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Phase 1-1:現場着任

ザルグは転勤先の宙域に入った瞬間、鼻で笑った。


——ブラックホール周辺再開発。

人類圏の現場監督たちは、この言葉にやたらとロマンを見出す。

「宇宙の深淵」とか、「終末の景色」とか。

しかしザルグにとっては、ただの現場だ。


深淵だろうが何だろうが、工程は工程。

資材は資材。

納期は納期である。


「オメガ。現場の全体図」


返事の代わりに、視界の片隅に淡い図面が立ち上がった。

重力井戸に沿って曲線を描く輸送路、周回する資材集積所、点在する作業ノード。

小さな欠陥が、すでにいくつも見える。


ザルグは、深く考えない。

見えたら直す。

直さない理由がない。


「……まず、配線が汚い」


宙域に固定された仮設の通信ブイ群が、ぎこちなく同期を取り合っていた。

規格が混ざっている。命名規則がない。ログもバラバラ。

一目でわかる。誰かが“その場しのぎ”で足してきた。


ザルグは指を鳴らす。


「規格、統一。命名、統一。ログ形式、統一。優先度は高」


【指示受領】

通信系統の棚卸しを開始します。


次。

資材。


資材の集積所は必要以上に散らばっているくせに、肝心な所に足りていない。

結果、作業ノードが毎回“取りに行く”。

宇宙で移動はコストだ。燃料だけじゃない。時間と、事故と、報告書の枚数が増える。


「在庫の偏りを是正。集積所を整理。輸送線、最短化」


【解析】

現状、輸送の冗長率は——


「冗長率はいらない。直せ」


【回答】

了解。


ザルグは“数字の説明”を好まない。

数字は結論の裏づけとしては有用だが、結論を遅らせるなら害である。

現場では、特に。


そして最大の問題は、熱排出だった。


ブラックホール近傍での作業は、重力そのものより、熱の扱いが面倒になる。

局所的な熱溜まりができる。拡散が偏る。放射が筋になる。

筋は——目立つ。


「熱排出の散逸制御、未整備。ここが事故る」


【解析】

現状の廃熱は……


「後でいい。まず配管。熱は“美しく捨てるな”。散らせ」


【警告】(※まだ出ない。ここはザルグの独り言で止める)

 ——


ザルグは自分の口から出た言葉に、一瞬だけ違和感を覚えた。

“美しく捨てるな”。

現場教育の基本文句としては少し妙だ。


だが違和感はすぐに消えた。

違和感より納期の方が確実だからだ。


「——現場の目的を再定義する」


ザルグは工程表を開き、全体を俯瞰する。

作業ノードは多い。だが役割が被っている。責任境界が曖昧だ。

つまり、すぐ揉める。揉めると納期が死ぬ。


「責任境界を引く。担当を割る。意思決定の窓を固定する」


【指示受領】

権限テーブルを生成します。


ここまでやれば、現場は回り始める。

回り始めれば、あとは進捗を見て、遅れを潰して、納期を守る。

それがザルグの仕事であり、得意分野であり、存在理由だった。


ザルグは満足げに頷いた。


「よし。これで“普通の現場”になる」


ブラックホールが背景に口を開けていても関係ない。

宇宙がどれだけ不気味でも関係ない。


現場は、整えれば動く。

動けば、終わる。

終われば、次の現場へ行ける。


——いつも通りに。


ザルグは、いつも通りに、その第一手を打ち終えた。

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