第19話 次なる二歩
「クソッ!」
ラビィの過去をアッパーから聞いたコウはそのあまりな過去に、悔しさを拳に込めて地面に叩きつける。
その過去とは幼かったラビィが誘拐され、その後自身の大切な家族を守るために暗殺者として生きていき、終いには人を殺したという悲惨な過去だ。
誰が悪いかなんて明白だ。
全ては烏丸源十郎が起こした悲劇であり、ラビィには選択肢がなかった。
だがそれによってラビィの心に深く刻まれた罪悪感は未だに溜まり続けており、今回のスピリットの洗脳によって爆発したのだ。
「……ッ」
彼女の兄であるアッパーは、己のあまりの不甲斐なさに拳を強く握りしめる。
何故ならアッパーはラビィが抱えている問題についてとっくに把握していたのだ。しかし把握していて、何もできなかった。
物理的に解決できる問題であればどれだけよかったのだろうか。
アッパーには他人の内面的な問題を解決するための経験はなく、そしてそれらを解決するのに必要な能力も持ち合わせていない。
だからアッパーはラビィの隣で支えようと、いつも通り兄妹としての関係を続けていくことこそがラビィの罪悪感を癒せるのではないかと考えていたのだ。
だが何も、癒せてはいなかった。
「――ぁぁあああ!!」
「見つかったか……!」
罪悪感によって締め付けられた心を表現するかのように慟哭するラビィ。
その声が近くに現れたことで、アッパーはラビィがこちらの存在に気付いたのだと直感し、コウを巻き込まないようにと遠くへと突き飛ばした。
「くっ、おい広樹! お前どういうことだ!?」
「お前の能力とまゆりの能力とじゃ相性が悪いからだ!」
ラビィとの戦いで分かったのだが、ラビィの周囲に広がる重力の力が徐々に増し続けているのだ。
その影響は既に最初の方にも現れており、ラビィの体から漏れ出す重力圏に入った光速移動中のコウを引き寄せたことで分かるほどだ。
このままラビィの重力が暴走していくとラビィを中心とした極小ブラックホールが発生し、空間に沿って進む光は強い重力によってねじ曲げられた空間に囚われ、逃げ出せなくなるのだ。
「お前が何を言ってんのか全然分かんねぇ!!」
「だからあれほど勉強しろって言ってんだ!」
ラビィとの攻防を再開しながらコウを引き離す理由を説明するも、コウがそもそもブラックホールの概要を知らないため、アッパーが日頃の愚痴を吐き捨てるように怒鳴る。
どちらも徒手空拳であり、互いの拳の軌道を拳で捌き続けるアッパーとラビィ。
かつて『訓練館』で現在の状況と同じように組手してきた二人ではあるが、まさかこのように戦うとは思っていなかったアッパーは、過去と現在の状況を比較して顔を顰める。
「くそ、支援するなら小さい光線で!」
手のひらから出す光線は流石に規模が大きいため、周囲に球状の光を複数展開したコウはその球状の光から細い光線を発射させた。
「上手く避けろよ広樹!」
「……」
無言でラビィとの距離を取るアッパー。
その直後にコウが放った複数の光線がラビィに殺到するが、ラビィの手前で生まれた黒い渦によって全ての光線が軌道を曲げて吸い込まれていった。
「はぁ!?」
「あれが理由だコウ。全ての光は重力の前から逃げられない。光になれるお前も、まゆりの重力から逃げることもできないんだ」
純粋な光とは違いコウの光化は能力によるものであり、重力に囚われたが最後抜け出せなくなる。
そして能力の維持が途切れるとそこには生身の人間であるコウが残り、引き寄せられる重力によってバラバラになって吸い込まれるのだ。
「だったら、だったらお前はどうなんだ!」
「だからこれは賭けなんだ」
引き寄せる強力な『重力』によってバラバラにされるのが先か、それとも『強化』によって強力な重力に囚われても平気な体になるのが先か。
「少なくとも……あいつの前に立てるのは俺しかいないんだ」
そう決意するアッパーに、コウは何かを発する言葉を見つけられなかった。
その時である。
「う、ああ……お、兄ちゃん……」
「!? まゆりか!」
「意識が戻ったのか!?」
さっきまで慟哭していたラビィが、突如として正気のある言葉を発したことで驚くアッパーとコウ。
しかし足元は覚束なく、立つのも苦労している様子だ。
「大丈夫かまゆり!」
「お、兄ちゃん……お兄ちゃん……お願い」
「ッ! それ以上言うな!」
「お願いお兄ちゃん……悪いまゆりを、罰して」
そう涙を流して嘆願するラビィに、アッパーは歯を軋ませながら顔を顰める。
やはりアッパーが思い至った心当たりは的中していたのだ。
ラビィは未だその心に罪悪感を募らせ、そして人を殺した自分を誰か裁いて欲しいと願っていたのだ。
「広樹……お前、自分の妹を裁けるのか?」
泣きそうな様子でアッパーに問うコウ。
コウは親友の置かれた状況と親友が大切に思っている妹の様子を見て、彼も心を痛めていた。
「俺、は……」
コウの問いにアッパーは迷うように顔を俯く。
そしてやがて、振り絞るように言葉を紡いだ。
――まゆりを罰せられるわけないだろう……ッ!
