第16話 最初の一歩
『アッパー君! コウ君が最後の一匹を倒したらもう増援が来なくなったわ!』
『お、おう『念話』ってこれでいいのか? もしもしどうだ広樹? ほらやったぜ俺!』
「ありがとうな、コウ」
『はっ、どうって事ねぇよ!』
クロノスとコウの報告をテレの『念話』越しに聞いたアッパーは、コウに礼を言った。
天つ名町を襲ったエネミーの襲撃はこれで終わりだという判断し、これからコウはクロノスのいう通りに町の住民を救助する作業に向かうらしい。
アッパーも今寝ているイスをクロノスの空間でアンダームーンに送ったら、作業に向かうと『念話』に言い、アッパーはイスの顔を見つめる。
そして同時に力なくダランとしている彼女を腕に抱きしめながら、自分の手にある無鉱と呼ばれる能力を無効化する鉱石の感触を確かめる。
(効いたか……)
言葉を出さず、そして間違ってもその鉱石を見つめるような事はしない。
アッパーの体にはスピリットの力の残滓が残っており、それによってアッパーが見聞きしたものはスピリットに筒抜けとなっているからだ。
スピリットの力の残滓に抵抗するために常時『全力強化』状態を維持するという作戦は別にスピリットに知られてもいい。
だがこの手の中にある無鉱をスピリットに知られるわけにはいかない。
いやあるいは彼女の洗脳を無鉱で解けたという事は、素手で無鉱を触れている今ではアッパーの体の中にあるスピリットの力の残滓が無効化され、アッパーが見聞きしたものがスピリットに知られる事はないだろう。
現にメティスから最初に手渡され、そして彼女から無鉱の効果について聞かされた筈なのにサハラ砂漠で邂逅した際にスピリットは無鉱について何も反応を示さなかった。
気にも止めなかったからなのか、そもそも知らなかった事なのか。
だが前者はメティスの説明を聞いたのならイスの洗脳を解ける力を持った無鉱を警戒する筈である。
(そして疑問に思ったが――)
――何故無鉱はエネミーの洗脳を解くことができたのか。
この無鉱が能力を無効化させる原理はこの際どうでもいい。
無効化能力を持った烏丸源十郎の体から抽出し、鉱石にまで凝縮させたこの無鉱は、その経緯から能力者に対してのみ有効だと思っていた。
だが現実としてこの無鉱は能力者の敵であるエネミーにも効いた。
相手が通常のエネミーと違うデストロイヤークラスエネミーであるスピリットだから効いたという可能性もあるが、それはそれで何故効いたという疑問も残る。
(エネミーは、何かを知っている)
アッパーがその疑問を抱いたと同時に、彼の腕で寝ているイスから反応がきた。
どうやら気絶から目覚めたようだ。
「う、うぅ……あれ? 私……」
「大丈夫か?」
「あぁ……アッパー、そうか貴方が助けてくれたんだ」
頭が痛むのかイスは自身の頭を手で抑えてゆっくりとアッパーの腕から離れて立ち上がった。
足元が覚束ない様子ではあったが、スピリットの洗脳による後遺症は今の所見当たらない。
「私は……歌ったのね」
そう呟きながら展望台から見える天つ名町の風景を見て、自身が行なった出来事に心を痛めているイス。
彼女の呟きを聞いたアッパーは、もしやと思いイスに問いかけた。
「覚えているのか?」
「えぇ勿論。あれは洗脳というより寧ろ誘導に近いわ」
洗脳中のイスが語った想いは確かに通常のイスが抱いていた気持ちではあるが、それはほんの僅かな想いであったという。
それを理性という壁を取っ払い、更に残った僅かな想いを増加させたものが先程までのイスなのだ。
「歌は好きよ。それをみんなに聞かせることも好き。でもエネミーに対してのみ全力で歌を歌えるという現実に飽き飽きしていたのも事実」
「イス……」
「だからって能力者の私が人前で歌を歌いたいっていうことにはならないわ」
混乱の真っ只中にある天つ名町を見ていたイスは、その言葉と共に決意を込めた眼差しでアッパーの方へと振り返った。
「私はね、人が傷付くくらいなら私が歌えなくなっても良いと思っているの」
スピリットに増加された想いはあくまで彼女がかつて考えていたものである。
その後に彼女が決意した気持ちや今のイスの覚悟を削除し、小さな欠片でしかなかったその想いを増加したのだから、ある意味洗脳中のイスはいつものイスとは別人という見方ができる。
「ったく、私に人を傷付けさせるとか後でぶっ殺すわ」
そう物騒な言葉を放ちながら笑みを浮かべるイス。
イスは自身の歌よりも人を優先する覚悟をしていたからこそ、彼女は特級能力者になれたのだろう。
「さて、やられっぱなしは趣味じゃないのよね」
「イス、何をするつもりだ?」
スピリットに対する報復を考えているのではない事はイスの様子から分かった。
だからこそこれからイスが行動する内容を思い付けないアッパーは首を傾げながらイスに問うた。
「あいつは私に「お前の歌は人を傷付けるものだ」と言っているようなものよ。確かに私の歌は人を容易く傷付けることができるのだけど、だからってそれが私の歌の全てだと断言されるのは我慢ならないのよね」
これまで人の精神を操るために歌を歌った。
エネミーを殺すために負の感情を込めて歌を歌った。
