第5話 異常な能力
学園長の願いを聞き広樹もまた自身の願いを言った後、広樹は学園長とサイに連れられ、本校舎の通路を歩き、科学館にやってきた。どうやらここで広樹の能力を詳しく調べ、普段通りに能力を使用できる状態に戻すためのきっかけを探すらしい。
科学館とは科学知識を学び、科学目線で能力を調べ実験する施設だ。一般の学校に当て嵌まれば科学室だろうか。だが科学室のような規模の教室とは違い、科学館は一つの建物だ。当然実験設備などは一般を遥かに超えている。
そんな科学館に着き、その規模の大きさに驚愕しながら周りに対して忙しなく目を見張る広樹に、学園長とサイは笑みを浮かべた。サイから施設や部屋などの案内を聞き、暫く歩くと広樹は測定室という部屋の前に着いた。
「さぁここで貴方の能力を調べるわよ」
そう言って、学園長とサイは中に入り、広樹もまた二人に続くように中に入る。測定室の中は、得られたデータを纏める様々なモニターが設置されている部屋と、被験者が出された課題に沿って測定をする実験ルームの二つがあり、その二つは大きな窓によって区切られていた。
広樹が中に入ったことを確認した学園長とサイは、そのまま広樹を実験ルームに続く扉へと案内する。測定するのは広樹だけなので、当然学園長とサイの二人はそのまま扉を閉め、モニタールームにある椅子に座った。これでモニタールームには学園長とサイの二人、実験ルームには広樹一人だけいることになった。
「マイクテス、マイクテス。広樹? どうだ聞こえるか?」
「あぁ問題ないよ」
何も無い真っ白な空間。唯一あるとすればこの実験ルームとモニタールームを区切っている大きな窓だけで、その窓からモニタールームの様子を見ることが出来た。そんな場所だがモニタールームから発せられるマイクの声は、問題なく聞こえた。
「ありがとう。先ずは今の貴方の身体能力を測らせてもらうわ。その前に、サイから見た貴方の身体能力がどれぐらいか確かめるから、ちょっと待ってね」
「分かった」
次に学園長とサイはチェックシートを持ちながら話しを始める。この部屋の防音機能は良くできており、マイクから発せられた音以外は、強化された聴覚を持つ広樹でも聞こえない。
しかし広樹は相手の口の動きを見て読唇が出来るため、この聞こえない空間にいてもちゃんとこの二人が何を話しているか分かっていた。折角の防音機能も形無しである。
しばらくすると、学園長は「待たせたわね」と言い、広樹に質問を始めた。
「サイによると貴方は月の地下世界の反対方向を見通せる程の視力を持っているようね」
「まぁその時は、この世界には逆さまに建っている家があるんだなって現実逃避したけど」
「そりゃあ誰だって思うわね。……それで貴方は、その時既に能力が使えない状態だった……そうね?」
「んーそう、だな。心当たりがあるとすれば、俺の能力だと思う」
「貴方の能力って、強化だけじゃないの?」
「それもなんだけど……実は俺の能力は、使えば使うほど俺の素の身体能力が上乗せされていくんだ。多分その所為で、能力を使って無くても異常な視力を持っているんだと……思う」
改めて思い返してみれば、能力未使用での身体能力を確かめたことはあまり無いと思い出す広樹。だがそれは能力が覚醒して直ぐに異常事態が立て続けに起きてしまい、確かめる余裕も無かった。ただ分かっているのは、短時間の睡眠で全回復し、切り傷程度なら一瞬で治ることだろうか。
だが当然その認識は既に古く、破壊級エネミーとの戦闘で強化してきた身体能力の今の状態が、今ではどれほど異常になっているかは広樹は全く気付いていない訳だが。
「はぁ全く規格外だわ……。これまで見てきた強化系能力者の上位互換とも言える異常な強化度合いに、能力未使用の状態で今でも強化の影響を残すレベルっていうのは……見たことも無いわね」
