第18話 グラビティ;シン
振り上げてきた拳を受け止め、逆にラビィの腕を掴んで背負い投げの要領で地面に叩きつける。
「ぐは……ッ」
仕方が無いとはいえラビィの口から聞こえる息が詰まる音を聞いてアッパーは顔を顰める。
しかしラビィはイスと同じくスピリットからの洗脳を受けている可能性が高く、だからこそ掴んだ腕を緩めずに地面に叩き付けたラビィを拘束するために腕を捻るように力を入れる。
「――ッ!」
それを察知したのだろうか、突如としてラビィの体が粒子となって搔き消えアッパーの拘束から離れる。
これはラビィの量子加速移動だ。
自身の能力である『重力』を使って体を量子分解して使用者が行きたい場所へと量子移動して、分解した量子状態の自分を再び構成させるラビィの技だ。
(移動した場所は……上か)
感知した反応を辿って上を見上げると、そこには重力を増加させてアッパーに向かって踵落としを繰り出すラビィの姿があった。
だがいくら重力を使い自身の速度を加速させたとしてもアッパー相手には意味がない。
「――!!」
ましてや相手の重力を増加させて動きを鈍らせようとも意味はないのだ。
半身でラビィの踵落としを避け、すれ違いざまにアッパーはラビィの胴体へと掌打を繰り出す。
当然その手に平にはスピリットの洗脳を無効化させる無鉱もあり、そしてこのアッパーの一撃を受ければラビィに掛かっている洗脳が解ける。
「――ぅううあああ!!」
予想外なのはラビィの持つ近接格闘術のセンスだろうか。
正気を保っていないことはアッパーの目から見ても明白であるものの、暗殺者としての経験とセンスがラビィの体を突き動かす。
アッパーの掌打が決まる直前にラビィの体は再び量子化し、アッパーの掌打が彼女の体を空振りするように突き抜けたのだ。
(通算三回目の量子化……だと!?)
予想外の事態にアッパーが内心驚愕する。
何故ならラビィの体からはラビィのもう一つの『重力』が発動している感覚はなく、だからこそ二つの『重力』による強化感応現象なしで量子加速移動を行うのには出力が足りないとアッパーは踏んでいた。
だが現にラビィは量子加速移動を行った。
三回ほどで体力が無くなるはずの技を行い、それでもなおラビィに変わった様子は見当たらないのだ。
とどのつまりこれは――。
(まゆりの能力を、暴走させているのか!?)
思えば正気がなく、本人が出せる出力を超えるこの現象はかつてナガラーシャ皇国で戦った暴走能力者と似ている。
つまりスピリットの能力は能力者を洗脳するという力以外にも、能力者の力を封じ、なおかつ暴走させる力も持っているということになる。
「クソ野郎が……!!」
アッパーは目の前の家族に施した元凶を思い出して、歯をむき出しに忌々しそうに吐き捨てる。
能力者が持つ異脳の容量を超えた出力は能力者自身の負担が大きく、なおかつ自身のやったことは覚えているため、暴走が切れた能力者は自身がやった行いに『孤独』に陥りやすい。
加えて今のラビィには――。
「広樹ーッ!!」
コウの声が聞こえ、次の瞬間にアッパーはコウに掴まれてラビィがいる場所よりも遠く離れた場所に移動した。
「よしここまで来れば問題ないな……」
ふっと息を吐くコウ。
突然見知らぬ少女が親友に殴りかかってきたかと思えば、今度はその少女の正体こそが長年親友が探し求めていた妹ということに驚くも、取り敢えず兄妹同士が戦っている状況を止めるためにアッパーを引き離したのだ。
しかし安堵するコウとは反対に、アッパーは未だにラビィのことを警戒していた。
というのも――。
「いや、多分周囲に重力の力を広げて人間の体重を探ると思うから、結局のところ俺たちが見つかるのは時間の問題だ」
「なんだよそれ意味分かんねぇ……」
ラビィを救出してから一緒にいた日数は一ヶ月半ではあるが、それでも上級能力者の資格を取るためにお互いの能力でできることを模索していた二人は、互いの内を理解できていた。
