【1-26】
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「今、私が見ているこの視聴覚講義室の視覚情報、つまり映像は魔法によって写真かなにかを基にしたデータを見せられているんだ。
魔法を用いて『誰も居ない視聴覚講義室の映像』をこの空間に貼り付けている。
このスクリーンみたいにな」
映像を止める。映画は、カップルが歩く石畳の街並を映しているところだった。
「魔法……?」
「とぼけるなよ。入間沙織に魔法中毒の症状が出ていたのはルームメイトであるお前が魔法使いだからだ。
生活時間の多くをお前の側で過ごしたからお前の魔力に当てられたんだ」
魔法は有毒だ。存在しているだけで人体に悪影響をもたらす。強力な魔法使いであればあるほど、周囲の人間も巻き込む。
薬師寺早苗が不機嫌な顔になる。電源を切った懐中電灯のストラップを指にかけて回す。プラスチックと金属が触れ合う小刻みな音がした。
「ねえ、刑事さん。私が魔法使いだって言われてもー意味が分からないんだけどー。
それにー、そんな魔法があるっていう証拠はー? 今見てるこの部屋は魔法による偽の映像だっていう証拠はー?
魔法なんてゲームじゃないんだからさー」
「この部屋が監禁場所に使われた理由は、この部屋全体を入り口から見渡して隅々まで見ることが出来るからだ。
魔法で視覚に偽の情報を流すことは出来ても、詳しく調べられたらボロが出る。
誰も居ないということを見ただけで印象付けなければならない」
「へー」
「現に、私たちが今立ってる入り口から入ってすぐのこの場所から、この部屋全体を見渡して隅々まで見ることが出来る、床に誰かが転がっていないことも分かる。
それはなぜか、……偽の情報とはいえその映像が視覚に認識されているからだ」
「ふーん」
床のカーペットに何かのシミがあることも。長机の下の網棚に何も乗っていないことも。部屋には誰かが転がっていないことも。遮光カーテンが閉まっていることも。
それらは確かに見ることが出来る。
「で、一つ引っかかる点が出てくる。この魔法は空間に景色を貼り付けているわけだが、脳に直接映像を送り込んでいるのではなくて間違った景色を見せられているだけだ。言うなれば蜃気楼に近い」
「それで?」
「なぜそれが見えるんだ?」
私の質問の意図を測り損ねて、薬師寺早苗は言葉につまる。私は入り口近くの室内灯のスイッチの前に立つ。
「物が見えるのに必要なものは3つある。光を反射する物体、それを見る人間の視覚、そしてもう一つ、光源つまり光だ」
そのどれかが欠ければ私たちは何かを見ることが出来ない。それは景色も同じだ。
しかし、この部屋には一つ欠けている。なのに、この部屋の景色は確かに見えている。
「この部屋室内灯が点いてないんだよ。遮光カーテンも閉まってて電気も消えてるのになんではっきり見えてるんだろうな。
はっきりとこの明るい部屋が」