【2章・隠者は待ち続けた】
【2章・隠者は待ち続けた】
昼前に、公安六課のオフィスに着てみると美樹の姿は見当たらず、璃瑠はどこか拍子抜けしたような気分だった。
課長が昼近いにも関わらずまだ来ていなかったので、六課のオペレーターである八坂皐に聞く。
「おはようございます、八坂さん。美樹さん、まだ来てませんか?」
「おはようございます。伏見さんなら射撃場に行きましたよ」
朝から元気だな、と思いながら璃瑠は八坂に礼を言って去ろうとした。それを八坂が呼び止める。
「あぁ、管理係の狭山さんが呼んでました」
「狭山さん? 用件は何ですか?」
「そこまでは。暇な時でいいから今日中に来て欲しいと」
「了解です。今から行ってきます」
狭山亮、公安総務課公安管理係所属のベテランである。顔を会わせたことは一度しかないが、美樹を引っ張ってきたのは彼だと聞く。
見る目があったのか、ただの気まぐれか。美樹に関しての評価がいかんともしがたいので、結論を出すのには苦労しそうである。
陸自(陸上自衛隊)の候補生だった美樹を任期終了前にスカウトして無理やり公安六課にねじ込んだらしい。
特例に次ぐ特例でありある種鳴り物入りで着任したのである。なお、権限を持たないため公安からの命令以外で美樹が警察活動をすると逆に捕まる。
美樹が、ここまでの待遇を受けているのは一つの理由がある。5ナンバーと呼ばれる魔法使いだからである。
魔法は元素Maを用いた特殊な化学反応でありその反応一つ一つに確認され次第、分類番号が振られる。
その頭には魔法を大別した数字が振られるのだが、1が反応、2は干渉、3は生成、4が独立となっており、分類不可なものには5が振られるのである。この分類不可というのが厄介であり、簡単に言うと原理や理屈が分からないもの、または非常に特殊な結果をもたらすものである。
5が振られた魔法は非常に特殊で、その原理が分からない故に一部の人間にしか使えなかったり従来の魔法を超越した威力を持つことが多い。
そのため、上層部は5が振られた魔法、そしてそれを使える人間を重要視している。美樹が公安になかば強制的に連れてこられたのもその辺りの要因が絡んでいると思われる。詳しい話は璃瑠が知る由もない上に、第一美樹の5ナンバーとされている魔法を見たこともない。
なので璃瑠としては考えるのを止めにして、今までの説明が馬鹿らしく思えるほどに馬鹿な美樹の扱いについて頭を回した方が有意義とするのである。
「お久しぶりです、狭山さん」
「呼び出してすまないな。朝行ったところ伏見君は居たのだが君は着ていないと聞いてな」
「それは無駄足を踏ませたようですみません。昨日は朝方まで動いていたものですから」
言ってしまえば寝坊であるが、今日は朝から来る必要がなかったので問題ない。
「仕事熱心でなによりだな。それでだな。先日発生した拉致事件、被害者・入間沙織は革新派の鷺宮こよりとその実行グループによるものと判明してな」
「鷺宮こより……ですか」
璃瑠としては嫌な名前を聞いた。
鷺宮こより。テロリストにして優秀な魔法使い。
「鷺宮こよりが直接的な武力介入とはめずらしいな」
「何か、声明は出てますか?」
鷺宮こよりは核心派のグループの中でも穏健派である。
「いや。目的は今のところ不明だな。今は入間沙織の周辺の血縁関係を六課に探らせているな」
「ただ、鷺宮こよりが入間沙織を人質に取るとも思えませんが。革新派の中でも鷺宮こよりは穏健派です」
「入間沙織本人に何かあると見るべきかもな」
「何か、ですか」
「美樹君が言うには入間沙織の救出時、容態が安定していたことが気になるらしいな」
「……入間沙織が常時魔法発動中の部屋に一週間近く監禁されていたにも関わらず急性魔法魔法中毒にも重度魔法障害にもなっていなかった、それに鷺宮こよりが何かしらの理由で知り、興味を持ったと?」
「そこまで断定は今のところ出来ないがな」
薬師寺早苗が何かしらの目的をもって監禁していたとは考えづらいと美樹は言っていた。なにかしらの着地点を探っていたのかとも思ったが、最初から鷺宮こよりが誘拐を持ちかけていたのかもしれない。
「と、まぁ、ここまで、話したのはある種の決着だな。この件から伏見君と君は手を引け」
「それは、そちらからの命令でしょうか」
「そうだな。対テロの班に今回の件は一任して、君達は通常の任務に戻るんだな」
「了解しました。一つ宜しいでしょうか」
「なにかな」
「美樹さんを、鷺宮こよりと接触させないようにする意図は何でしょうか」
「そういった意図はないな、対テロ班の方が捜査が進展すると考えた結果だな。君達二人だけで追えるようなものでもないしな」
「そうですか」
「鷺宮こよりと伏見君のことが知りたければ本人に聞け」
「案外口が堅いんですよ」