第22話 ヒーローリカバリー
本日二話更新です。
前話を見ていない方はそちらからどうぞ。
アザーネーム、リカ。
本名を黄鈴麗といい、彼女は中国の田舎にある武術を教える道場の中で生まれた少女である。
曽祖父の代から続いたこの道場は近所からの評判が良く、特に師範として任命された鈴麗の兄によって道場の評判は以前よりも良くなっていた。
『お兄ちゃん! ここの勉強を教えて〜!』
『あぁ分かった、今行くよ』
鈴麗と彼女の兄との間に血は繋がっていなく、鈴麗の兄は父の再婚相手である母親の連れ子であった。
それでも兄の生来の優しさや鈴麗の人懐っこさによって二人の関係は良好であり、鈴麗はいつも笑みを浮かべる兄のことが好きであった。
『ねぇ、どうして笑みを浮かべているの?』
『それは今が幸せだからだよ』
そう言った兄の言葉を彼女は自身の心の中に刻んだ。
それ以来彼女はいつも笑みを浮かべるようになった。大好きな兄がいつまでも幸せに笑っているために自身も笑えば幸せはいつまでも続くと思ったのだ。
そんなある日のことである。
『ちょっと何をやっているの!?』
学校からの帰り道で気弱そうな男子を虐めている男の子を見つけたのだ。
流石に常に笑みを浮かべている鈴麗でもその時は笑みを引っ込めて虐めている男子に立ち向かって言った。
『あぁ? 何だよお前には関係ないだろ!』
『関係無かったら虐めを見逃せばいいの!?』
『うるせぇな屁理屈言うんじゃねぇ!』
そう言ってその男子は自身の取り巻きに鈴麗を襲えと命令をする。
鈴麗の容姿は非常に整っており、彼女の衣服を剥いで鑑賞しようと言う気持ちもあったのだろう彼らは、下卑た笑みで鈴麗を襲う。
『やぁ!』
『ぐはぁっ』
『せいっ!』
『ぶばっ』
だが彼らの手が鈴麗の衣服に届く前に彼女の拳が彼らの顎に届いた。
素早く、そして華麗な身のこなしで自分よりも大きい体格の彼らをあしらうように戦う鈴麗に、虐めっ子たちは戦慄する。
『こ、こいつ女の癖に武術だと!?』
予想外の光景に驚く虐めっ子の男に鈴麗は笑みを浮かべる。
伊達に道場に住んではいない。体を動かすことと師範として門下生に武術を教える兄に憧れて、たまに武術を学んでいたのが功を成したのだ。
『これに懲りたら二度とやらないでよね!』
一目散に逃げる彼らを見た鈴麗は、虐められていた男の子に手を差し伸べる。
しかし男が女に庇われたことで恥ずかしいと思ったのか、彼は手を差し伸べた鈴麗の手を一瞥して顔をそっぽを向いた。
『あらら……あっそうだ!』
そこで鈴麗は考えた。
彼女は自分が虐めを止めても根本的な解決にならないだろうと分かっており、即ちそれは笑みを浮かべている兄がこのような問題に直面したら笑みを浮かべないのだろうと考えた。
ならばこの事態を解決するのに必要な要素とは何かと言ったらただ一つ、それはこの男子を虐められっ子に負けないほど強くすることであった。
『よし、じゃあ強くなろうか!』
『えぇ!?』
女子なのに自分よりも力強く手を引っ張る鈴麗にその男の子は混乱する。
一体自分をどこに連れ出すのかという恐怖と、初めて握った女子の手の感触で心臓が高鳴る感覚を受ける彼だが、鈴麗が連れた先を見て呆然とした。
『ここは……?』
『ここは私の家だよ!』
そう言って太陽のような笑みを浮かべる彼女に、彼は何も考えられなくなった。
それ以降鈴麗と彼は門下生に混じって師範である兄の教えを受ける毎日を続けていた。
次第に強くなっていく少年は自分に自信を持ち、久しぶりに絡んできた虐めっ子たちを一蹴するほどに強くなったのだ。
それ以来その少年と鈴麗、そして鈴麗の兄は一緒にいるようになった。
少年は自身を変えてくれた鈴麗に恋をしていた。
しかし少年は鈴麗が彼女の兄に無意識の内に恋心を抱いていることは知っていた。
そのきっかけとしては少年が返り討ちにした虐めっ子が、本格的な武術を学んだ従兄弟の助っ人を呼んだことから始まった。
