20.美少女戦士XXX
お光が『無事に』悪堕ちしたと連絡が来た。私はそれまでこのことについて後悔したり、悲しんだり、責任を感じたり、とにかく忙しい感情に染まっていた。けれども実際、完了したとの業務連絡を受けたとき、頭の中が真っ白になった。心の懺悔もぴたりと消え、難しいことは抜いてただ事実だけが情報としてすとんと追加された。私はこの世界の運営者の一人であって、神のようなものの一人である。神にもどうしようもなくなったり、思考停止すことがあるのだなぁという感想がぽつりとでた。そのあとやっぱり一瞬消えていた悲しみが波となって寄せてきた。
心の中が忙しい。それでも私の仕事は山積みである。今回の『邪悪な軍団プロジェクト』では、主に2つの要素がもりこまれていた。1つ目、人の心を読むサトリという妖怪役に、心理学が優秀な者をデータ管理部から借りてきてつけた。彼は妖怪サトリスキルであちこちでデータ取りに役立ちそうな人材を探し、心の隙間を読み、口八丁手八丁で篭絡して、イベントスキル『邪神の加護』で魔法使いを量産している。上ってくる報告書を見る限り、全てが平均ではなくどれかに偏った特化型の魔法使いを量産しているようだ。
2つ目は、疫病である。正義の味方の敵なのだから慈善活動なんかして人気を取られても困るのだ。手っ取り早く世間様から悪のレッテルをつけてもうために、なんだか皆が嫌がりそうで恐怖しそうなそれっぽいものということで選ばれている。この疫病はいつも新人魔法少女の誕生前にも沸かしている。魔法少女達が妖怪を倒し続ければ緩和するというもので、お題目つくりには最早テンプレとして管理調整している代物だ。この世界では妖怪が放つ瘴気が原因だということになっている。こちらサイドから見ればただの燃料である。ただいつもは魔法少女が頑張れば晴れるのに、今回のプロジェクトでの前振りとして増えたりしているため、魔法少女達への反発が起きないように、脚本なり、疫病の調整なり、とにかくあれやこれや細かくバランスを調整しなければならないのだ。
そんなわけで、この世界の実質『脚本監督』である私は上司達の無茶振りに合わせて、台本の作成修正、それの参考資料として上ってくるデータの整理と確認、プロットが上り次第変更に合わせての指示、あれやこれやそれやどれや。もういっぱいいっぱい忙しいのである。幸い、試験部隊の中の人たちはおっさんな先輩であるため、お光のときのように情操教育やら修行なんて時間が要らないのが救い。鞄の中に仕事の資料を溢れさせて、疲労困憊で死相を漂わせる狼なんて世界といわず全魂の中で私だけであると断言できる。
「中山、お前ちゃんと睡眠はとってるのか?」
「ああ、皆さん来てらっしゃったんですね。大丈夫ですよ。今日は30分寝ました」
あれから私の住処は咲さんのお家である。やってることは仕事ばかりなので咲さんちの一室からほぼ動いていないけれども。今日は合同訓練がもう終わったのか試験部隊の全員が私のいる部屋に来ていた。
「30分て。ここの感覚だと日が落ちたら上るまで寝るのが常識だぞ」
「締め切りに間に合わないので」
「冥界と同じ感覚で仕事してたらその体、傷むぞ」
みよさんは顔を合わせるたびに忠告してくれるが、どうにも時間が許さないのだ。仕方がないとしかいいようがない。
「まぁ、説教はおいといて栄養とれよ。ほら、うちから団子をもってきた」
菊さんはものすごくでかい箱を持っている。食に関して縁を繋げたのは私ですが、ちょっと多すぎでしょう。
「今、湯を沸かしている。とりあえず適当に座っといてくれ。中山も作業はストップだ」
少し遅れて家主の咲さんが取り皿を片手にやってきてくれた。多分、彼が見かねて二人を連れてきてくれたんだろうなと思う。親切心に応えてここは一時中断としましょうか。
「そういえば、はつさんは来てないんですか?」
