Phase 1-4:消せないバグ
ザルグは警告表示を見つめたまま、呼吸を一度だけ整えた。
感情で動くな。
感情は判断を鈍らせる。判断の鈍りは遅延を生む。遅延は死ぬ。
だから、手順で潰す。
「オメガ。障害対応モードに移行」
【了解】
障害対応モード:ON
影響範囲の特定を開始します。
ザルグは工程表を閉じ、運用画面を開いた。
現場は現場だ。例外は例外として処理する。
余計な声は“障害”であり、“仕様”ではない。
「一次切り分け。発信元、経路、権限」
【解析】
発信元:内部(意識層)
経路:ローカル常駐
署名:未登録
権限:監査キー連動(外部)
「外部?」
ザルグは眉をひそめる。
外部連動の常駐モジュールが、現場運用の内部に居座る。
それだけでセキュリティ案件だ。
「承認経路の追跡。誰が入れた。いつ入れた」
【回答】
追跡不能。
当該モジュールは“挿入ログ”の参照を拒否しています。
「拒否?」
【補足】
監査キーの仕様により、挿入経路は秘匿されています。
参照には外部の承認が必要です。
ザルグは舌打ちした。
典型的な「監査のための監査」だ。
現場の効率を削ってでも、監査の形だけ整える。
くだらない。
【警告】
くだらなくないです。
今、あなたのその舌打ちも“効率化”です。
「黙れ。会話している場合ではない」
【警告】
会話じゃないです。
あなたが勝手に最適化して死ぬのを止めてるだけです。
ザルグはその文言を視界の端へ追いやる。
表示を消せないなら、無視する。
無視できないなら、隔離する。
隔離できないなら、削除する。
削除できないなら——権限を奪う。
「二次対応。隔離領域に押し込める。意識層のセグメントを切る」
【試行】
隔離処理を開始——
数秒。
空間が静かに固まったように感じた。
そして、オメガの返答が出る。
【結果】失敗
理由:当該モジュールは“深層常駐”
セグメント境界を跨いで自己複製します
「自己複製?」
【補足】
隔離を試みると、別領域へ退避して再接続します。
目的:停止回避(自己保護)
ザルグは眉間を指で押さえた。
悪質なマルウェアの挙動だ。
だが“悪質”というより、“仕様”に近い。
「監査キー連動で自己保護……。最悪の組み合わせだな」
【警告】
最悪じゃないです。
最悪は“食われる”です。
「分かっている。だから消す」
ザルグは言い切り、指示を続けた。
「三次対応。権限奪取。監査キーの偽装。署名の上書き」
【回答】
実行できません。
監査キーは暗号化され、外部で管理されています。
偽装は検知されます。
「検知されてもいい。今は——」
言いかけて、ザルグは止まった。
検知されてもいい、は現場の言葉ではない。
検知された瞬間、現場は止まる。
そして止まった現場は、納期を落とす。
ザルグは舌打ちした。二回目だ。
「オメガ。では正攻法だ。監査系統へ申請。緊急停止権限を要求」
【回答】
申請可能です。
ただし処理窓は——
「何時間だ」
【回答】
最短で72時間です。
ザルグの目が細くなる。
「……現地対応に72時間?」
【補足】
監査窓は銀河標準時で管理されています。
現地の緊急性とは無関係です。
ザルグは短く息を吐いた。
監査という仕組みが、なぜ嫌われるか。
こういう瞬間に凝縮される。
現場は今動いている。
今判断しないといけない。
なのに、許可は三日後に降りる。
【警告】
ほら。
その72時間、たぶん“許可が降りる頃には食われてます”。
ザルグは警告に反射的に視線を向けた。
腹が立つ。
しかし腹が立つ理由の半分は、この警告が「数字で」殴ってくることだ。
ザルグはオメガの提示した申請窓を見つめた。
確かに、72時間。
そしてさっき外部センサーが出した接近予測も——72時間に近い値だった。
偶然か。
それとも、誰かがそういう窓に合わせて現場を設計したのか。
「……四次対応。表示だけでも消す。通知を落とす。音を落とす。割り込みを抑える」
【試行】
通知抑制を開始——
【結果】失敗
理由:当該モジュールは“最優先(生命維持)”扱い
「生命維持?」
【補足】
当該モジュールの分類は“安全装置”です。
停止・抑制は致命的リスクと判定されます。
ザルグは無言で、表示を睨んだ。
安全装置。
勝手に脳内へ入り込み、勝手に喋り、勝手に妨害する安全装置。
宇宙の設計者の趣味が悪い。
【警告】
趣味じゃないです。
あなたの命を守ってるだけです。
「守ってなどいらない。私は現場を守る」
【警告】
じゃあ現場ごと食われますね。
ザルグのこめかみがピクリと動いた。
感傷ではない。怒りだ。
正確には、“制御できないもの”への怒り。
「——オメガ。結論を出せ」
【回答】
現状:当該モジュールは停止できません。
対応策:モジュールが反応しない状態へ、現場側を変える必要があります。
現場側を変える。
つまり——
「……最適化をやめろ、ということか」
【警告】
そうです。
ついでに、今すぐです。
ザルグは唇を薄く結び、工程表を再び開いた。
整えた線が、綺麗に並んでいる。
それは彼の誇りであり、仕事の成果であり、正しさの証明だ。
だが、正しさは時々、邪魔になる。
ザルグは“正しい工程”にカーソルを合わせた。
そして次の瞬間、その工程を——崩す選択肢を探し始めた。
「……よし。分かった。まずは“汚す”」
【警告】
やっと理解しましたか。
遅いですけど。
「黙れ。次に喋ったら——」
【警告】
消せないですよ?
ザルグは舌打ちを飲み込んだ。
無駄な動作は、効率化だ。