目を丸くしながら、学園長は広樹の能力について語り始める。どうやら、広樹の他にも似たような能力を持っている人達もいるが、広樹ほど強力な能力はいないらしい。唯一広樹の能力に勝っている点で言えば、他の人達に強化を施す範囲強化や、物体に強化を施せるレベルだろうか。
それでも集中力が続く限り能力が持続することや、自身のみだが様々な部位に強化を施すレベルの能力はいないようだ。
学園長の語りに区切りがついたところで、サイは学園長の話を止めた。
「取りあえず始めるぜ学園長。広樹、今から出すのは移動速度に関係する能力者の速度を測る為に作られたランニングマシンだ。先ずは広樹の移動速度を測るぜ」
そして何やらモニター付近にあるボタンを押すサイ。その瞬間、広樹の足元からランニングマシンが現れた。
「さて、広樹はそのランニングマシンに乗って走ってみてくれ。速度は音速まで行くから、もし無理そうなら勝手に降りてくれても構わないぜ」
それを聞いた広樹はランニングマシンに乗ると、徐々にベルトが回り始める。当然速度が上がっていくごとに広樹もまたスペースを上げた。
それから暫く時間が経ち、スピードが徐々に最大まで上がっていくが、広樹は未だに余裕そうな表情だ。いや内心ここまで走っても未だに余裕がある己に驚愕しているが、直ぐに消して走ることに集中する。
「――っ」
集中した所為かどうやら能力が勝手に発動しようとしたらしい。案の定、受けた後遺症によって頭痛が走り、動きに乱れが生じたが直ぐ持ち直す。傍から見れば広樹の動きが若干ぶれたと見えるだろう。その後、何回か集中をしたため、数回動きに乱れが生じるも、広樹は途中で頭の中で何か余計なことを考えながら走っていればいいと考えた。
これにより、図らずも広樹は思考と行動の分離を為す事になった。後にそれが自身の行動をより過激になることに広樹は気付かない。
やがてその速度が音速にまで達しサイ達は最早、広樹の走っている足の動きが見えない。現在のスピードは音速並みに達しているにも関わらず、広樹のスピードはそれに問題なく着いて行ってる。間違いなく、広樹の身体能力は音速と同程度の速度を出せるということだ。しかも疲れた様子も見せないことから広樹の体力は異常とも言えよう。それが分かったサイは、さっそくデータを保存して実験を終了しようとする。
「――待って」
とそこで、学園長がサイに待ったを掛けた。
「ん? なんだ学園長?」
サイは学園長に目を向けるが、学園長はジッと広樹の走りに目を見張っていたためサイの疑問に答えない。そのことに訝しんだサイは、学園長と同じように広樹に目を向ける。そこでサイは、学園長が待ったと声を掛けた理由が分かった。
音速と同程度の速度で回っているランニングマシン。それの速度を、広樹が徐々に上回っているのだ。最早、音速と同程度というレベルではない。広樹は、音速よりも早くスピードを出せるのだ。
「――ストップだ広樹」
だからこそサイは、広樹を止めた。実験室にあるランニングマシンでは音速と同程度の速度しか出せず、それ以上の速度を出せる広樹では意味が無い。ただし今は、広樹は音速以上の速度を出せると分かればいいという理由で実験を終わらせたのだ。
「はぁ……素の身体能力でこれか……」
「破壊級エネミーとの戦いで、どれほど強化したのかしらね……」
これにより、広樹があの戦いでどれほどの激戦を繰り広げてきたのか、どれほど強化すれば生き残ったのか二人は漠然と理解した。今の身体能力ははっきり言って人間を超えている。そして逆に言えば、それほどまでに強化しなければ破壊級エネミーと戦って生き延びることが難しいと言うことだ。
現状でこれなら、もし『強化』が普段通りに使えることが出来るならば。とそこまで考えて、学園長は頭を振った。
「広樹君。速度の測定はもういいわ。次行きましょう」
――強化していった先には、一体どうなるのだろうか。
そんな一方で興味深く、一方で想像してはいけないような気がするその考えを誤魔化すように、学園長は次の測定を始めた。




