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奥手な二人は脱いだら淫ら(R15版)  作者: 矢崎未紗
第四章 淫らな我慢

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第19話 逃げてすがる姿勢(中)

 夏合宿で想いを伝え合い、晴れて恋人同士になった桃音。

 九月はデートと本当の性行為をして過ごし、正直、大学生活の中で一番充実した時間を送れたと思う。

 けれども、夏休みはもう終わったのだ。桃音も自分も、学ぶために大学に来ている。学業が最優先という点は二人で了承しているので、学業よりも恋人を優先するという発想はない。


(とはいえ……週の中でどこか、定期的に時間が合えばいいなとは思うけど)


 前期の金曜日の午後のように、毎週必ず一緒に過ごせる時間があると嬉しい。謙志の部屋でえっちに過ごしたり、二人で少しどこかへ出かけたり、あるいは図書館などで一緒に勉強をしたり、どんな過ごし方でも構わないから、桃音との時間はたしかに欲しい。


「希望があるなら、ちゃんと舟形ちゃんに言えよ? 黙ってたって、何も伝わらないんだからな」

「わかってる」

「はあ……なんか心配だなあ」


 将樹は深いため息をついた。

 堅物な謙志は、将樹から見たら、正直に言って異性との付き合い方が未熟だ。桃音とはうまくやれているようだが、元カノと付き合っていた時の謙志は、本当に気が利かない男だった。


(まあ、あの時は付き合おうって言われたから付き合っただけ、ってスタンスで……そもそも、謙志は相手のことが好きだったわけじゃないしな。謙志にとっては、舟形ちゃんが初めての本当の恋愛相手で……いろいろ理解するのはこれからなのかねえ)


 時間割の冊子に視線を落としながらホットティーの入ったカップを優雅にすする向かい席の謙志の表情をちらりと見やり、将樹は考える。


(あれ……そういえば、謙志の元カノって……)

「相変わらず、二人は一緒にいるのね」

「っ……!」


 その時、ハンバーグ定食の乗ったトレイを持った女性が、将樹の隣の席にすっと腰を下ろした。その女性の隣には、友人と思われる別の女性が座る。


「え、あっ、え……村山? 帰国したんだ?」

「ええ。後期からまた、玉苑スフィア大学の学生よ。向こうでの単位が認められたから、二人と同じ、三年次」


 村山と呼ばれた女性――村山・ジョアンナ・華純はそう言ってにっこり笑うと、向かい側に座っている謙志に視線を向けた。


「一年ぶりね、謙志。元気にしてた?」

「え……ああ……」


 突然登場した華純の存在に、将樹と同じように謙志も驚いた。そして、頭の中が急に真っ白になり、表情も身体も不自然に固まってしまう。


「なんか、少し雰囲気が変わったわね」

「そう……か?」

「ええ。前より男前になった気がするわ。新しいカノジョでもできた?」

「え……いや……」


 華純は友人としての距離感で気さくに尋ねてくるが、そんな華純に、謙志は的確な返事ができなかった。なぜならこの華純こそ、約一年前に二カ月ほど付き合った、謙志の元カノなのだ。

 自分と別れたあとに海外へ留学をしたことは、人脈の広い将樹から聞いて知っていた。しかし、帰国していたことはまったく知らなかった。

 華純との付き合いは、彼女から告白されて、数回彼女とデートをして、手をつないでキスもしたがそれ以上先に進むことはなく、彼女が別れを切り出したので淡々と了承した、というもの。ただそれだけだった。何かとてつもなくこじれたとか、ひどい喧嘩別れをしたというわけではない。

 だが、付き合う前も別れたあとも、彼女と「友人」として関わったことはない。華純は友人として話しかけてきているようだが、華純のことを友人だと思ったことのない謙志は、いったいどんな距離感と温度でコミュニケーションをとればいいのか、まったくわからなかった。


「そうなの? 凛々しくなったっていうか……そんな感じがするのに」

「別に……」

「あー、あれじゃないか。謙志さ、夏休みに教授の紹介でプロ野球チームの練習を見学させてもらったんだって。それで結構、刺激があったみたいでさ」


 口数の少ない謙志をフォローするように、将樹はそう説明した。

 すると、華純の隣にいた華純の友人が、「え、プロのチームの練習を見学って、すごくない?」と目を輝かせる。将樹はその友人に、「だろ? まあ、スポ科の教授って、スポーツ界に人脈のある人が多いから」と付け足した。