その中で、アッパーはラビィが広範囲索敵用の技を持っているという情報を持っており、そのため遠くに避難してもラビィに見つかるのは時間の問題だとコウに説明した。
「マジかよ……」
「……」
呆れるコウにアッパーは無言で首肯する。
そしてしばらくの間、二人の間で無言の空気が流れる。
「……あれが、お前の妹なのか?」
最初に空気を打ち破ったのはコウだ。
「……あぁそうだ」
「そうか。……なぁ」
「なんだ?」
「俺の勘違いじゃあ無ければ……泣いているように見えたんだが」
コウの言葉に、アッパーは思い返すように目を瞑る。
確かにコウの言うことは正しい。
洗脳されているラビィの表情には正気がないように見えるも、その顔に貼り付けてあるのは悲しみと苦しみの様相だった。
勿論アッパーにはそのことに関する心当たりがある。
スピリットの洗脳が対象の想いを暴走させ、アッパーと戦わせるというものが事実ならあのラビィの様子に関しては心当たりがあるのだ。
だがその心当たりを話すにしても、先ずは彼女の過去を語らなければならない。
「ラビィ……まゆりは」
――八年もの間、暗殺者として育てられた。
「……ッ!?」
◇
例え地獄のような場所から救われても。
例え家族と思える大切な人々が地獄から解放されても。
(私はまだ、自分を許せていない)
アザーネーム、ラビィ。
本名を斎藤まゆりといい、彼女はこれまで生きてきた人生の内の八年間、彼女は烏丸家という存在によって暗殺者として育てられてきた。
彼女に選択肢はなく、まゆりが暗殺者として生きていくと決めなければ烏丸家で出会った『雛の巣』の人たちは烏丸家が行う実験に巻き込まれ、そしてまゆり自身もその実験に関わることになる。
故に彼女は『雛の巣』の少女たちを守るために暗殺者として生きていくことに決めたのだ。
『うっ、ぐぅ……!』
『立て』
『はぁ、はぁ……ッ……やぁ!!』
過酷な訓練の日々が続いた。
血反吐を吐き、傷を受け、それでもなお妥協は許されない。
全ては暗殺者として人を殺すために。
全ては大切な人を守るために人を殺す技術を手に入れるために。
最初のターゲットとなったのは、烏丸家と同じく能力者でありながら地球の人々に紛れて暮らす一族の女当主。
何故殺すのかは分からない。
だが与えられた任務はただ黙って疑問も抱かずに達成するのが暗殺者であり、だからこそこの任務を請け負ったまゆりはこの女当主を殺さなければならない。
能力が暴走し、行き場の無くなった子供に扮し彼女に近付いた。
これは当時生物無機物問わず、まゆりの周囲に入れば暴走した重力が対象を捻り壊す状態を逆手に取った作戦だった。
人を殺す技術を習得できても、未だに人を殺すという感覚や覚悟ができていないため、返ってその作戦に真実味が帯びた。
『なぁお前、大丈夫か?』
『あ、あ……』
『能力が暴走しているのか? ……っ!? ヤバイな近付くと巻き込まれるのか』
こちらの身を本気で案じてる様子だった。
『まぁ問題ないか。何せ私は数少ない『制御系』だからな! お前の暴走も制御してやるよ』
見ず知らずの子供を心配している女性だった。
その久しぶりの優しい大人に、まゆりは任務中であるにも関わらず心が暖かくなっていった気がした。
彼女の『制御』能力はまゆりの暴走を落ち着かせ、身寄りがないと思っている様子のまゆりを抱き上げて家に連れて返った。
その際、まゆりの軽さに驚愕し、彼女の悲惨な過去を想像して顔を顰めたのが見えた。
実際、訓練で碌な飯も食べていないまゆりの体は小さく、そして軽かったためその認識は間違っていないが。
『どうだ!? 味は中々なもんだろ!?』
『……美味しい』
居心地がよかった。
久しぶりの暖かい食事に涙が出た。
『お、おい……いくら美味しいからって泣くことはないだろう……』
そう言って苦笑いを浮かべる女性。
だが違う、違うのだ。
まゆりが泣いているのは久しぶりに食べた暖かい食事からでも、久しぶりに接した心優しい大人から己を案じてくれていたからではないのだ。
その人を殺すという罪悪感から泣いていたのだ。
『……』
決行は深夜。
