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奥手な二人は脱いだら淫ら(R15版)  作者: 矢崎未紗
第一章 曖昧な理想

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第03話 初めて見上げる星空(下)

 一泊二日の新歓合宿は盛況に終わり、桃音たち一年生は、早くも八月の夏合宿が待ち遠しくなった。夏合宿は新歓合宿で訪れた首都特区の外れよりもさらに遠い場所の、もっと標高の高い場所を目指すそうなので、よりいっそう密度の高い星空が見えるそうだ。ただし晴れれば、ということで天気だけはどうしても読めないが、天文研究会の一年生は誰もが皆、雲一つない晴れを願った。

 とはいえ、夏合宿はまだまだ二カ月以上も先だ。その前に毎日のように講義があるし、レポートの提出も都度求められる。前期の終わりには試験が行われる講義もあるし、最良の成績を目指す桃音は勉学に励んでいた。


「なあ、謙志」

「なんだ」


 一方で、一年生の桃音たちに比べて少しだけ余裕があるのが、三年生の謙志たちだ。卒業に必要な単位はほぼ取得しており、あとは必修科目の講義の単位をとって卒業論文を出せば、必ず卒業はできる。しかし、スポーツ科学科は学ぶ内容が多い学科であるため、卒業に必要な最低限の単位数を確保するための講義で学ぶ知識だけでは、将来的に不安がある。卒業後にやりたいことが明確に描けている学生ほど、単位数ではなく学びの内容に重点を置いて、カリキュラムを組んでいた。

 謙志と将樹もそうした意欲の高いほうの学生で、とっている講義の数は一年次の時に比べれば少ないが、ほかの学部の三年生と比べれば多い。とはいえ、講義と講義の間が空いてしまうこともあるので、その時はこうして天文研究会の部室に来て、それぞれマイペースに過ごしていた。


「お前さ、舟形ちゃんのこと、好きなの?」

「はあ?」


 偶然にもほかには誰もいない部室で、謙志はノートパソコンを開いて最近撮った写真のデータ整理をしていた。将樹は今日はあまりやる気がないのか、部室に置いてある少し古めの少年漫画を開いて読んでいたが、おもむろにそれを閉じて謙志に話しかけたのだった。


「だってほら、合宿の時……上着を貸してたじゃん」

「あれは……あいつが薄着でくしゃみをしてたから……」


 新歓合宿で謙志は、いつもどおり写真撮影をメインに活動していた。

 夕暮れ時の観賞の際、いくつかの満足いく写真を撮ったあとに、謙志はふと桃音を探した。桃音は相変わらず結美とべったりくっ付きながら、楽しそうに空を見上げていた。だが、その格好はずいぶんと薄着であるように見えた。長袖と長ズボンは着込んでいるが、それは平地で着るような普段着のパーカーで、決して登山装備などではない。今はまだ平気かもしれないが、夕飯後の深夜近くに行われる予定の観賞会でもその格好では、かなり寒いだろう。老婆心ながらにそう心配した。

 そして案の定、夜になると外はもっと冷え、ずいぶんと続くくしゃみは誰のものだろうかと思ってそちらに視線を向けると、暗闇の中で桃音が寒そうにしていた。

 何かほかに、着るものはないのだろうか。部屋に戻って上着を取ってくるということはしないのだろうか。謙志はカメラのレンズ越しに空を見上げつつも、時折桃音を見やった。しかし彼女は、小さなレジャーシートの上に座ったまま動くことはない。羽織れるものはもう持っていないのだろう。

 そのままでは風邪をひいてしまう。それはかわいそうだと思ったから、謙志は自分が着ていたウィンドブレーカーを貸したのだ。ただそれだけだ。


「でもさ、今まで何度も合宿はしてるけどさ、くしゃみをしてる女子にお前が上着を貸したのなんて、初めてじゃん?」

「そうか?」

「そうだって。自分でわかってるだろ?」


 まあ、そうかもしれない――謙志は胸中でそう相槌を打った。

 たしかに、これまで「薄着で寒くないのか」と女子に対して思ったことは何度かある。謙志はここよりも寒い地域の出身なので防寒対策の大切さはよく知っており、一年の頃から、合宿の際の装備に抜かりはない。しかし都会出身の者は夜の山の寒さを知らず、事前に案内をしているとはいえ、特に一年生だと自然環境を甘く見て装備をおろそかにすることはままある。だが、自分が寒くなることを承知で自分が着ていた上着をわざわざ貸したのは、桃音が初めての相手かもしれない。


