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短編集  作者: 小林エナガ
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月明かりさえ邪魔な夜

テーマ「手」

 夜、人混みの熱気の中、涼しい風が通り抜けた。


 お互いの休みが中々重ならない中、ようやく入った夏休みの事だった。


 幼稚園からの付き合いで腐れ縁にも程がある関係だったが、女性として意識し始めたのはいつからだっただろうか。小さい時は二人で日が暮れるまで遊んだものだが、小学校の高学年になった頃にはどうにも女子と遊ぶのが気恥ずかしくて、帰り道で二人になるのも避けたかったものだ。


 だが縁とは奇妙なものでその後も同じ中学、高校、果ては大学まで同じになるとは、もう神様が何か裏で糸を引いているとしか思えなくなってくる。高校あたりになるともはや諦めに似た感情が浮かび、大学になると一つ苦笑してから開き直って子供の頃のように再び良く話すようになった。


「花火を見に行こうよ」


 そう言って笑う彼女は、なんだかいつもより眩しく見えた。花火を見に行くなんて、ましてや二人で出掛けるなんてどれくらいぶりだろうか、大学に入って接する機会は増えたとはいえ二人きりになることは無かった。


 友達に幼馴染でずっと一緒だったと言うと、付き合っているのかと冷やかされるものだがそんな事は一度もなかった。


そっけなく「別にいいけど」なんて返したが、内心顔がニヤけてくるのを隠すのに必死だった。


 いつになく浮ついた気持ちで当日を迎えた。流石に楽しみで寝付けなくなる、なんてことはなかったが、いつもより早い時間に目が覚めてしまった。


 早く待ち合わせの時間になれ、と念じながらゆったりと流れる時間に妙な焦燥感と高揚感を感じながら、その時はやってきた。


「やあお待たせ、凄い人だね」


 待ち合わせ場所に現れた彼女はキョロキョロと周りを見回した。休みの日ということもあってか見渡す限り人がたくさんいる。花火の会場に向かうカップル、待ち合わせなのか腕時計を確認しながら駅の方角を見る男性、かき氷の入ったカップを片手に笑っている子供達、様々な人が今日この日を楽しみにしているのだろう。


 道の両隣にあるどこの屋台からもいい匂いがしてくる。人々で道はごった返していてゆっくりと人の波に呑まれて移動しているようだった。


「迷子になるなよ」


 ここではぐれないように、とでも理由をつけて彼女と手を繋げればいいのだが、気恥ずかしさが勝って素っ気なく言い放ってしまう。


 時々振り返って彼女がそこにいるかを確かめる。周りにある屋台の光を頼りに彼女の顔を見つける。薄い明りに照らされる彼女の顔は、少し早いよ、と語っているようにも見えた。


 心持ち歩くスピードを緩め、距離が縮まるのをゆっくりと待つ。花火大会の会場まで、後少し。


河原にやっと座れる場所を見つけて二人で並んで草むらに腰掛ける。暑い暑い、と一息つきながらシャツをパタパタと扇ぎながら呟いた。鈴虫の鳴き声と川のせせらぎが、周りの喧騒から二人だけを別世界へと誘っているように感じた。


「もう少しだね」時計を見ながら彼女が呟く。屋台の通りからも離れて、周りは月明かりと遠くの街灯の微かな光だけで夜を形作っている。彼女は笑っているのだろうか、横顔からは判別出来ない。いっその事世界から光がすべて消えてしまえばいい、そうすればこの胸の高鳴りを少しは抑えられるだろうか。


 こんな時、どんな話をすればいいのだろう。昔は一日中話していても時間が足りないほどだったのに、何を喋れば彼女は笑ってくれるだろうか。


 何でもいい、とりあえず口を開きかけた瞬間。世界からこの一瞬が切り離された。誰もが息を呑み、目を見開いて一点を見つめる。


 一条の光が夜空へと瞬いていく。永遠とも思える一瞬の後、爆音と共に大輪の花が咲く。気づけば自然と彼女と自分の手を重ねていた。そこには何の言葉もいらなかった。次々と花火が打ち上げられる中、この手をずっと繋いでいたい。そう思った。


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