第10話 現在状況と把握
すみません、体調が悪く更新が空いてしまいました……。
では気を取り直して、祝100話達成です!
「一度ならず二度までも……」
一年前と同じくスピリットの前からクロノスの空間で逃げおおせたアッパー見て、忌々しそうに呟くスピリット。
だが能力者を殺すために感情を抑制させているエネミーだからこそ、先ほどの失態を切り替えてその場で佇みながら、さてどうしたものかと思案する。
「出来れば今この場で殺したかったが……」
一年前から受けていたスピリットの目的は、依然としてアッパーの殺害ではあるがここまで逃すとはこれは運命なのかと勘繰りたくなる。
思案するスピリットの視界にアッパーの隙を作るためにと作った人質の姿を見た。
スピリットを含めたエネミーは例外なく能力者を殺すために生まれた存在だ。
なのでこうしてたった一人の能力者を殺すために人質を取るなど、まるで人質を取らなければ殺せないというようなものであり、スピリットは内心人質を取ったことに苦々しく思っていた。
しかしそれでもこちらの戦力とアッパーの戦力を比べても確実に殺せると思っておらず、エネミーの中でも比較的冷静なスピリットだからこそアッパーの力量を正確に捉えていたため、人質という作戦を実行したのだ。
それら人質はスピリットが刺激した痛みに倒れ伏して呻いていた。
クロノスの仲間がスピリットの手下のコアを破壊し、なおかつスピリットから人質を助けようと動いたため、見せしめとしてスピリットが残った手下の残骸を通して痛みを刺激させたのだ。
そんな彼らを見てふと、妙案を思い付いた。
「ふむ……本来ならあの能力者を殺した後に貴様らも殺すつもりではあったが……」
思い出すのは仲間の苦痛に顔を歪めて殺意という負の感情を出したアッパーの表情だ。
一年前やここ最近の活躍の中でも僅かに覗かせた絶望の様相はいずれも、アッパーが大切に思う存在が危機に晒された時であり――、
「――だからこその、貴様らだな」
激痛によって呻く能力者たちだが彼らは未だに戦意は衰えておらず、スピリットを睨んでいたが反対にスピリットから醸し出す雰囲気は妙に楽しげだった。
◇
下から受ける風をその身に受け、今現在空から落ちている途中のアッパーは上空から眼下に見える街並みを見て、今自分がどこにいるのか把握していた。
そこは日本の関東、某県某市にある『天つ名町』で、かつてアッパーが育った町だった。
「何でこの街に……!」
『恐らくだけど、私の『時空』とそれを阻止しようとしたスピリットの力がぶつかり合って移動先が狂ったのかもしれないわ』
だがそれでも何の因果かアッパーとこの町を繋がったのかは分からないと、テレの『念話』越しに頭を悩ませるクロノス。
取り敢えずと落下しているアッパーのためにクロノスは自身の能力を発動して落下しているアッパーの座標に空間の裂け目を展開しようとする。
『一旦戻って、対策を立てるわよ!』
「いや、このまま地球にいさせてください!」
だが帰ってきたのは拒絶の言葉だった。
アッパーのその言葉にクロノスは一瞬体の時間が止まるも、その直後にアッパーの意図を理解して諭すように声を上げた。
『アッパー君! 貴方はスピリットの影響で万全な状態でもないのよ!?』
アッパーの脳にはスピリットの力の残滓が残っているため、スピリットを前にするとその残滓を活性化されてアッパーは思うように動けないのだ。
だがそのクロノスの主張をアッパーは両断するように言葉を被せた。
「それを言うなら今この状況をスピリットは見聞きしている可能性もある! いくら向こうで対策を立ててもスピリットが聞いていれば対策なんて無意味なんですよ!?」
それにスピリットは能力者を殺す目的を持ったエネミーである。
そんな存在の下にいる仲間たちが一体どんな状況になっているかは分からないし、最悪の可能性としては既に命を奪われている可能性が高い。
「それでも俺は仲間たちを救う! 俺に生きろって言いながら自分たちの事を考えない奴らを救うんだ!!」
『……っ、分かったわ』
アッパーの思いが効いたのか、クロノスは絞り出すように了承の言葉を放った。
「! ありがとうございます学園長!」
『私は司令室で支援をするわ。先ずは今の状況を何とかしないとね』
そう、アッパーは現在進行形で落下している途中であり、このまま行けばどこかの民家に墜落するか、人気の多い場所で墜落するのが目に見えている。
だからこそクロノスはアッパーを空間でどこか人気のないところに転移させようとするが、そこでアッパーが待ったを掛ける。
「大丈夫です学園長、ここは俺に任せてください!」
『何をするつもりなの?』
クロノスが質問するもその前にアッパーが動く。
「――『全力強化』」
途端にアッパーの全身を限界まで強化の力が浸透するとアッパーは眼前に広がる人々や場所を把握し、目の前にふっと息を吹きかけた。
だが今のアッパー体は全身を全力強化されている状態であり、吹きかけた息は例えアッパーにとっては小さな力でも、実際にアッパーの肺から出てきた息はアッパーの体を吹き飛ばすほどの推進力となった。
それを数回行い、アッパーが着地する場所の上まで着くと今度は落下速度を早めるために上に息を吹きかける。