「……どうして……?」
「お前が家族だからだ! あの家から取り戻すために誓って、ようやくお前を取り戻したのにお前は俺に裁けというのか!? 他人のために自分を犠牲にして、強制された人殺しの罪に苛まれて、今でも苦痛に喘いでいる心優しいお前を救うと再び誓ったこの俺が! お前を裁けるわけがないだろう!」
これが自身の我儘であることはアッパーでも理解していた。
それが本人を救うただ一つの方法だとしても、アッパーは己の全ての人を救うという信条を曲げてでもやりたくないと思った。
血は繋がってなくとも家族だから、たった一人の妹だから、たったそれだけの理由でアッパーはラビィの願いを拒否したのだ。
「救われなくてもいい、救って欲しくないとお前が思っても俺はお前を救ってやる! 例え一生掛かってもお前が救われるまで、俺が救ってやるよ!!」
他人が裁こうとしても許さない。
自身を裁こうとしても許さない。
自分を許さなくても救う。
勝手に救ってみせる。
「それが俺だ! お前の家族だ! お前を救いたいと思っている一人がお前の前にいるぞ!」
そう主張するように、アッパーは自身の胸を叩いた。
その思いの叫びを聞いたラビィの胸に暖かい『何か』が流れ込む。
まるで一人ではないと、自分を許せと言っているかのようにラビィの胸を暖かくする力が胸を中心にラビィの体を包み込む。
――だが。
「……うぅ……う、うぅあああああ!!!」
「まゆり……!」
ラビィの中の何かがまるで包み込んだ力を阻害するようにラビィの体から溢れ出す。
自分を許せと願う力と、自身の罪悪感に押し潰されろと強制する力がラビィの体の中でせめぎ合い、ラビィの体を中心に彼女の重力が増加していく。
「何が起きてんだ!?」
「この感覚……スピリットか!」
徐々にではあったが増加していくラビィの重力がここに来て速さが上がり、予想よりラビィのブラックホール化が進んだのだ。
「お前は近づくな! 吸い込まれたら一巻の終わりだぞ!」
「じゃあお前はどうすんだよ!?」
「当然、俺は前に進む!」
既にラビィを中心にブラックホールが生成されており、周囲にある砂漠の砂を吸い込んでいる。
規模は未だに拡大し続けており、このままでは大陸を飲み込むほどの規模になる恐れを抱くほどの重力の強化速度である。
「さぁ行くぞ……『全力強化』」
既に己の体を包み込んでいた『強化』の名前を再び呟き、その『強化』の力を確かめる。
そして一歩前に進んだところで、コウから待ったの声が掛かり足を止める。
「広樹! ……まゆりちゃんは、俺たちと一緒に過ごしたんだよな?」
「……あぁそうだ」
「そうか……なぁ広樹。俺にはまゆりちゃんと一緒に過ごした記憶なんてないし、現にまゆりちゃん本人と会っても記憶は戻ってこない」
「……」
「でもな、人間生きてたら次がある。生きてたら取り戻せる。消えた過去を取り戻すように、俺とお前とまゆりちゃんの三人で新しい思い出を作ろうぜ!」
「……任せろ!」
そう親友に誓って、アッパーは今度こそ強烈な重力が渦巻くラビィの場所へと歩みを進み、そしてその手にある鉱石を握りしめる。
「……『無鉱』、能力を無効化する鉱石」
――だが今は使わない。
「烏丸源十郎から作り出されたこの鉱石を使って、まゆりを救うなんてことをしない。まゆりにだけはお前の力は使わない。俺とまゆりで意地でもスピリットの洗脳を解いてやる……!! これは、俺たちの問題だ!!」
手に持った自身の鉱石をポケットの中に突っ込み、そしてアッパーはようやくラビィが発生させている重力の嵐へと入った。
その瞬間、中から強力な重力がアッパーの体を分解しようとアッパーに襲い掛かる。
