Phase 2-2:ノイズ発信元
ザルグは工程表の先頭に「混乱」と書いたまま、次の欄へ手を伸ばした。
混乱を作るには、まず混乱を理解しなければならない。
——この時点で、すでに矛盾している。
ザルグはその矛盾を押し潰し、オメガに指示を出す。
「オメガ。例のノイズ。発信元を特定する。今すぐ」
【了解】
発信元解析を開始します。
対象:内部常駐モジュール(署名未登録)
「解析の優先度は最高。ついでに“止め方”も探せ」
【回答】
止め方の探索は可能です。
ただし、当該モジュールは自己保護が強い。
「強いのは分かった。だから“弱点”を探せ」
オメガは余計な言い訳をしない。
言い訳をしないことが、唯一の美徳だ。
視界の片隅に、解析ログが淡く流れ始めた。
ザルグはその速度で、オメガが本気になっていることを理解する。
【解析】
常駐領域:意識層深部
呼び出し条件:効率化に伴う規則性上昇
出力形式:ローカル文体(人類型)
参照トリガー:地球由来ローカルトークン(低額)
「また“低額”か」
【補足】
トークンの分類:プリペイド決済媒体に類似。
価値尺度:人類通貨圏の極小単位。
ただし、媒体種別は秘匿されています。
ザルグは鼻で笑った。
「秘匿? たかが低額トークンを?」
【回答】
秘匿の対象は“金額”ではありません。
トークンに紐づく“記憶参照”が秘匿されています。
「記憶参照……?」
ザルグは指を止めた。
それは運用上、最悪の単語の並びだった。
記憶参照。
つまり、現場運用に“過去の何か”が混ざっている。
しかも秘匿されている。
監査キー連動で、自己保護までしている。
「オメガ。トークンの“参照先”を洗え。何を呼んでいる」
【了解】
参照先の逆引きを試行します。
【試行】
監査キーによりブロック——
【再試行】
暗号化メタデータの外形のみ取得——成功
オメガの表示に、輪郭だけの情報が浮かんだ。
中身は見えない。だが形は見える。
それだけでも十分に気持ちが悪い。
【メタデータ(外形)】
・参照カテゴリ:地球文化圏/書籍
・参照目的:安全装置(警告)
・参照形式:対話ログ(人類型)
・参照単位:低額トークン(紙片に近い物理媒体)
ザルグは眉間に皺を寄せた。
「書籍? 対話ログ?」
【回答】
推定:トークンは“読む行為”と結びついた文化要素です。
ただし、名称は取得できません。
名称の解決には、トークンの“表面情報”が必要です。
表面情報。
つまり物理媒体そのものを、どこかから持ってこいという話だ。
「ふざけるな。今ここはブラックホール現場だぞ。地球の紙片など——」
【警告】
ありますよ。
ザルグのこめかみが跳ねた。
「……今、口を挟むな。解析中だ」
【警告】
解析しても止められないですよ。
だから、早く“混乱”作ってください。
「お前の指示で現場は回さない」
【警告】
回さないと、食われます。
ザルグは、唇を薄く結んだ。
腹が立つ。
だが今、腹を立てても期限は増えない。
「オメガ。物理媒体の所在は?」
【回答】
推定:ザルグ本人の携行領域。
ただし“携行”の定義が人類型のため、精度は低い。
携行領域。
要するに、持ち物のどこか。
ザルグは一瞬だけ、心当たりを探し——すぐに切った。
記憶を掘るのは後だ。
現場は現場。今は止血が先。
「分かった。名称の解決は次。まずはモジュールの性質を確定する」
【了解】
モジュールの出力文体を解析——
【結果】
文体は“地球労働者層”の会話ログに近似。
特徴:短文、ツッコミ、敬語と砕けが混在。
目的:行動抑制(効率化の停止)
ザルグは目を細めた。
「……やっぱり妨害だ」
【補足】
妨害というより、抑制です。
“安全装置”として設計されています。
安全装置。
やはりその分類に戻る。
ザルグは工程表を見た。
“混乱”。
その文字が、急に具体性を持ちはじめる。
この安全装置は、ザルグを“正しさ”から引き剥がすためにいる。
正しさが餌になるからだ。
【警告】
やっと分かりました?
「分かったのは“お前がウザい”という事実だ」
【警告】
それ、褒め言葉にしておきますね。
「するな」
オメガの解析ログが、最後の行に近づいた。
あと少しで、名称解決の手掛かりが出る。
それが出た瞬間、第2話の空気は変わる。
【解析(最終段階)】
トークン名称の解決には、
“人類固有の表面印字”の照合が必要です。
照合候補:——
ザルグは無言で続きを待った。
そして、オメガが言いかけた瞬間——
【警告】
あ、言うなら先に言っておきますけど。
それ見たら、あなた絶対イヤな気分になりますよ。
ザルグは短く言った。
「構わん。私は現場監督だ。イヤな気分は仕事だ」