「大黒屋の跡継ぎがどーーーしても、はつに見せたいものがあるんだってよ。拉致られた」
「あれが旦那になるのか?どうもしょっちゅう連れ出されていい連れ合いになるようには見えないんだが」
「あー、菊はしらんのか。はつの好みはヤンデレだそうだ」
「ぶっ」
菊さんだけは知らなかったらしい。みよさんは当然のように言ってるからあれは前世からの病気だろうな。そんなどうでもいい話をしていると咲さんが白湯をもってきてくれた。居候の癖に手伝わなくてすみません。
「そういうみよもあんま良い趣味だとは聞いてないんだがな」
咲さんが配ってくれる湯のみ。私の分だけ平皿です。助かります。
「そういうなよ。咲は全く聞かないんだがどうなんだ?」
「ん?俺?普通で良いんだよ、普通で。ただし女に限る」
「なぁ、もう包みあけていいか?俺待ちくたびれたんだけど」
今日のおやつは贅沢そうな甘い香りがします。縁は繋いだけれど一体どういう経緯で手に入れたんだろう。
「あー、まぁ全員に行き渡ったところで今回集まった話なんだが」
今日のおやつは理由がある集まりのようですね。咲さんが司会のようです。
「来週から軍団所属の雑魚がくるんだけれどもだ。それに合わせて軍団側は自分たちのことを『開放組』と名乗ることにしたようだ。神の支配から開放され、妖怪も人間も神に操られない人生を歩む世界が目標なんだとか」
なんだそれは。
「それ、こっちが悪っぽくないですか?そんな設定初めて聞きましたよ。
大体、私が全体脚本の責任者なのに一切聞いてないですよ」
「開放組には『やっちゃったぜ』って言われたよ。直接中山に言うのが引け目感じるらしくて俺にいいにきた」
つまり今まで書きためた台本が大量に書き直しになると。直接謝りに来いよ。そして説明してくれよぉぉぉぉ。
「まぁ、あちらさんはあちらで人身掌握で色々あるんだろうよ。後で問い詰めれば良い。でだ、こっちはこっちで組織名がない。試験部隊とはいってるが、こっちの世界の俗称がないと面倒だ。あと向こうの目的とかけ離れた名称だと釣り合いが取れないんで、それについて話し合いたい」
そういえば名前をつけていませんでした。試験部隊、とか、悪の軍団、とか仮称で台本も進めていました。多数対多数で戦うのであればチーム名がなければ資料としても知名度としてもよくないですものね。
ただ美少女戦隊の名前ってカタカナなイメージなんですよね。日本語にまとめたとすれば、制服月、可愛癒、私の記憶には婚姻桃ってのもありますよ。酷いのになればフランス語で『胸』とか。大人になって調べて絶望しました。
まぁとにかくそんな変な名前をつけたら明らかに『開放組』のがまともでかっこいいです。釣り合いは大事ですね。
「一つ確認なんですが、向こうは己の正義を主張しているんですか?」
正負の関係になるとこちらが悪っぽくなりそうですからどのベクトルでの名称なのかは大事です。
「ああ、人間は神の守護があるから妖怪の瘴気にあてられる。神の守護を切り、妖怪と同じ立場になれば人間と妖怪は手を取り合って生きていける、という思想があるらしい」
最悪じゃないですか。差別の開放運動なんてテラ正義じゃないですか。
「めっちゃこっち悪じゃん」
菊さんは正義の英雄願望があるため物凄く不満そうです。しかしながら神様サイドの事情を知っていれば正義なんてどこにもないよ、とは言いたくても言えませんね。
「世論考えるとこっちが悪にみえちまうだろうな」
「中山、今後のシナリオにも関わる。どういう方向性でつけるべきだ?」
私が持ち出した知識や常識が大事ですよね。皆さんここで少しは生活していますが感覚がやはり前世よりですから、政治思想ひとつとっても国民性だとかも考えるとうまいこと糸口は掴みにくいでしょう。これは私の仕事ですね。