当然その助っ人に対して少年と鈴麗が敵う筈もなく、倒れた鈴麗を庇うために少年が鈴麗を抱きしめたために何度もその助っ人の足蹴りを食らうこととなった。
あまりの激痛によって顔を顰める少年に鈴麗は泣いた。
だがその時である。鈴麗の兄が駆け付けてあっという間に彼らが呼んだ助っ人を蹴散らしたのだ。
それ以来、少年の目には鈴麗の兄に向ける表情が恋に満ち溢れているように見えた。
少年は自身を不憫だと思うもののそれが鈴麗の幸せだと思って、自身の恋心を諦めて彼らとの交流を深めて行った。
だが少年は勘違いしていた。
鈴麗が兄に対して向けていた感情は恋愛感情ではなく、自身を助けてくれたヒーローに対する憧れのようなものだったのだ。
当然鈴麗の少年に対する感情も兄と同様自身を守ってくれたことによって少年もまた自分のヒーローだと思っていた。
それでも鈴麗の二人に対する共通の感情に恋愛感情というものはなかったことで、より少年の不憫さを物語っていたが。
『おい! 帰ったぞ!』
ある日、長期間道場を留守にしていた鈴麗の父親が帰ってきた。
夕方まで寝て夜には酒屋をはしごし、最後に朝帰りをするダメ親父が鈴麗の父親だった。
ここ最近どこか消えた様子であったダメ親父が、ついに家に帰ってきたという事実にいつも笑みを浮かべている鈴麗と鈴麗の兄が真顔で迎えた。
『一体どこまで行っていた?』
道場に通い始めてから初めて聞く底冷えする声音に少年は震えた。
だが鈴麗の父親は兄の声音で震えていたのではなく、別の何かに怯えるように震えていたことに鈴麗たちは嫌な予感をした。
『父さん、何があったの?』
『あ? あー実は、とある所から金を借りててな……』
そうして聞かされた内容は、鈴麗たちを震撼させるのに十分な内容だった。
鈴麗の父親が金を借りた場所というのが非常に厄介というよりも危険なものであり、期限までに返済しなければ家族諸共容赦無く殺すことで有名なマフィアだったのだ。
最悪なことに期限は今日で返済する金額はとてもこの道場で支払えるものではない。
なのに道場の金を当てにしていた鈴麗の父親は鈴麗の兄に逆ギレをする始末で、そのことによって逃げる時間を失った彼らは、鈴麗の父親を追っていたマフィアに出くわした。
『頼む! ここの門下生と私の妹に手を出さないでくれ!』
重火器で武装する無数のマフィアに武術だけ習っている鈴麗たちが敵う筈もなく、彼らは呆気なくマフィアに拘束されることになった。
このような絶望を作り出した鈴麗の父親ならまだしも、関係のないこの場の人間を逃すように嘆願する鈴麗の兄。
しかしマフィアは無情で冷酷で、噂に違わず無慈悲そのものだった。
『こちとら新興したばっかりの組織なもんでね、舐められないためにも金融関係は徹底的にやるんですわ』
金は貸す。どのような金額でも貸す。
利子もなしでただ期日に金を払えばいい。
『だが払えなかったらそいつの家族諸共、執行猶予なしの即あの世行きだ。そのことについてはこの親父さんも理解しているぜ? しかし理解していても無制限に金を借りられるというメリットだけ食いついていたな!』
賭博で当たって返せばいいのだろうと思っていた鈴麗の父親はしかし、案の定負けが込んで借りた金が全部消えたという。
そのあまりな事実に鈴麗たちは呆然とした。
だが呆然としていても現実は止まってくれず、鈴麗の兄はマフィアに突き付けられていた拳銃の引き金によって呆けなく死んだ。
『あ……』
呆けなかった。
ヒーローと思えた存在が、最後に勝つ筈だった鈴麗のヒーローが呆けなく死んだ。
そして鈴麗の兄を撃ち殺した拳銃の銃口が、鈴麗に向かう。
『……ッ!?』
引き金を引かれる。
だがその弾丸が当たったのは、鈴麗ではなく彼女を庇った少年の体だった。
『あーん? 何だこいつ』
『うざいなぁ、撃っちゃえ撃っちゃえ』
少年の行動が気に食わなかったのだろうマフィアは、少年の体に向かって次々と発砲する。
その無数の弾丸はやがて少年の肉を穿ち、貫通した弾丸が鈴麗の体に届く。
『よし死んだか。それじゃあ次はお前だ元凶』
激痛の中で聞こえる一つの銃声。
