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あるところに少年がいました。
少年は魔王を倒すための勇者になりました。
頼もしい仲間を引きつれて魔王を倒すために旅に出ました。
旅の中ではさまざまな困難と苦悩がありました。
それでもそれらすべてを乗り越えて、勇者と仲間たちは魔王の前へとやってきました。
そして力を合わせて魔王と戦い、ついにとどめを刺そうと剣を振りかえしたとき。
勇者はふと、思ったのです。
“あれ?見たことあるぞ?”
振り下ろされた剣に、飛び散る血に。
どこか既視感を覚えながら勇者の旅は終わったのです。
***
王命を得た勇者はどこかめんどうな思いを抱きながらも旅に出ました。
仲間に怒られながらも勇者として旅をして、少しずつ成長していきます。
周りに気付ける視野を持ちました。頼り切っていた自分を自覚しました。人を救える力があるのだと知りました。
今の自分があるのは仲間のおかげだと口にせずともずっと心の中で思っていました。
彼らに返せる恩返しは自分に課せられた使命を果たすことでしょう。
そんな思いで剣を握り、ついに魔王へと勇者の剣が届きました。
歓喜にわく仲間へ生返事をしながら勇者の視線は自らの剣と動かない魔王へと向けられていました。
***
王国の騎士は王命を受けて勇者になりました。
もとより国へ剣をささげた身。断る理由などどこにもありはしませんでした。
勇者は王命を受けて神よりさずかったと言われる聖剣を受け取り、仲間と共に城を後にします。
国に生きるすべての人を救うため、勇者は剣を振るい続けました。
仲間が無茶をしすぎだと勇者をいさめたとしても聞く耳を持ちません。
勇者として剣を振るうことは今までの彼の生き方を肯定してくれているようでした。
そう、勇者は自らの力におぼれていたのです。
仲間と共に魔王へと剣を突き立てた勇者はつきものが落ちたかのようでした。少なくとも仲間たちにはそう見えました。
勇者の肩を叩いて彼を称えると柔らかく微笑みました。
勇者の瞳には床にまき散らされた赤が焼き付いていました。
***
何が良かったのか―――悪かったのか。
とある村の村人だった青年は勇者になりました。
ろくに覚悟を持てぬまま城より与えられた仲間と共に旅に出ました。
仲間は冷たく、自分のことにいっぱいいっぱいだった勇者はもっといっぱいいっぱいになりました。
そんなときに1人の少女に出会います。
魔族に両親を殺されてしまったというその少女を安全な街まで送ろうということで少しの間一緒に旅をしました。
あんなにギスギスしていた勇者たちが少女が間に入ることで少しずつ信頼し合うようになりました。
勇者にとって少女は女神でした。
けれど少女にとって勇者は頼れる人でした。
2人の思いはすれ違い、それでも将来を誓いあい。
魔王を倒した勇者は行方をくらましたのです。
***
夢半ばで諦めることを余儀なくされた青年は、渡された聖剣を受け取りました。
今まで数々の勇者の手に渡りそしてその勇者たちに倒された魔王たちの血を吸ってきた剣です。
どこに神秘性があるのかと鼻で笑いました。
勇者になりたくなかった青年には呪われた剣としか思われませんでした。
しかし仲間の一人が勇者になった青年に言うのです。
世界を救うのは貴方で、聖剣が世界が救うのではないのだと。
世界は貴方の肩にかかっているのだと。
勇者は、貴方なのだと。
勇者は初めて聖剣を重たいと感じました。
夢を諦めさせた聖剣を軽いと感じても、決して重たいと思ったことはないはずなのに。
勇者は仲間と共に旅をします。
重たい聖剣を振るい、重たい責務を背負い、重たい足を進めます。
魔王を聖剣で貫いたとき、初めて聖剣の重みをわかった気がしました。
***
世界を救う。
そんなことを夢見た少年がいました。
おとぎばなしとして語られる、けれど確かに存在したかつての勇者に憧れたのです。
夢を叶えたかつての少年は理想と現実の違いを知りました。
仲間を振り切って故郷に逃げ帰ってしまいとすら思っていました。
救えない村がありました。救えない人がいました。救えない現実がありました。
おとぎばなしはそんなことを教えてくれませんでした。
ふるえる足を誤魔化しながら勇者は魔王の前に立ちます。
魔王を倒したとき、勇者はその場に泣き崩れました。