第21話 ナッシングノットヒット
アザーネーム、ヒット。
元は孤児であり、年中寒い街並みを歩きながら束の間の暖かい寝床、そして食事を探しながら転々としていた過去を持つ。
ある日、街中で行われた射的大会に立ち寄ったことで彼の人生が代わり始める。
優勝賞金は街で開催される大会にしては標準よりも低いものではあったが、それでも身寄りのない彼にとっては大金であり、彼はこの大会に参加することに決めた。
大会はクレー射撃のようなもので、子供でなおかつ栄養不足からの貧相な体の彼では散弾銃を持つこともままならない状態であった。
参加選手の中で非常に分の悪い状態とも言えよう。
だがあろうことか彼は覚束無い構えから考えられないほどの命中率を叩き出し、優勝賞金を手に入れることができたのだ。
『え……? え……?』
撃った本人でさえ訳の分からない有様だ。
この時の彼には知る由もないが彼には能力者としての資質があり、孤児としての過酷な生活によって既に能力を覚醒させていたのだ。
だがその能力は『命中』。
日常生活では特に物を投げないし、例え投げてどこかに当たったとしてもそれは運が良かっただけと反応するだろう。
しかし孤児生活の中で彼が寝床などを探す際に当たりを付けて探すと、毎回寝床に有り付けるなど間違いなく彼に能力は宿っていたのだ。
『凄いな君は!』
優勝賞金を手にした彼に一人の男が賞賛を送りながら近づいてくる。
その男とは本物のクレー射撃のとある選手のマネージャーであり、先日その選手とは口喧嘩で逃げられてこうして新しい人材がいないかコンテスト大会で探していたのだ。
そのマネージャーとの出会いが彼を孤児の生活から抜け出すことができたきっかけであり、名前のない彼がマネージャーからの名付けで『ニコライ・ミハイロフ』という名前を手に入れた出来事であった。
それ以降のニコライはまさに当たりの人生であったと言える。
数々のクレー射撃大会を制覇し、その道の業界からは絶大な名声を手に入れた。
その間の彼は、自身の射撃の才能も普通の人間とは言えないものと自覚しており、色々の実験で己の能力の概要を把握した。
先ずこの能力はただ投げた物が必ず当たるという物だけじゃない。
試しに宝くじの一等の当選番号を予想すると、何とその当選番号がニコライが予想した当選番号と数分違わずに当たっていたのだ。
だがそんなニコライでも、当たらない物と願ってもいないのに必ず当たる物があった。
『この、バカ!』
ニコライから貰った物を本人に投げつけて逃げる女性。
ニコライの能力でも当たらない物の一つに人の心がある。
例えばプレゼント。
ニコライが恋人に送るためのプレゼントが悉く恋人の趣味やら何やらに反し、それによってニコライと破局した恋人は数知れない。
そしてその次の願ってもいないのに必ず当たる物。
それは人の死である。
ニコライには時々人の顔を見た時に、直感でその人が死ぬと分かる。
例えそれがどんなに後から当たらないよう願っても直感された人物は死因はどうであれ、必ず死ぬのだ。
だからって人の顔を見たらその人が必ず死ぬということではなく、その人に対し死の直感を感じたらその人は必ず死ぬが、直感を感じられなくても赤の他人が運悪く死ぬという状況もある。
要はただ判別できるだけなのだ。
ニコライの能力で人の死を願ってもその人は死なないし、生きろと願っても確実に生きられるわけではない。
人の生死だけは当たらないという制限の中で、唯一人が死ぬと直感した時はその人が死ぬ。
直感したから死ぬのか、それともその人がこの先死んでしまう運命にあると直感したからなのかは分からない。
ただ直感しその人の死因を回避しようと動いてもその人は必ず死に至るのは確かで、これによって恩人であるマネージャーも銀行強盗で死んだ。
マネージャーが死んだことでニコライはクレー射撃の選手を辞めた。
死ぬと分かっても自身には何もできない無力さに、ニコライは日々を無為に生きるようになった。
その時である。
ニコライを能力者の世界に連れていくためにアンダームーンから派遣された女性と出会ったことで、ニコライは恋というものに当たった。
彼女の名前はニーナ。
アンダームーン出身の能力者でありながら、当時既に上級能力者の資格を得ていた将来有望な能力者であった。
それからニコライはクレー射撃で得た名声を捨て、ニーナに着いて行った。
そこでニコライは新しい自分としてアザーネームであるヒットという名前を貰った。
アンダームーンに置ける生活は刺激に満ち溢れ、自身の能力で人を助けるようになった毎日に無為だった日々は薄れて行った。
それに何よりも一目惚れした憧れのニーナと、めげずに繰り返したアプローチの果てにようやく恋人同士になれたことでヒットの生活は充実していく。
それから数年、恋人のニーナは特級能力者になり、上級能力者となっていたヒットはとある任務を請け負った。