その女性が『制御系』の能力を持っていることも把握しており、その女性が見ず知らずの子供でもその能力を使ってくれるということは分かっていた。
そして能力を制御したお陰で今のまゆりは能力を使えず、だからこそ暗殺という可能性も低くなったのだ。
対象がベッドの上で寝ていることを確認して、まゆりは烏丸家の諜報員から手渡されたナイフを握りしめて女性の部屋へと侵入した。
まゆりの周囲に入った対象を無差別に破壊するということから、寝るときに不便だろうと常時まゆりの能力を制御させたお陰でナイフを持てた。
穏やかに眠っているその女性を見て、足がまるで沼に嵌っているかのように重く感じる。
だが進まなければならない。
一時、目の前の女性に助けてもらうという考えが浮かんだ。
しかしそれは『雛の巣』の人々を見捨てて自分だけ逃げるという最低な行いだ。
烏丸家での訓練で辛い状況に置かれているまゆりを常に元気付け、そしてまゆりの『孤独』を防いでくれる『理解者』となっていた『雛の巣』たちのことを置いて行くなんてことはまゆりにはできなかった。
『な、あ……お前……なんで……?』
『あ、ああ……』
体重を乗せて、心臓に一突き。
激痛と苦痛に目を覚ました彼女は、現在の状況を作った人物に驚愕の表情をする。
これで、まゆりは人を殺した。
初めて自分の意思で殺した瞬間だった。
『これ……は……そう、か』
だが唯一の誤算だとするならば、それは彼女がナイフに彫られている烏丸家の紋様を見て目の前の子供が烏丸家からの刺客だと感づいたのだろう。
そしてその時のまゆりの表情を見て、これは強要されて行なったのだと気付いたのだ。
『ごめんな……』
『!?』
自分を殺した相手なのに、その相手に謝罪をした。
謝罪をする必要もないのに、恨まれて当然だというのにその事切れた女性は、まゆりに手を汚させたことに申し訳なさそうに死んでいった。
『あ、ああああ……!!』
それ以来、まゆりは必死に暗殺の技術を求めた。
変装のする必要もなく、演技をする必要もなく、ただひたすらに闇夜に紛れて静かに殺すという一点のみの技術を求めた。
ターゲットと接触すれば情が移るからという理由で特訓を続けた。
そのお陰で最期の瞬間にまゆりの顔を見た相手はまゆりを恨み、殺意を抱いた。
(そう、それでいい。貴方達は私を恨む権利がある)
だが中には勘が鋭く、そして優しい人物がいて、その人物からは謝罪の言葉が貰えることがあった。
(違う、違う! 私に謝罪を受け取る権利なんてない!!)
謝罪を貰うたびに、まゆりの中の罪悪感が膨れ上がって行った。
そんなとある任務のことである。
『クソまたあのガキか!』
『まゆりの兄、確か斎藤広樹だったか』
『何回目だ、任務の邪魔をしたのを』
どこからか聞きつけたのかは分からないがまゆりの兄がまゆりが参加している任務の現場に現れたのだ。
その度にまゆりが暗殺者として続ける条件の一つである兄に危害を加えることはならないという条件によって止む無く任務を延期、もしくは中止する状況が何度かあった。
(もしかしてお兄ちゃんは私を助けに……?)
幼少の頃から兄に抱いていた印象は、何でもできるヒーローだった。
そして現に当時無能力者だったはずの兄が、能力者である烏丸家の人々を翻弄させたことからまゆりは兄が助けてくれるという可能性を抱いてしまった。
(お兄ちゃんなら助けてくれる……悪い人に容赦しないお兄ちゃんなら……)
そしてまゆりは能力者となった兄によって烏丸家から解放された。
だがその間に溜まり続けた罪悪感が消えることはない。
優しい人たちを殺し、守ろうと誓った『雛の巣』も忘却という方法で何人か犠牲にされたことも気付かず、そして最終的に自分が普通の女の子として生きる機会を得られた。
しかしいくら元の生活に戻ろうと、いくら普通の女の子として生きようと思っても、その度にまゆりの罪悪感が膨れ上がる。
だから無意識に想った、想い続けていた。
(誰でもいい……お兄ちゃんでもいい……)
――悪いまゆりを、罰してください。




