第20話 リカバリーヒット
暖かい体温と静かな呼吸を抱きしめながら何度も確認する。
ラビィの確かな鼓動を感じる度にアッパーは心底から喜びの感情が湧き上がり、ラビィの体を傷付かないようにぎゅっと抱きしめる。
救えたのだろうかと自問し、安らかに眠っているラビィの顔を見て彼女は前に進めたのだろうかと不安に苛まれる。
これが力ではない心で心を救うということ。
これがどれだけ重く、深く、そして切ないかはもう十分魂に刻み込んでいて、だからこそその人を大切にしたいという感情が浮かぶ。
「……ッ」
妹の過去に心が痛み、苦しみに押し潰されそうになる現在に嘆き、それでも救われてもいいのかと問われた時は彼女はようやく前に進んだのだと思えた。
ラビィの頬に落ちる雫を見て、それが己の目から流れた涙だと気づく。
思えば育ての親が亡くなってからも泣いた記憶がなく、もしかするとこれが初めての涙なのかもしれない。
「……」
引き離された妹と出会い、妹はようやく前に進めた。
まるでこの涙は、今この瞬間己と妹との関係がスタート地点に立ったと言っているような感覚がした。
「広樹……!」
アッパーたちがいる巨大なクレーターの外からやってきたコウが、二人の様子を見て解決したのだと直感して笑みを浮かべる。
アッパーもやってきた親友に気付いて涙を拭くとコウに向かって笑みを浮かべる。
そういえばと、これでまた昔のように三人で過ごせるのではないかと気付き、どうやらスタート地点に立ったのは自分と妹の二人だけではないと思った。
手を振って問題ないと親友に伝える。
だがその瞬間、僅かな殺気を感知してその感じた方向に顔を向いた。
「……ッ」
反射的にアッパーの前を音速で迫ってきた小さな物体を素手で受け止める。
そして受け止めた物体を手のひらを開いて見ると、そこにはアッパーの握力によって多少歪んだ弾丸があった。
「ヒューッ! すげぇな、エネミー用の弾丸をわし掴みかよ!」
その声にまさかと思い、撃ってきた方向を見るとそこにはかつての仲間の一人であり、メンバーを引っ張る兄貴肌なヒットがスナイパーライフルを構えながらこちらに銃口を向けている光景だった。
アッパーでなければ死んでいた威力の撃ちながらも、不敵な笑みを浮かべている彼にアッパーは顔を顰めた。
「……今度はアンタか……ッ!」
「感動のドラマを邪魔しちゃあ悪いと思ってるが、こちらを優先してくれると嬉しいねぇ!」
構えたスナイパーライフルを下ろすと、今度は左手に持っていたサブマシンガンをこちらに連射する。
近い距離ならまだしもヒットのいる場所はクレーターよりも外側で、普通なら近中距離のサブマシンガンの射程だと届かないはずだ。
だがヒットの能力を考えるとこの距離でも十分であり、事実としてヒットが放った弾丸はアッパーのいる位置に向かって数分のズレもなくやってきた。
「まゆりがいるって言うのに……!!」
このままでは妹のラビィにも当たる。
そのことに舌打ちを打ったアッパーはラビィを抱えている片方の腕を離し、こちらに向かってくる無数の弾丸を一つ残らず手のひらの中に収めるよう高速で腕を動かした。
「……ふぅ」
汗一つかかずに無数の弾丸を片手で受け止めたアッパーは、手に力を入れて先ほどの弾丸を一塊に圧縮して適当な場所に投げ捨てた。
その様子を遠目で見たヒットが残念そうに呟いた。
「やっぱダメかぁ」
やはり戦うしかないのだろうと、ヒットの表情を見て判断したアッパーは『念話』でラビィの回収を学園長に頼み、その間は寝ているラビィの体をコウに預けた。
「コウ、頼んだぞ」
「……あぁ、気を付けろよ」
そう交わしあったアッパーは次に笑みを浮かべてスナイパーライフルを構えるヒットの方向へと向く。
「――!」
ヒットが引き金に指を置いた瞬間、レンズ越しに見ていたアッパーの体が掻き消えた。
恐らく超スピードでこちらにやってくるのだろうと直感したヒットだが、構わずに引き金を引いた。
(俺の姿を見えないにも関わらず引いたか……!)