「……ぐぅッ」
腕がぐしゃぐしゃに曲げられ、足が千切れかけた。
だがその度にアッパーはより集中し、自身の能力を深く深く己の体に浸透させるとボロボロだった己の四肢が重力の嵐に抵抗しながら徐々に元あった形状へと巻き戻って行く。
それを繰り返した。
ロードの一撃によって腕を切り離された当時と違い、現在のアッパーでは四肢がボロボロになろうとも一瞬で治せるものの、それと同時に重力の嵐が絶え間なくアッパーの四肢を砕いて行く。
下手すればロードの一撃よりも重いのかもしれない。
元からあった能力のポテンシャルに加えてスピリットが能力を暴走させたせいで、ラビィの能力が信じられない次元に到達しつつある。
これが本物のブラックホールであれば強化が追いつかずに一瞬で粉々になったのだろうが、この極小ブラックホールは能力によって生み出されたものだ。
だからこそアッパーの強化がまだ追いついていけている。
(重力の強化速度が上か、俺の強化速度が上か)
体がボロボロになっても決して立ち止まらず、ただ前へと突き進む。
(まゆり……まゆり……!)
心の中で救いたい人の名前を何度も呟く。
重力の中心で泣いている大切な存在の元へと一歩ずつ近づいて行く。
「まゆり……!!」
音の波でさえも吸い込まれていくこの重力の中ではちゃんと声が届くのだろうか。
目の前にいるのにちゃんと気付いて貰えるのだろうか。
この暗い闇の中から、自分の存在に気づくのだろうか。
(辿り、着いた……!)
手を伸ばし、目の前の存在の頭を撫でる。
ピクリと身体を震わせながら頭を上げて、何かを探すように目を動かす少女。
目の前の少女が流している涙を指で拭き、少年は優しげな笑みを浮かべる。
「――」
何を発しているのかは分からない。
だが今でも何かを探している様子ではあった。
もしかしてこちらの姿が見えないのだろうか。
ならばこちらから主張するしかない。
そう少年は決意をすると、目の前で不安がっている少女の体を抱きしめる。
「――!」
姿は見えない。耳も聞こえない。
(でも、暖かい)
少女は漠然と思った。
まるで己の絶望と罪悪感のような深く暗い暗闇には、少女を暖めようと二つの存在が少女の体を包み込む。
内側から包み込む存在。
外側から包み込む存在。
だがそれだけじゃない。
少女を暖めようとする存在はそれだけじゃない。
家族として大切に思っている存在が少女の記憶から想起され、一人思い出す度に罪悪感で少女を押し潰そうとする何かを遠ざけてくれる。
「――う、ああ」
頑張った、頑張ったのだ。
大切な人を助けようと人を殺し、大切な人を守るために自身を救おうとする家族を殺そうとした。
本来ならこんな罪深い自分は彼らと共にいる資格なんてない。
でも彼らはいつだって少女を許してくれた。
殺した人の中で少女を許した人もいた。
「――っ!」
涙が止まらない。
少女の過去が消えることはない。
それでも前に進みたいと願う。
守った人たちと共に生きるために、少女を守ってくれている人と共に生きるために、罪は罪として背負って生きるのだ。
それが大切な人を守るために人の命を奪った罰として、せめてものの償いとして精一杯生きることこそが、償いなのだから。
「まゆり?」
周囲の重力は既に消えていた。
そこにはラビィを抱きしめているアッパーと、彼らを中心に広がっているクレーターの跡のみ。
「お、兄ちゃん……」
「……まゆり」
「こんなまゆりでも……救われてもいいよね……?」
「……! あぁ、誰がなんと言おうと……お前には救われる権利があるさ」
「ありがとう……お兄ちゃん……」




