第12話 ロストヴォイス
遅くなりました。
アザーネーム、イス。
本名をキャサリン・ハーネットといい、彼女の両親は音楽産業に携わっており、そこそこな音楽プロデューサーの父とそこそこなシンガーである母の間に生まれた。
彼女の出身地はアメリカ某州のとある田舎であり、これは彼女の両親がこれ以上の大成を望めないと感じ、その場所へと引退したからである。
綺麗な金髪碧眼の容姿で、それまた妖精と見間違うほどの容姿を伴って生まれた彼女は両親を含めた地元の隣人たちに可愛がられ、幸せに暮らしていた。
そんなある日のことである。
キッチンで食事を用意していた彼女の母親が、暇潰しにと現役時代に歌った自身の曲をキャサリンに聞かれ、キャサリンは生まれて初めて心を揺さぶるほどの衝撃を得たのだ。
好奇心旺盛で興味津々な自身の娘に彼女の母親は困りながら、彼女に自身が現役時代に歌っていた曲をキャサリンに教えた。
すると彼女の母親は自身の娘の上達度合いに驚くこととなった。
当時五才前後だったキャサリンから放たれる歌声は、かつてメジャーデビューをも果たした母親が聞き惚れるほどに美しく、才能溢れる歌声だったのだ。
天才という言葉を思い浮かぶ母。
試しにと自身の娘にバラード、ジャズ、ロック、ヒップホップといった様々な音楽のジャンルを教えたところ、キャサリンは特に苦もなく完璧にこなし、そしてそのどれもが聞き惚れるレベルだ。
『凄い……でも』
母は悩んでいた。
キャサリンは才能があり、その才能を活かすのにはやはり音楽業界でしかない。
しかしこれでもキャサリンの母親はかつて音楽業界に入り、己の歌について自信があったのだが大成の兆しはなく、挫折をしたという過去がある。
母は恐れていた。
例えどんな才能があろうとも、挫折という壁は等しく誰の前にも現れ、そこで自身の娘が心折れるのではないのかと。
結局キャサリンの母親は自身の娘に音楽の道を示すのに躊躇った。
しかしそのことについて自身の夫に相談したところ、彼女の夫はキャサリンの才能をこのままにするのは勿体無いと反論した。
キャサリンの父親は音楽プロデューサーだった。
とどのつまり、ミュージシャンを世間に伝える役目を持った人である。
だがそれ以上に彼らが現役の頃、妻共々中堅に差し掛かる程度の実績であり、自分たちの夢であった最高のミュージシャンになるという夢を持っていた。
だがその夢は到底届きそうもなく、しかしそのような夢を娘が叶えてくれるのかもしれないと、キャサリンの父親は反論したのだ。
それらの反論によって折れたキャサリンの母親は、最終的な確認として自身の娘に歌手になる気はあるのかと問うた。
『キャシーは歌が好きだよ!』
するとキャサリンは笑みを浮かべて即答したのだ。
キャサリンにとってあの時母親が歌ってくれた歌が今でも強烈な衝撃として心に残っており、そして歌えば歌うほど褒めてくれる両親にキャサリンは歌うことが好きとなっていた。
『……そう、そうね』
『あぁ後は何があっても俺たちが支えればいいんだ』
こうして、キャサリンの音楽歌手への道が開かれた。
だが流石に五歳前後という幼い年齢であっため、実際に音楽の道を進むのはその後となるのだが。
やがて五年の月日が経ち、この間キャサリンは自身の両親から音楽の知識や技術を叩き込まれた。
才能があり、その気になれば小さい頃から有名になれたのかもしれないが挫折を経験した両親が徹底的に慎重を重ねることに方針を決めたため、このぐらいの月日が流れたのだ。
だがそれでもかつて現役シンガーであった母親から見ても、もうキャサリンに教えることは何もない。
下手すればテレビに出ているどの歌手よりも実力のあるキャサリンをそれ以上そのままにしておくことができなくなった。
なので彼らはキャサリンを某州にある都会にある大手ラジオ局が開く当時ティーン向けの音楽コンテストの参加を決めたのだ。
本来であれば十三歳から十九歳までの年齢制限があり、音楽の道を進んで五年の月日が経った今でも十三歳以下の年齢である十歳のキャサリンが参加することはできない。