周囲がゆっくりと動く音速の世界で等速に動くその弾丸は、案の定アッパーのいる射線上にはいない。
だが音速の世界だからこそ分かるものがあり、ヒットの能力を受けたその弾丸は徐々に軌道を曲げてアッパーのいる方向へと向かってくるのが分かる。
ヒットの能力は『命中』。
当たるも当たらないのも自在の能力であり、だからこそエネミー用に改造された重火器との相性が非常に良い。
しかしそれもアッパーにとっては当たっても問題はなく、たかが重火器の弾丸で傷付ける防御力ではないのだ。
――と、そう思っていたのだが。
「ぐっ!?」
突如としてアッパーに当たるまでの距離が空いていたはずの弾丸がいきなりアッパーの眼前に現れ、アッパーの目に弾丸がぶち当たった。
その予想外の衝撃によって体勢を崩したアッパーは、ヒットの隣を通過しながら転んだ。
「……くっ、まさか届くまでの距離を無視していきなり当たったという結果を出せるのか……!?」
「正確には防げない、避けられない、必ず当たるという距離まで移動するものだが……マジか、目ん玉撃ち抜いたのにその目ん玉まで防弾性か」
撃たれたアッパーの目は未だ健在だ。
逆にアッパーの目に当たった弾丸は先端から凹んでいるというとんでもないことになっている。
「だがまぁこれで分かっただろう? つまり俺が撃った弾丸は好きな場所に必ず当たるんだ」
「だが、当たっても傷一つ受けないぞ」
「それでも衝撃でお前さんの動きを止められる。止められるのなら――」
――後はリカの担当だ。
「っ!?」
その瞬間、自身の体を覆う影に気付いて上を見上げると、そこには大鎌を振り下ろすリカの姿が見えた。
「ひゃはっ!」
受け止めるという思考が脳裏に過ぎる。
だがリカの持つ大鎌を見て嫌な予感をしたアッパーは、半身でリカの攻撃を避けるとそれと同時にリカの姿を見て肝を冷やした。
(なんだその大鎌やその身体能力は……!?)
大鎌の性能は超人のアッパーが見た瞬間理解できた。
恐らくその刃は例えアッパーでも下手すれば肉に食い込むほどの超技術でできており、それを振り回すにしても通常の人間が扱える代物ではないと理解できた。
次にリカの身体能力も異常の一言だ。
恐らくその異常な身体能力の原理はリカが各所に身に付けている黒銀色の装備だろうが、リカが動く度にその装備している箇所から肉が焼き切れる臭い、骨が砕かれる音などが聞こえる。
そのことから異常な身体能力と引き換えに装着しているリカ本人の負担が途轍もないと理解できる。
「人間が装備して良い武装じゃないぞこれは……!」
「やぁ! アッパー君久しぶりぃ! これはね安心安全度外視のリカ専用アンチエネミーアーマー一式だよ!」
「安心安全度外視、だと?」
「『復元』の能力を持つリカだからこそ装備できるオーバーウェポンだ。凄いぞこれは。常人が着込めば数秒も経たない内に使用者を殺すからな」
エネミーに対抗するために作り出した装備の中にただ敵を倒すために生まれたのが今リカが装備しているアンチエネミーアーマーだという。
使用者の安否など気にせずに力を発揮するそれは、設計段階の時点で凍結されたのだがリカの要望と彼女の持つ能力から彼女専用に開発されたのが経緯だという。
理論上はディザスタークラスエネミーを殺せるスペックで、リカなら手足がもぎれても『復元』で元通りになるため死ぬことはないだろう。
「それでも、負担は大きいはずだ……」
「あはっ♪ でもやらないとエネミーの犠牲が出るからさぁ!」
「だったら、俺がアンタ達の洗脳を解いてやる……!」
それにリカ専用と言われているが、それでも味方が傷を付けるのを見たくないアッパーにとっては非常に心臓の悪い光景である。
そう決意して、懐から『無鉱』を取り出してその手に握り締める。
「連れないなぁ。俺たちは俺たちでアッパー個人に用があって来たんだけどなぁ」
「そうだねヒット君!」
「俺に、用だと?」
今のヒット達はスピリットによって洗脳を受けている状態だ。
だがその洗脳というのも対象の心の内にある感情を暴走させるというもので、そしてその暴走した矛先をアッパーに向かわせるというものだった。
しかし二人は明確にアッパーに用がある態度であり、その態度からスピリットによる誘導ではなく、本人達の願いだと分かった。
「リカは純粋にアッパー君に対する憧れから!」
「そして俺は――」
――純粋にお前に対する憎しみからだ。
「……え?」
ヒットの放った予想外の内容にアッパーの思考が止まる。
憎しみ、そうヒットがアッパーに対して言ったのは憎しみであり、アッパーは自身に向けられた味方からの負の感情によって呆然とした。
「人を救う、か? だったら何であの時助けてくれなかった?」
「な、にを……」
「あの時、デストロイヤークラスエネミーが襲撃した時、お前がぐうたら病院で寝ていた一方で殺された特級能力者の一人に……」
無表情で語るヒットの語りを聞くたびに喉が乾き、動悸が激しくなる。
「……俺の恋人がいたんだ」