「でも本来歌っていうものは、聞いた人々に活力を与えるものよ。私があのエネミーに洗脳されてる間、私は久しぶりに楽しい気持ちで歌った事で子供の頃に抱いていた気持ちを思い出す事ができた。結果はどうあれ、ね」
それによってイスが得たものはスピリットの想定を超えるものだった。
「私がパワーアップした機会を得たことに後悔しなさい」
そう自分に洗脳を施した相手に言うとイスはゆっくりと息を吸い、そして歌った。
《〜〜♪》
「これ、は……」
思わずアッパーが聞き惚れるほどの歌声。
度重なる強化で意識的に感情を制御できるアッパーがもっと聞いていたいと思えるほどの美しい音色がイスの口から放たれていた。
だがそれだけではない。
避難している過程で怪我を負った人々が、天つ名町に響くイスの歌声によって徐々に怪我が治っていくのが展望台から見えたのだ。
『これは、イスちゃんの歌? 凄い……これまで見られなかった歌だわ』
『うぉおお!!? なんだか分からないけど元気が湧いてくるぜぇええ!!』
経緯や結末はどうあれ、イスは自分がプラスの感情で歌った事で彼女の認識や異脳に新たな切っ掛けが生まれたのだ。
イスは過去の事件で歌を歌う事ができなくなった。
だが偶然遭遇したエネミーとの戦闘や必要に駆られて覚えた歌による精神干渉によって、彼女はマイナス感情限定で歌えるようになった。
だがそのマイナス感情の歌ばかりを歌っていた弊害で、イスはプラス感情で歌う方法を徐々に記憶から薄れさせていき、次第にプラス感情の歌を歌えなくなったのだ。
しかし歌とは本来人々に活力を与えるもの。
それを洗脳中だったとはいえ、イスはプラス感情で歌を歌ったことで楽しい気持ちで歌えた幼少時代を思い出し、今こうして彼女は一歩前に進めたのだ。
「――……ふぅ、どう? アッパー」
「控えめに言って最高だった」
「ふふ、ありがとうね。でも久しぶりに歌ったから加減は効かないみたい。これじゃあ敵味方構わず相手に活力を与えちゃうわね」
――だから、
「今度私の訓練に付き合ってねアッパー」
周囲に影響を与えるイスに、唯一彼女の歌が効かないアッパーは彼女との戦闘中に『そんなに歌いたいなら俺一人で聞こう』と言ったのだ。
それを覚えていたイスの言葉に、アッパーは頬をかきながら了承した。
◇
「いい雰囲気ですなぁ〜?」
「茶化すなよお前」
イスは曲がりなりにもエネミーによる洗脳を受けていたという事実から、クロノスの空間で一先ずアンダームーンでの検査をするために帰還した。
そして入れ替わりでやってきたアンダームーンの隠蔽組織が天つ名町で起きた事件を隠蔽することで、事態は収束した。
隠蔽工作のための人員が動いているところを見ながら、アッパーとイスとのやり取りをテレの『念話』で聞いていたコウはアッパーに向けて温かい眼差しでからかい、アッパーが呆れたようにツッコミを入れていた。
そしてふと、アッパーをからかう前に聞いていた能力者に関する説明を思い出したコウは、自身がそのような存在の一人となった事実を感慨深そうに呟く。
「それにしてもまさか能力者に月の地下世界、ねぇ」
「お前は、これからどうする?」
コウをアンダームーンに行かせるか、それともコウにアッパーたちの任務に関わらせるのかという二択である。
しかしコウの性格を熟知していたアッパーはコウがどう返答するのか既に分かっているが、それでもコウの意思を尊重したいという気持ちから聞いたのだ。
「勿論、お前の手助けに」
「……はぁやっぱりなぁ」
「仲間を助けに行くんだろ? ならお前の仲間は俺の仲間って事だ」
そう笑みを浮かべてアッパーの肩を叩くコウ。
そのコウの言葉に苦笑しながら、アッパーはイスがアンダームーンに帰還する直前に語った内容を思い返していた。
『多分、他のみんなも私と同じように洗脳を受けてると思う』
『どうして?』
『洗脳中でも記憶は覚えているのよ? だから他のみんながスピリットの洗脳を受けているところを見ていたの』
エネミーならば今頃仲間たちを殺していてもおかしくない。
だがスピリットが仲間を殺すという手段を取らずに洗脳を施したのは恐らく、アンチノーマルに所属しているスキーマーと同じ理由だろう。
(仲間と戦わせて俺を『孤独』に陥らせる……)
どうやらアッパーのことを理解している敵対存在は直接アッパーと戦うという手段は悪手だと思っているようで、一番効果的な対策としてアッパーの周囲を狙うという陰湿な手段を用いるのが流行っているようだ。
「なぁ広樹、この後どうする?」
「……サハラ砂漠に行く」
イスがここに現れたということでサハラ砂漠に仲間がいるという確証はないが、それでもなおエネミーの生産工場があったサハラ砂漠にはスピリットがいるはずだとアッパーは考えたのだ。
「サハラ砂漠? サハラ砂漠ってどこだ……? アフリカ大陸? そういや俺パスポート持ってたっけ……」
「俺一人ならサハラ砂漠までは三時間だ」
「はぁ? マジかよお前人間離れしてんなぁ……じゃあ俺はどうっすかなぁ」
「まぁ待てコウ、話は終わってない」
ガシッとアッパーはコウの両肩に手を乗せて笑みを浮かべる。
「は? え、何?」
「お前がいれば、アフリカ大陸までコンマ数秒以下だ」




