広樹。
だが今回は、相手はただ広樹に対して殺気を向け殺そうとした。その一点のみで広樹は相手は殺すことにした。サイと親しく、学園長と長きに渡り仲間として存在していたメタリカは悪だったのか?
――否、相手は悪ではない。
その悪でもない存在を広樹は殺そうとし、このような状態になっても未だに罪悪感を感じない自分に広樹は驚愕していた。
「……ワシはこの通り長く生きていての」
そんな広樹の様子を見たメタリカは、何を思ったのか、呆然とする広樹に呟いた。
「復讐に燃える奴を見た。成り上がりたいと全てを投げ打つ奴を見た。そりゃあもう色んな人間を見た。それから過去に相応の経験を積み重ねて来たからこそ今の人間性になるのだと悟った」
だが、とそう呟くメタリカ。
「お主は敵に対し一切の容赦なく叩きのめし、例え他人であったとしてもお主は一切の躊躇なく助けに向かった。その根底にあるものは無く、ただ己の本能のままに動いてきた」
今の人間性になる程の過去を積み重ねて来たわけでも、何か劇的な出会いがあったわけでもない。その筈なのに、今の人間性になっているという異常。
「俺は……」
「その空虚さに、ワシは危機感を感じた。もしこの状態でお主が未だに戦おうとするならば、ワシらも徹底的にお主を殺めようとするじゃろう。たがお主は戦意を無くし己の自己矛盾に苦悩した」
――ならば、良い。
そう一言を呟いたメタリカは広樹に向けて暖かい眼差しを向けた。
「ワシの敗けじゃ。後はこのあとの学園生活で学べ、新入生よ」
そう言うと、戦闘の終わりを察した学園長は満足気な表情を浮かべながらメタリカに近付いて来る。
「どう? あの子が危険じゃないって事、分かったかしら?」
「ふん、よぉく分かったが……代わりに痛い目に遭ったわい」
ジト目を向けるメタリカに対して微笑んだクロノスは彼の状態を元に戻した後、メタリカと共にその場から離れた。