消える意識の中で見たのは頭を撃ち抜かれて絶望した表情の父親と、驚愕をしていた表情で死んだヒーローのような兄、そして原型の留めていない少年『だった』物の光景だった。
『……あれ?』
気が付いたら自身の体に伸し掛かる重さに目覚める鈴麗。
少年だった物を押し退けて起き上がると、そこには銃撃によって殺された門下生たちの姿と家族の死体だらけの光景があった。
『……え?』
考えが追いつかない。
思考が纏まらない。
意識が定まらない。
『……何で?』
そこで鈴麗は気を失った。
彼女は致命傷の攻撃を受けて瀕死の状態となっていた。
だがその危険な状態となったことで、能力者の素質が覚醒した。
よりにもよって『復元』という能力を、覚醒させてしまったのだ。
『う、うーん……』
『やぁ目覚めたかい?』
次に鈴麗が目覚めたのは知らないベッドの上でだった。
そこで鈴麗の目覚めと同時に知らない女性が顔を覗かせる。
『お、姉さん……は?』
『アンダームーン所属の上級能力者、ハルだ。と言っても先ずは私のことより、君が安静にしてからだけど』
ゆっくりと鈴麗の頭を撫でるハルに、鈴麗はくすぐったそうに身をよじりながらベッドから起き上がった。
その光景にハルはびっくりとしながらも、鈴麗の身を心配しながら様子を見た。
『……お腹空いた』
『……そうか』
予想よりも鈴麗の精神状態は良好だったと判断するハル。
何せ身内が惨たらしく殺されていた状況に遭遇し、自身も瀕死状態に陥っていたのだ。
普通ならば精神が死ぬか、壊れるか、歪になるかのどちらなのだが、こちらから見える限り鈴麗の精神に異常は見られない。
それはそうだ。
彼女の能力である『復元』が持ち主の危機状態に反応して鈴麗の致命傷を『復元』し、彼女が目覚めた際に見た身内の悲惨な光景によって狂った精神を通常状態に戻すよう『復元』が行われた。
今の鈴麗はあの悲惨な光景を思い出す度に自身の精神を狂わせている状態であった。
持ち主を守るために彼女の能力が元の状態に戻し、その度に過去を思い出して精神を狂わせるというイタチごっこのような状態になっていたのだ。
だがその能力が『孤独』に作用したことで鈴麗の精神が歪に狂った。
体の健康も、精神の異常も無い鈴麗だがその心にぽっかりと空いた虚しい感情が生まれた。
だから彼女はその感情を埋めるために、かつて家族と親友に抱いたヒーローという存在に依存し始めたのだ。
それはまるでかつての精神的支柱を復元するために彼女はヒーローという存在を求めた。
彼女にとってのヒーローは、悪い人を倒せる人。
身を呈して人を守れる人。
人の幸せを守れる人。
そして死なない人。
それが彼女が求めるヒーロー像。
当初ハルという人物は鈴麗の現在までの経緯を聞いて、鈴麗のためにマフィアを壊滅させたことでハルは鈴麗にとってのヒーローとなった。
だが鈴麗がアンダームーンでアザーネームであるリカと中級能力者の資格を手に入れて数日後に行方不明になったことから、彼女の中でハルはヒーローじゃ無くなった。
そして上級能力者となった彼女の耳に一人の能力者の名前が入った。
その人物の名前はアッパー。
仲間であるアイとサイを身を呈して守り、彼女らをアンダームーンに帰還させた上にデストロイヤークラスエネミーを倒したという人物。
能力の特性からか非常に死にづらい人物でもある彼は、リカが求めるヒーロー像に一番近い存在でもあったのだ。
さて、残るのはあと一つである。
それは人の幸せを守れるかどうか。
もしアッパーがリカの求めるヒーローならばアッパーはリカの幸せの証である笑みを守り、彼女の心を救えるはずである。
だから今回のアッパーとの戦いは彼がヒーロー足りうるかどうかの試練であり、アッパーがヒーローであれば自身の洗脳を解除してくれるはずだと思ったのだ。
リカはそう、洗脳を受けた特級能力者の中で唯一最小限の洗脳を受けた人物であり、スピリットが施した洗脳はただ一つ。
それはリカの理性を取っ払っただけであった。




