Phase 2-3:「図書カード(500円)」
オメガの解析ログが、ついに「照合可能」へ切り替わった。
【照合】
表面印字パターンを検出。
物理媒体:ザルグ携行領域に存在。
形式:人類文化圏プリペイド媒体。
ザルグは眉を動かしただけで、何も言わなかった。
携行領域。
つまり、持っている。
この現場に持ち込んでいる。
地球の紙片を。
「……オメガ。媒体の座標」
【回答】
携行領域内、左側の収納区画。
参照は“表面印字”を優先します。
「出せ」
ザルグは作業用ポケットのロックを解除した。
現場用の装備はどれも合理的で、必要最小限にまとめている。
そこから出てくるのは、工具、キー、署名装置——その程度のはずだ。
指先に触れたのは、紙より硬く、金属より軽い、妙に懐かしい感触だった。
ザルグはそれを引き抜いた。
小さなカード。
人類の手にちょうど収まるサイズ。
表面には、文字と模様。
そして——見覚えのある印字。
ザルグの視界に、オメガの照合結果が確定表示として叩きつけられた。
【照合結果:確定】
トークン名称:図書カード
額面:500円
文化分類:地球/書籍購入用プリペイド媒体
参照モジュール:安全装置(警告)
紐づき:対話ログ(人類型)
ザルグは、カードを指で弾いた。
「……図書カード?」
【回答】
はい。
人類社会における書籍購入用プリペイド媒体です。
現場での用途は不明です。
用途が不明。
それは“存在してはいけない”という意味だ。
現場には用途が明確なものしか置かない。
用途が曖昧なものは、事故の原因になる。
「なぜ、こんなものがここにある」
ザルグは問いを口にしてから、答えが出ない問いだと気づいた。
彼は持ってきたのだ。
“いつの間にか”。
そして忘れていた。
忘れている時点で危険だ。
現場に持ち込んだものを忘れる。
それだけで管理者失格である。
【警告】
ほら。
嫌な気分になった。
「……黙れ」
【警告】
嫌な気分になると、あなたは“整えたくなる”んですよ。
そして整えると、食われます。
ザルグはカードを見つめ、表面の印字をなぞった。
額面:500円。
低額。
たしかに低額だ。
だが——
低額の割に、重い。
物理的な重さではない。
運用上の重さだ。
この紙片が、監査キーに守られ、自己保護し、意識層に常駐するモジュールを起動している。
ふざけた話だ。
「オメガ。関連する対話ログの断片を引き出せ。安全装置の中身を見る」
【回答】
可能です。
ただし、対話ログは“人格データ”として整形されています。
「人格?」
【補足】
文体・語彙・ツッコミ傾向から、特定個体の会話パターンを再現しています。
推定:地球勤務時の接触データ。
ザルグはカードを握り、指先に力を入れた。
折れはしない。
だが“折って解決する”類の問題ではないことは分かる。
接触データ。
地球勤務時。
ザルグは、ほんの一瞬だけ、脳内の何かが開きかけるのを感じた。
だがそれは、今開くべき扉ではない。
現場が先だ。
アリクイが近い。
期限がある。
「……オメガ。結論。ノイズの正体は何だ」
【回答】
図書カード(500円)を参照トリガーとする、
地球由来の安全装置(警告モジュール)です。
目的:効率化の抑制。
「誰がそんなものを」
【回答】
推定:ザルグ本人が保持する“地球勤務時の記憶資産”に由来します。
ただし、個体名の特定は次フェーズです。
個体名。
そこまで言われた時、ノイズが、妙に嬉しそうな温度で割り込んだ。
【警告】
あ、やっとカード見つけたんですね。
それ、大事に持ってたじゃないですか。
ザルグはカードを見下ろしたまま、低く言った。
「……馴れ馴れしい口調に変わったな」
【警告】
もともとこうでしたよ。
あなたが忘れてただけで。
「忘れているのは、お前のせいだ」
【警告】
ひどい。
でも今は、その“ひどさ”が必要です。
ザルグはカードをポケットに戻した。
視線を上げ、工程表に戻る。
感傷はない。
あるのは、現場に混入した“地球由来のモジュール”と、迫ってくる捕食者と、残り時間。
そして——
このノイズは、ただのバグではない。
誰かの会話の癖を、確かに持っている。
ザルグは短く言った。
「……次だ。個体名を出せ。オメガ」
【回答】
次フェーズで特定します。
【警告】
どうせ、知ってますよ。
あなたが一番嫌いで、一番役に立つ——
ザルグは言葉を遮った。
「黙れ。名乗るのは許可してからだ」