「正義対正義は 分が悪いです。世論は勝ち馬に乗っかりますから。この後100年は魔法少女の正当性っていうのは必要ですし。一度でも歴史でぶれさせるのは良くはない。と、いうことで開放組がやっぱり悪ってことでありながら向こうさんが内分裂が起きないような事情がいる。そうですね、ここは主張の正当性を崩すことから考えましょう。今まで妖怪は厄病の原因だったわけですが、何故そうなったのか。そういう理由付けはされてなかったはずですよね?神敵ってだけで。何故神敵なのかって所を作りますか」
神の敵は神の冒涜者である。基本的には。しかしながら自分の敵だから悪い、という主張は人心を掌握できない。ここは人間を巻き込むしかない。神が人間を守るために敵になったというストーリーが無難だろう。さて、そうなると妖怪は神と人間を何故攻撃して、人間を仲間に引き込むのか。そこが大事だ。
神を同レベルで語りすぎるのも神格化せずによくないかもしれない。では上位存在神に対抗する組織。それは別の神がいいかな。よし、これでいこう。
「妖怪には妖怪が崇める神がいた。人間の神とは違う想像主である。妖怪が崇める神を暫定的に邪神と名づけます。神がこの世を創ったが後に邪神もこの世に現れた。邪神は神より弱く世界創造は出来ないが妖怪を生み出すことが出来た。邪神は妖怪を作り、妖怪を使ってこの世を妖怪の国にしようとした。神は自分達が創造した世界を汚し横取りしようとする邪神と妖怪を排斥しようとした。それで神と妖怪は争っている。神と邪神が人間と妖怪に力を授けて行う宗教戦争である。だから内部から人間を切り崩しにきた。けれど邪神が勝った場合、神がいなくなった世で、人間と妖怪は手を取り合っていけるのか甚だ疑問である。何故なら邪神が盗人で、先に略奪目的で争いを仕掛けてきたからである。…と、言うストーリーなら開放組は差別撤廃が目的ではないが、耳障りの良い話しかしなくてもおかしくないし、最終的には人間の敵であるってことになっていいんじゃないでしょうか?」
「中山なげぇよ」
案外よくあるパターンに収まったけれどこれだとどっちが本当かと二分する。
「各神社にそんな神話資料を配布します。ちゃんと古文書として存在させて、妖怪サイドでもこれが真のストーリーだとちらちら聞かせます。妖怪サイドからこちらに戻れないようにの工作もむこうに任せます。宗教的洗脳でも脅しでもいいでしょう。入るときの誘い文句と入ってからは違ったという形にもっていってもらいます。こんなことになったのはあちらが悪いのでちゃんと悪として修正してもらいますよ。瘴気も邪神が神と戦う武器として創った大量破壊兵器だとします。人間側に正義とはいかなくても否がなくて、正当防衛だとみせます。国民性的に正当防衛案が一番受け入れられます」
「じゃあ、正当防衛であるって主張を第一に存在しているとすれば良いんだな?」
「俺、ついていけてないんだけど」
「後で調整したストーリーを配布しますから菊さんはそのとき覚えてください。で、本題ですが、開放を主張するが結局それは悪魔の囁きでありこちらが正義であると、神の兵であると主張してもよろしいです。こちらも切り崩されましたから、あちらの組織の主張も人員も切り崩させていただきます。今まで陰陽巫女を名乗ってましたからそこから神を連想させる巫女をいれたものにしましょう。巫女をつけた正義を感じさせる名称です」
「巫女っていえばミコミコ…」
「「却下」」
「なんか十字軍の遠征みたいでこの世界的に正義っぽく感じられない胡散臭さを感じるんだが」
「十字軍の遠征だってそのときは正義でしたし、信者には今でも正義ですよ。正義の疑問視を受けるのは後の話ですし、この国まるっと信者にすれば100年持ちこたえられます。我々の手が入るうちにコントロールできればいいんです」
「中山って平和主義で正義感があると思っていたけれど、そんなことなかったぜ…」
「悪い笑顔が妙に似合うな。狼だけど」
だいぶ染まったと思いますよ。でなければ、お光のことも諦めきれるわけないじゃないですか。