「だからって、別に好きなわけじゃない」


 謙志は将樹に対して強く否定した。

 小柄で、まだまだ年相応の子供っぽさがあって、垢抜けしきれていない舟形・エリーズ・桃音というサークルの後輩の女子。左目の泣き黒子は印象的だが、ほかの女子に比べて抜きん出た美人というわけでもない、平凡な一年生。人とのコミュニケーションが苦手というわけではないのだろうが、聞き役に徹することが多く、あまり多くを自分で語らない、控えめな性格の印象の女の子。

 好きなわけではない――と、謙志は思う。けれども桃音の声は、初対面のあの日からずっと、謙志の心を小さく揺さぶっている。考えないようにしようと何度も自制をしてきたが、彼女の声を聞くと、ついつい期待してしまう。自分が無意識のうちに理想としていた声なのではないかと――理想の関係が築けるのではないかと。目を見張る美人ではないが、控えめに笑うところは正直に言ってかわいらしく思う。その笑顔を自分に向けてくれないかと――その優しい笑顔で自分に淫らなことをしてくれないかと、思わず夢想してしまうほどに。

 だが、現実の彼女を見て謙志は冷静になるのだ。自分が抱いているいかがわしい妄想に、彼女を付き合わせるべきではない。桃音はきっと、とても普通に誰かとゆっくり恋をするだろう。その相手は自分ではないと。


「うーん……」

「なんだよ」

「いや、なんかさ……舟形ちゃんと謙志って、ちょっと似てるじゃん?」

「どこがだ。全然似てない」

「似てるよ。なんつーか……そう、奥手っつーか」

「向こうは奥手に見えるけど……俺は違うだろ」

「いやいや、謙志も奥手なほうじゃん? 自分から女子に告白したことはなくて、いつも女子のほうから告ってきたじゃん。自分から攻めたことはないだろ」

「攻めるって……変な表現をするなよ」


 スポーツじゃあるまいし、恋愛関係に攻めも守りもないだろうと謙志は思った。


「それに、似てるとしても、それがなんだよ」

「いや、ほら、似てるからさ……くっ付くまで時間はかかるかもしれないけど、くっ付いたら同じ速度で歩いていけるんじゃないかなーって」

「将樹、なんで舟形のことをそんなにつつくんだ?」

「うーん……うーん……実はさ」


 将樹は漫画を書棚に戻すと、椅子に座り直して姿勢を正した。


「俺、井口ちゃんがさ……結構、その……気になってて」

「井口……?」

「それでさ、その……積極的にアピールしたいわけではないんだけど、なんかちょっとこう……距離を縮められたらいいなって……思っててさ」

「それで俺と舟形とくっ付けたいのか」


 将樹は、桃音の親友である結美を気に入ったらしい。まだはっきり好きだと明言できるほどではないのだろうが、サークルの先輩と後輩という関係よりは、もう少し個人的に親しくなりたいのだろう。それを自然な形で実現するために、謙志と桃音にも良い仲になってもらい、グループ交際のような形で仲良くなりたい――それが将樹の狙いのようだ。


「そんな回りくどいことをしなくても、お前が井口と個人的に仲良くなればいいだろ」

「いやいや……ほら、井口ちゃんと舟形ちゃんって、基本ずっと一緒じゃん? 二人が仲良しだからだけど、たぶん、異性に対してかなり警戒心が高い証拠だよ。一対一で距離を詰めようとしたら、間違いなく二歩でも三歩でも遠くに逃げられちゃうって」

「お前は狩猟でもしてるのか」

「違う! でもさ、ほら、女子が固まってる時って、だいたいが身を守るためじゃん? きっと女子校出身で男に慣れてない自覚があるから、隙を見せないようにしてるんだよ。軽薄な感じで近付いたんじゃ、絶対にいい印象を持たれないんだって」

「すでに持たれていない可能性は?」

「うっ……それは……言ってくれるな。大丈夫だ、俺は〝気さくなサークルの先輩〟というポジションにちゃんといるはずだ」

「なら、そのポジションから慎重に距離を詰めればいいだろ。俺と舟形を巻き込まないで」

「それじゃ勝算がないんだってば~」


 そもそも、はっきり好きだと思うほどにまだ気持ちが熱くなっていないのなら、気負わずに自然と親しくなればいいじゃないか。警戒心の高い相手ならなおさら、ごくごく普通に接したほうがいいんじゃないか。


「一人で頑張れ」

「そんな~謙志~」


 将樹が結美の心を射止めるために協力できることはあるかもしれないが、少なくともそれは、自分と桃音がくっ付くということではないように思う。それに、自分に異性との付き合いができる気はしない。付き合うという形だけでいいのなら、元カノたちとの付き合いのようにすぐにでもできるだろうが、理想の女の子が相手でなければ、手をつなぐ以上のことは何もできないだろう。

 実際に何もできずに終わった過去の苦い経験を踏まえて、謙志はそう思った。



   ◆◇◆◇◆

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