第15話 ロードの力
自身の拳が握りつぶされ、痛覚が発する神経が脳に到達する瞬間。
広樹は、己に来る痛覚神経をシャットアウトした。
「ラァッ!!」
強引に腕を振りほどき、危うく千切れそうになる腕だが何とか成功。
後方へと回避し、サイ達を守るように移動した。
「……脳の神経制御能力を強化して痛覚を切ったのか」
「ふぅ……ふぅ……!」
こちらを探るように言葉を発するロードの言葉に広樹は反応しない。
いや、反応できない。胸中にある恐怖がそうさせない。
拳を握られた時には何も気配はなかった。
災害級エネミーでさえ倒せるほどの身体能力を持つ自身の拳を一捻りのように握りつぶした膂力。
――自身が対決してきたどの敵よりも強い。
そう確信するのは時間が掛からなかった。
「ほう……骨折や筋肉の断裂、原形を留めていない重症でも回復出来るのかその能力は」
ロードが言っているのは今現在広樹が集中している、腕の回復のことだった。
自然治癒能力と細胞分裂の強化。尚且つ、有限である細胞の上限を強化させることで寿命に一切影響しない等を行なっているという状況をそれら全て、ロードに筒抜けだった。
「サイ……あれは一体何なんだ!?」
「分からない……エネミーを支配するエネミー、あれがエネミーなのか? 言葉を発して、まるで知性があるように見える……いやそれよりも、オレ達と同じ人間の姿っていうのも先ず聞いたことがない」
着こなしているスーツやシルクハット、誰もが英国紳士だと錯覚する程の佇まい。
その姿形に細部の違いがあれど、一見人間と変わらない。
「我の自己紹介はもう済んだ。理由はそれだけで十分……だろ?」
自分がエネミーであること。そして自称エネミーを支配するエネミーであること。
「ただそれが分かればいいって事か……」
「あと、もう一つあった」
まるで今思い出したかのような声。
だが次の言葉を発した瞬間、広樹達はこれまで以上のない恐怖を味わう。
「貴様らを殺す。それが我らの願いだ」
尋常ではない殺気に危うくロードへと襲い掛かるが胆力を強化して、何とか踏み止まる広樹。
だが一方サイの方は莫大な殺気に当てられて茫然自失の状態だ。
「クッソ……」
先ず間違いなく、戦闘は避けられないだろう。
だがこれほどまでの強敵を相手に茫然自失状態のサイを庇いながら戦うのはかなりの難題だ。
『サイ! 気をしっかり持て! じゃないと殺されるぞ!』
「ん? なんだ……?」
ロードは今広樹がしていることに訝しむ。
それはそうだろう。何故なら傍から見れば、広樹が口パクしているようにしか見えないのだ。
今広樹がやっているのは、サイの発する波長に合わせてその波長に合わせた声を出しているのだ。
これにより、サイ個人にだけ広樹の声が聞こえロードにはまるで口パクしているような光景になる。
はっきり言って波長云々は広樹の勝手な想像であり妄想だ。だがそれでもそう思い強化を発動した結果、成功したものはしょうがないと割り切っているのだ。
「……オレは、一体」
波長の合う声でやったお陰か分からないが、それにより、より広樹の声が届いたらしいサイはすぐさま茫然自失だった意識が元に戻った。
「意識が戻っただと……?」
対して、ロードは思考の海に耽っていた。
何やら考え込んでいるロードを見やって、広樹はこれ幸いとサイとアイを抱え全速力で逃げ出した。
「ちょ、ひ、広樹!?」
「口閉じてろ舌噛むぞ! 取りあえず今の俺達じゃあの野郎に勝つことは出来ない! だから逃げる!」
二人分の人間を抱えることになっているが、アイはパッと身中学生にしか見えない体型をしていて、サイは広樹とほぼ同じ背丈をしている反面体重は軽かったため、身体能力を超人以上までに強化されている広樹の行動に支障はない。
だからこうして二人を抱えることに問題はないため、考え込んでいるロードの代わりに襲い掛かってきたエネミーの猛攻を回避することが出来るのだ。
「流石配下、だな! 主の代わりに! 使命を全うしようとするとか! とんだ忠臣だろ!?」
そんな広樹の皮肉は残念ながら、自我のないエネミーには通じない。
「広樹! オレ達を下ろせ! オレ達も、キャアッ!? た、戦う!」
「そんな可愛い悲鳴で説得力も何もないぞ!! それよりもお前を下ろすとあのロードっていう奴が何をしでかすか……」
「殺す、と言ったはずだが?」
『!?』
後方に聞こえる忌々しい声。
瞬時に離れる広樹にジャイアントマーダーの大剣が襲い掛かるが強化した脚力で粉砕、何とか体勢を立て直す。
「クソ、もう考えるのはやめたのかよ……」
「流石に配下だけでは支配者の威厳が損なわれるだろう?」
「チッ――」
「逃すか。『ゴブリン、弓を構えろ』」
ロードのその言葉によりまるで機械的に隊列を組み弓を構えるゴブリン。
狙う先は広樹以下付属の能力者。
「『一斉掃射』」
空一面に放たれる矢の雨。
その光景に一瞬顔を引きつる広樹だが、逃げるのを止め肺一杯に深呼吸をした。
「広樹……?」
抱きかかえられているサイは広樹の胸の部分が徐々に大きくなっていることに気付く。
矢が広樹達に到達しようとした瞬間、広樹は勢い良く息を吐き出した。
「これは……」
吐き出した息はまるで暴風のように掃射されてきた矢を吹き飛ばし尚且つ、矢を放ったゴブリンの下へと押し返した。
『GYAAAA!?』
ゴブリンが跳ね返った矢により次々と倒されていく一方、ロードは配下であるゴブリンを肉壁にして逃れていた。
「人間程度が死ぬ物量は流石に効かんか。伊達に能力者ではないな」
だが次の瞬間、またもや空一面にある物が現れた。
「だがこれはどうかな? 『バスタースパイダー、砲を構えろ』」
今度は、広樹の顔が引きつるような真似はしなかった。
ただ呆然と、目の前に浮かぶ光景から目が離せない。
それはたった一つの砲弾で広範囲に渡る被害をもたらしたエネミー。
そのエネミーがディメンジョンの空間操作により空中に固定され、広樹の所へと標準を合わせていた。
「嘘……だろ?」
そこには数万もの数のエネミーがこちらへと標準を合わせていたのだ。
「これが我が支配の力よ、ゴミ共め」
砲弾は、一斉に放たれた。