それは地球でのエネミー襲撃事件から三ヶ月の月日が経過していた時であり、地球でエネミーの生体反応を感知したため、その感知した場所に赴いてエネミーを討伐するという任務だった。
依頼の内容としては異常なものではあったが、それでもこれまで受けて来た依頼と何ら変わらないと思っていた。
いつも通りに恋人と次の予定を話し合い、いつも通り依頼を達成させて帰り、いつも通り恋人と決めた予定に沿ってその日を過ごす。
そう思っていた。
これがヒットとニーナとの最後の会話だということは、この時のヒットには分からなかった。
依頼は過酷を極めた。
これまで北方の国で過ごして来て、次に年中穏やかな気温のアンダームーンで過ごして来たヒットにとって、サハラ砂漠の極端な温度差は非常に厳しいものだった。
それでもニーナのことを思えば、俄然やる気になる。
同じ能力者だからか、能力による副作用で女心を悉く外すヒットに対して理解があり、それでも笑って受け入れたニーナという存在は、恐らくこの先の人生でもう二度とニーナのような女性に会うこともないだろうと確信できた。
だからこそニーナという存在はヒットにとっての癒しとなっていた。
そんなある日、いつものようにニーナのことを思いながらその日の夜を過ごそうとしたヒットに、突如としてニーナの死を直感した。
そんなバカなと思い、ヒットは急いでリーダーであるアイにアンダームーンの非常用念話をするよう願う。
アイもヒットの直感について知っており、アイはアンダームーンに念話をした。
するとアンダームーンから、先ほどデストロイヤークラスエネミーが襲撃して来たのだという報せを受けた。
デストロイヤークラスエネミーは既にその姿を消し、今では病院で負傷と死傷者の数によっててんやわんやしている状態だという。
『ニーナは!? ニーナは無事なのか!?』
『安否を確認しますので、こちらから追って念話を致します』
ヒットは願った。
これ以上ないぐらい願った。
ただニーナが無事でありますようにと、ただニーナが生きて入られますようにと信じてもいない神様にも願った。
その願いが届いたのか、相手先からの念話からニーナが無事だという報告がやって来た。
『あぁ良かった、良かったニーナ!』
その後、地球で遂行している任務を放棄してアンダームーンに戻った方がいいのではという提案をしたのだが、評議会からは任務を続行するようにと申し渡されたことで引き続き地球での任務を行うことにした。
だがヒットは今絶好調だった。
覆すこともできない死の直感は、ニーナが無事だという報せによって覆された。
これは愛の力によって過酷な運命が覆ったと思うまでになった。
だがそれは、二度目のデストロイヤークラスエネミーの襲撃によって崩れ去った。
『ニーナが、死んだ……?』
分かっていたことだ。
死を直感した人物は必ず死ぬということを。
そして任務終盤。
あり得ない数のエネミーによって任務の続行が不可能だと断じたリーダーによって一行は評議会の許しを経てアンダームーンに帰還した。
いつも通り家に帰ったがそこにはニーナの姿はなく、代わりにニーナの墓があった。
これも分かっていたことである。
資格持ちの能力者は、犯罪能力者やエネミーから一般市民を守るという目的から命の危険が非常に高いということを。
だから覚悟をしていたのだ、互いが戦いによって命を落とすという可能性を。
だからこれ以上悲しんではいられなかったのだ。
ニーナは人を守るために死んだ。
それを誇らずに嘆くことなど、それこそ死んだニーナに怒られる。
だから気持ちを入れ替えて新たな参加するメンバーの資料を見る。
そこには一年前に地球に襲撃して来たエネミーをたった一人で倒して生還したアッパーの名前があった。
昏睡状態から回復したアッパーの活躍は目覚ましく、地球で行われていた犯罪能力者による違法な人体実験を行う組織を壊滅させ、そして国の危機をその身一つで阻止したのだという。
『そして『能力による副作用なのか、彼は人を助けることに執着している節がある』……ね』
そのような絶大な力と高尚な信念があるのなら何故ニーナを助けなけかったのだと一瞬思ったが、それは不毛なことである。
アッパーに落ち度も悪いところもなく、だからこそヒットはアッパーを受け入れた。
そう、アッパーに対するヒットの恨みは一時だけのものだった。
だがそれはスピリットの力によって起こされ、そして過剰に暴走させられた。
言い返せば無意識の内に溜め込んでいた悲しみが爆発し、それをアッパーに対する恨みに転じさせた。
ヒットの能力は『命中』。
それは当たるも当たらないも自在に操ることができる能力ではあるが、ヒットの人生において当たって欲しくないものは当たる。
ニーナが死んだという事実に誰が悪いか、誰に責任があるかなんてものなく、だからこそこの戦いはヒットの八つ当たりなのだ。