だがこれをキャサリンの持つ才能によって驚いたコンテスト開催者が特例に認めたため、障害は無くなった。
これも個人の実力を重視するアメリカの文化が齎した奇跡だろうか。
『さぁリスナーの皆さん聞いて驚け! 本来はティーンだけが立つことを許されたこのコンテストステージではあるが、何と! 圧倒的な才覚を伴って、プレティーンのリトルガールが参加することとなったぁ!』
そのような売り文句によって注目が集まるのは当然の帰結であった。
◇
『大都会ニューヨーク!』
父の車から見えるニューヨークの街並みがキャサリンの心を興奮させる。
ラジオ局開催のコンテストに参加したキャサリンは当然優勝し、その声を聞いた複数の大手レコード会社がキャサリンをスカウトするのは当然のことだった。
そうしてとある大手レコード会社と契約したキャサリンは、プレティーンシンガーとして一躍有名となった。
天使の歌声を持つリトルディーヴァとしてメジャーデビューを果たしたキャサリンは、某州の田舎町から離れてアメリカ屈指の大都会であるニューヨークに引越しをしたのだ。
世も羨むほどの歌声で人々を魅了していくキャサリン。
そんな自身の娘の大成を見た両親はそんな娘に誇りを抱いた。
だがそんな幸せは長く続かなかった。
『キャァ!?』
女性の悲鳴が聞こえた。
その日は少なかった休日を利用して愛する両親と共に食事に出掛けていたキャサリンは、そこでレストランを狙った強盗にあったのだ。
『お前ら金を出せぇ!!』
強盗に遭ったレストランはセレブや金持ちが利用する高級レストランだった。
必然としてそのレストランのセキュリティは最高の物であった筈だったが、不幸なことにセキュリティを管理する者が強盗たちとグルだったのだ。
それらの状況に遭遇したキャサリンの目に涙が浮かぶのは当然のことだった。
そしてそんなキャサリンを強盗が目を付けた、付けてしまった。
『お! まさかお前あのリトルディーヴァか!?』
強盗の一人がキャサリンのファンだったのだ。
まさか初めて出会うファンが強盗だなんて思うわけもなく、キャサリンは呆然とした。
『金はまだ時間が掛かりそうだな……よし! その間に生で歌え』
『え?』
『早く歌えってんだ! お前の両親がどうなってもいいのか!?』
『わ、分かった!』
強盗のある場での即席ライブ。
当然そのような状況でまともに歌えるわけもなく、最初はつっかえ気味に歌っていたのだが、自身の両親に突き付けられる拳銃を光景を見て、次第にキャサリンの歌声が安定していった。
マイクも、BGMもない状況でもキャサリンの美しい歌声は緊張していたレストランの雰囲気を和らげていった。
強盗も客もシェフも拳銃を突き付けられている両親も、誰もがキャサリンの歌声に聞き惚れ、十分な時間が経つほどの時が経った。
『!? や、やべぇ長居しすぎた!』
ふと我に返った強盗の一人がレストランの外を見ると、そこには数えきれないほどの警察がレストランの前を包囲していたのだ。
最早脱出することもできない状況。
だが彼ら強盗はレストラン内にある客を人質にすることで脱出を図ろうとしたのだ。
当然彼らのすぐ近くにいたのはキャサリンの両親だ。
強盗はキャサリンの両親をそのまま外に連れ、警察に包囲を解除するように声を荒げた。
しかし警察は迂闊に彼らの要求を飲むことはせず、事態は膠着していく。
やがて痺れを切らしたのか、強盗の一人が『俺らは本気だぞ!』とキャサリンの両親に突き付けている拳銃の引き金に指を置いた。
その光景を見たキャサリンは背筋が凍るような気がした。
《やめて!!》
これが、初めての能力使用だった。
これまでキャサリンの口から出た美しい歌声とはかけ離れた『音』が、衝撃と共に強盗どもを吹き飛ばしたのだ。
『……え?』
一人呆然とするキャサリン。
キャサリンの前に見える光景は、衝撃波と共に倒れ伏している人々の光景があった。
◇
キャサリンはもう歌を歌うことはなかった。
