Phase 1-3:謎の警告ノイズ割り込み
最適化ルーチンが走り切った瞬間、現場は静かになった。
騒音が消えたわけではない。
ドローンの推進音も、通信のパルスも、熱排出の唸りも、まだそこにある。
だがそれらが、まるで楽譜に沿った音のように「揃った」。
ザルグはその整い方に、わずかに満足する。
現場が“動く音”がしている。
「オメガ。次工程」
【回答】
次工程:再開発コアの固定。
作業ノードを——
そこで、音が途切れた。
正確には、音ではない。
意識の縁が、ほんの一瞬だけ“濁った”。
ザルグは瞬間的に眉をひそめる。
通信ノイズでもなければ、外乱でもない。
もっと内側からの、割り込み。
次の瞬間、視界の中央に、見慣れない警告が叩きつけられた。
【警告】
放射パターンが“頭良さそう”になりました。
捕食者(通称:アリクイ)に見つかります。
やめてください。
ザルグの指が止まる。
「……誰だ。今の文言」
【ログ】不明。
発信元:内部
署名:未登録
形式:ローカル文体(非標準)
ローカル文体。
非標準。
要するに——誰かの癖だ。
ザルグは唇を薄く結んだ。
現場に“癖”が入ると、ろくなことにならない。
癖は例外を呼ぶ。例外は事故を呼ぶ。事故は納期を呼ぶ。
「オメガ。表示を消せ。優先度を下げろ」
【回答】
優先度の変更に失敗しました。
当該モジュールは自己保護されています。
自己保護。
その単語がまた、ザルグの癇に障った。
「自己保護? 誰が許可した」
【補足】
許可系統:不明。
モジュールは“監査キー”に紐づいています。
現行権限では停止できません。
ザルグは舌打ちした。
監査キー。
そんなものを現場の内部に持ち込むな。
誰だ、こんな余計な仕掛けを入れたのは。
警告は消えない。
むしろ、二行目が増えた。
【警告】
真面目に仕事しないでください。
その“綺麗さ”、宇宙だと餌です。
ザルグは無言で警告文を見つめた。
……真面目に仕事をするな?
意味が分からない。
仕事を真面目にやらない現場など、存在してはいけない。
「ふざけるな」
【警告】
ふざけてる場合じゃないです。
あなたの“最適化”は、匂いになります。
匂い。
比喩として雑だ。
だが、雑だからこそ厄介だ。
言い返しにくい。
ザルグは警告の裏にある“仕組み”を探ろうとした。
これは脅しではない。感情でもない。
条件に反応して出ている。
「……オメガ。発火条件を出せ」
【解析】
当該モジュールは以下に反応:
・廃熱の規則性
・通信同期率
・輸送動線の単純化
・構造の自己相似性
ザルグは一瞬だけ言葉を失った。
それは彼が今、まさにやったことだった。
輸送を単純化し、通信を同期し、熱排出を整え、構造を揃えた。
現場を“正しく”した。
その結果にだけ反応する、口の悪い警告。
【警告】
ほら。
やってること、全部“おいしそう”です。
「……おいしそう?」
【警告】
捕食者は、賢くて綺麗な文明が大好物なんです。
だから、やめてください。
ほんとに。
“ほんとに”で締めるな。
説得力が下がる。
下がるが——なぜか腹の底が冷える。
ザルグは、現場の廃熱モニターを開いた。
散逸は複数経路に分割され、局所的な熱溜まりは解消されている。
それ自体は正しい。
しかし放射の波形が、確かに綺麗だった。
滑らかで、周期があり、変動が予測できる。
“管理されている熱”は、見る者にとって分かりやすい。
分かりやすい、ということは——
観測されやすい、ということでもある。
「オメガ。外部監視。捕食者指標を更新」
【指示受領】
アリクイ監視指標を更新します。
【更新】
・廃熱スペクトル規則性:上昇
・通信同期率:上昇
・圧縮率(推定):改善
・自己相似性:上昇
数字が並び、ザルグは喉の奥で舌打ちした。
全部、良い数字だ。
良い数字のはずだ。
なのに——警告はこう言っている。
それは餌だと。
【警告】
そういう顔しないでください。
その顔、次にもっと効率化しますよね?
「しない」
【警告】
嘘だ。
だってあなた、効率厨ですもん。
「誰が効率厨だ」
【警告】
自分で言ってましたよ、さっき。
“現場は整えれば動く”って。
ザルグは言い返そうとして、やめた。
口喧嘩をしている場合ではない。
これは現場の内部に入り込んだ、制御不能のモジュールだ。
まずは封じる。次に原因を潰す。
「……オメガ。隔離領域に押し込め。通信権限を奪え」
【回答】
隔離を試行——失敗。
当該モジュールは、意識層の深部に常駐しています。
参照元は外部監査キーにより保護されています。
「最悪だ」
【警告】
最悪は、これからです。
もう匂ってます。
ザルグは即座に外部センサーを開いた。
そして、嫌な値が一つ立ち上がるのを見た。
まだ確定ではない。
だが、兆候としては十分すぎる。
「……来るのか」
【警告】
だから言ったじゃないですか。
真面目に仕事しないでって。
ザルグは画面を閉じ、短く息を吐いた。
感傷はない。
怖がってもいない。
ただ、腹が立っている。
現場に、余計な声が入り込んだ。
しかも、消せない。
しかも、言ってることが——たぶん正しい。
ザルグは、工程表をもう一度見た。
整っている。美しい。正しい。
だからこそ、まずい。
「……作戦を変える」
【警告】
遅いです。
「黙れ」
【警告】
黙れません。
食われるので。
ザルグは歯を鳴らし、次の手を考え始めた。