途端に強烈な風がアッパーの体を打ち付けるが、アッパーはそれをものともせずにそのまま落下していくこの状況に身を任せていた。
そして地面との距離が僅か数メートルになった頃、アッパーは息で自分の体の向きを変えて両手両足を地面に突き出した。
「……っ、ふぅ」
落下速度と自身の重さによって普通の人ならば死亡するほどの衝撃をアッパーは自身の両手両足を使って和らげ、その結果アッパーは音も衝撃もなく静かに地面に降り立ったのだ。
『……あの高所から音もなく降り立った『強化系』能力者なんて聞いたことないわよ』
「……まぁ二回目ですし、衝撃を相殺しても良かったんですけど音がヤバイので」
アッパーの脳裏にあるのはかつてディメンジョンによってロードの惑星に落とされた状況だ。
あの時の状況も遥か高所からの落下だったため、まさかあの時の経験が再び活かされるとは流石のアッパーでも予想できなかったと内心思い浮かべる。
『でも私の見立てだと普通の『強化』でも良かったんじゃない? どうして先ほどの状況で『全力強化』を使ったの?』
確かにクロノスの言う通り、今のアッパーの体ならば肺活量は勿論着地する際にも能力を使わずに着地できた。
流石に音もなく着地するのは能力を使わなれけば、厳しかった面はあるもののそれでも普通の『強化』でも問題なかったのだ。
それを『全力強化』でやるのは些か過剰ではないかと、クロノスは疑問に思った。
「理由はあります」
アッパーは周囲の様子を見ながらクロノスの疑問に答える。
実はアッパーは考えなしに『全力強化』を使ったのではなく、スピリットに対抗するために使ったというのだ。
「あの時、俺の中にあるスピリットの残滓によって激しい痛みを感じたときに俺は怒りに任せて『全力強化』を発動したんです」
その結果、アッパーを蝕んでいた痛みが和らいでいったという。
『そうか……! つまり貴方は『全力強化』を使えば使うほど、アッパー君の体にあるスピリットの残滓が消えるっていうことね!?』
「はい、そのためにはなるべく『全力強化』を使って行かなければなりません」
『なら貴方がサハラ砂漠まで行くのに私の能力じゃダメね』
クロノスの能力を使えばアッパーは即座にスピリットの元へと行くことができる。
しかしその場合、アッパーの中にあるスピリットの力の残滓はそのままであり、結局はスピリットの前では手も足も出ない状態になる。
だからこそアッパーはスピリットの力の残滓を消滅させるために『全力強化』を使わなれけばならず、そのためには――。
「――『全力強化』を使ってサハラ砂漠まで走っていく」
常人であれば耳を疑う発言ではあるが、アッパーは能力者社会類を見ない規格外な『強化系』の能力者だ。
アッパーであれば例え海上であろうともそこは走れる道であり、アッパーならば走って地球を一周することもできるのだ。
『だけど問題としては……』
「サハラ砂漠に至るまでの時間、ですね……」
アッパーの能力無使用状態での現在の身体能力は最高速度でマッハ1.5。
通常の『強化』を使用すれば最高速度はマッハ2.5となり、『全力強化』を使えばアッパーの最高速度はマッハ5となる。
世界一周であれば僅か約六時間で一周できる速さとなるのだ。
「単純に考えれば日本のほぼ反対側にあるアフリカ大陸には世界一周の半分の時間で三時間か……」
『新幹線とか飛行機感覚で世界を半周できるってそれはそれでおかしいわね……』
クロノスの呆れはともかく重要なのはサハラ砂漠に行くには三時間も掛かるということだ。
スピリットの力の残滓を消滅させるまで『全力強化』を何時間使い続ければ分からず、それに加えてエネミーの下に仲間が三時間もいるというのは流石に危険だ。
「……だがやるしかない」
そう呟きながらアッパーは能力を発動し、クラウチングスタートの体勢で走る準備をする。
だがその前に見知った気配を感知したアッパーはクラウチングスタートを止めて、目を見開きながら立ち上がった。
「……これは」
『どうかしたのアッパー君?』
実はというとアッパーがこの『天つ名町』の上空で既にその気配の持ち主を感知していた。
だからこそその気配から遠ざかるように場所を選んだのだが、どうやらその気配の持ち主はかなりの速度で真っ直ぐとアッパーのいる場所へと向かってきているのだ。
「どうして俺の場所を? いや、それよりもどうする?」
隠れるか、もしくは会うか。
そのようなことを珍しく悩ますアッパーではあったが、その逡巡の隙に来たのかアッパーの予想よりも前に現れた存在によって断ち切られた。
「……っ」
「はぁ、はぁ……広樹……? 広樹なのか……?」
先程まで走っていたのだろうその人物は息を切らせながら、アッパーの地球での名前である広樹を確認するように呼んだ。
そしてアッパーもまた自身の事を広樹と呼ぶその人物を前にその人物の名前を躊躇うように呟いた。
「……コウ」
水無月光。
一年前までアッパーと共に『天つ名町』で育ってきた幼馴染であり、アッパーの親友であった人物だ。
今回の話に出てきた最高速度とか、世界一周に掛かる時間はあくまで適当な計算ですので、実際は様々な条件で可変します。
それでももし計算が間違っていたらごめんなさい。