あの事件以来、感情を込めて歌を歌おうとすると自身の歌が何かしらの現象を伴って周囲に影響を及ぼすのだ。
レコード会社からのオファーをあの強盗事件でのショックという理由で断り続け、キャサリンはニューヨーク市内にある家で引き篭もっていた。
キャサリンの両親は幸いあの事件でキャサリンが放った衝撃波で怪我を負ったものの命に別状はなかった。
だがその原因を作ったのが自分であることにキャサリンが引き篭もったのも理由の一つであった。
そんなキャサリンに一人の女性が来た。
『やぁ、君がキャサリンかい?』
『……誰?』
『君と似たような能力を持った存在さ』
キャサリンの元にやって来たのは、キャサリンの能力発動をアンダームーンで感知した能力者だったのだ。
キャサリンの両親も相席して、その能力者が話したのは能力者の歴史やキャサリンが起こした原因の正体についてであり、そして最後に能力者の『孤独』を発症させないためにキャサリンをアンダームーンに連れていく必要があるという。
『キャサリンを連れていく際に、こちらでキャサリンに関する周囲の記憶を処理する予定です。当然それは貴方たちご両親に対してでもキャサリンに関する記憶を処理することもできますが、要望があれば貴方たちの記憶を処理せずにすることもできます』
『待って! それじゃあ私はパパとママと離れ離れになるの!?』
『確かに君は今まで通り、ご両親と一緒にはいられないだろう。しかし我々アンダームーンは貴方たちの中を引き裂かないと約束しよう。キャサリンが自身の能力を制御できるようになった頃、君は自分の意思で親と会うことができるようになるだろう』
それでもキャサリンは躊躇したのだが、それに反して彼女の両親はキャサリンにアンダームーンに行くように説得した。
何故なら能力を発現して以降キャサリンは歌うこともままならなくなり、こうして引き篭もっている現状にキャサリンの両親は頭を悩ませていたのだ。
アンダームーンに行けば能力の制御ができる。
制御できればまた今まで通りに歌を歌える。
そのことからキャサリンにアンダームーンに行くよう言ったのだ。
キャサリンは悩んだ。
だがアンダームーンに行かなければ前に進めないと分かっているため、キャサリンは結局アンダームーンに行くことに決めたのだ。
◇
アンダームーンで生活していったキャサリンは、そこでイスというアザーネームを与えられ、能力の制御に成功した。
自身の両親ともたまに会うこともでき、アンダームーンで気の合う友人と出会った。
ただそれでもイスは歌を歌えなかった。
防音部屋であっても量子ごと振動させるイスの共振に防音部屋は耐えることはできなかった。
そんなイスであったがただ一つ、今の鬱憤を発散させる方法があった。
それはエネミーと戦う時である。
アンダームーンで暮らしていた日に偶然エネミーと遭遇し、イスは自身の能力を使って撃退して見せたのだ。
そこでイスは久しぶりに能力を通して歌を歌えるようになった。
エネミーに対してはどのように歌っても構わないし、それで日頃の鬱憤を歌に通してぶつけさせることにイスは日常で歌えないストレスを解消させたのだ。
気づけば友人と共に上級能力者に上がり、そして地球の砂漠に潜むエネミー討伐任務で特級能力者に上り詰めた。
それでも彼女はあの強盗事件以来、楽しい気持ちで歌を歌った事はなかった。
歌を歌うときは必ずエネミーを倒すことのみ。
攻撃的な感情や負の感情を込めれば歌に込められる歌の攻撃性が上がり、それでエネミーを倒すことはできるのだが、そこに歌う喜びはなかった。
だが今のイスは心が弾けていた。
スピリットによって理性の壁を取り払われたイスは、スピリットの誘導によってアッパーたちがいる町で久しぶりに楽しいという気持ちで歌う。
それに加えて今のイスが歌う曲は、スピリットによってどのような感情であれ周囲を破壊するようになっていた。
それでも彼女は歌う事を止めない。
何故なら今の彼女の心は、かつて楽しんで歌った頃の自分に戻っているからだ。