「すごいわね。卒業後の将来のことを考えてのことなんでしょ?」

「まあ……」

「さすが謙志。真面目に将来のことを考えてる人って、素敵だと思うわ」

(あ……これは……)


 華純の目がわずかに細くなり、どこか甘ったるい空気を出しながら謙志を見つめる。

 謙志はそんな華純をほとんど見ず、テーブルの上にぼんやりと視線を落としているので気付いていないだろうが、人の機微に聡い将樹は、すぐに華純の狙いに気が付いた。


「あたしも留学して学んだつもりだけど、まだまだ将来のことはよくわからないのよねー。だから、たまにはこうして、謙志から真面目な空気をわけてもらおうかしら」


 華純はナイフとフォークでハンバーグを切り分けながら、冗談めかして言う。

 そんな華純になんと返すべきかわからない謙志は、何も言わずに黙っていた。


「ま、まあ……村山と俺らじゃ学部が違うし、俺ら、講義が結構あるから、あまり学内で一緒になることはないと思うけど」

「そうなの? じゃあ、時間割が決まったら教えてよ、謙志。あたしが合わせるから」

(は……? 何をだ……?)


 華純が何を言っているのかわからない謙志は、眉間に皺を寄せた。

 華純は元カノだが、友人という関係を構築していたわけではなく、正直謙志にとっては、名前を知らないそのあたりのほかの学生と大差のない存在だ。そんな相手に、わざわざ時間割を教えて、合わせてもらう必要など何もない。そもそも、何を合わせるというのだろうか。まさか、こうして一緒に空き時間を過ごそうということだろうか。


(それは……嫌だ……)

「謙志? 聞いてるの? あ、それとも、もう時間割は決まってたりする? ねえ、大学に来るのはいつなの?」


 謙志の困惑には気付いていないのか、それとも気付いていながら、あえて無視をしているのか。

 やけに一人で話を進めている華純の雰囲気に、謙志は言葉にならない嫌悪感を抱いた。そして思い出した。付き合っていた時、華純は深い関係になることを、やたらと急いていた。「男なんだから、謙志があたしの身体に手を出してよ」と、あからさまな言葉にせずとも、そんなプレッシャーを与えてきているように感じていた。「仕方ないから、あたしがリードしてあげる」という雰囲気を出されたこともあったが、そのどちらも、謙志が感じたのは、なんだか自分がとても蔑ろにされているような心地だった。


「将樹、先に行く。またな」

「えっ、あ……お、おう」


 華純が放ってくる妙な空気から逃れるように、謙志は素早く手荷物をまとめると、リュックを片方の肩に掛けて、将樹に一言残して大股で食堂を去っていった。

 残された華純はそんな謙志の背中を少しだけ視線で追ったが、残りのハンバーグを食べながら、将樹や隣の友人と食事が終わるまで談笑を続けたのだった。



   ◆◇◆◇◆



(桃音に……会いたい)


 将樹を置いて食堂を出た謙志だったが、オリエンテーションが終わって昼食も終えたいま、急いですべきことや、行くべきところは特にない。夜のアルバイトまでまだだいぶ時間があり、手持ち無沙汰だ。履修登録のためにPCルームへ行ってパソコンをさわってもいいのだが、それよりもなんだか、無性に桃音に会いたい気持ちだった。


 世間一般的には、別れた恋人との関係というのは、どうあるべきなのだろうか。

 付き合う前は「友人」だったのなら、友人という関係に戻ればいいのかもしれないが、華純と自分はそうではない。少なくとも自分は、華純から告白されるまで彼女のことを知らなかった。付き合う中で多少なりとも彼女のことを知ったが、別れた元カノである華純のことを「友人」というカテゴリーに入れるのは、なんだか違う気がした。

 華純はあくまでも元カノ――付き合っていたが、すでに別れた女性というだけの存在だ。正直、今さら彼女と友人になれる気はしないし、その必要性も欲求も、自分の中には一切ない。

 そんな存在に対して自分がどう振る舞うのが正解なのかわからず、謙志は妙な息苦しさを覚えた。そしてその息苦しさから解放してくれるのは、いま付き合っているカノジョ――桃音だけのような気がした。


(なんか……情けねぇな)


 四号館のPCルームに行く気にはなれず、謙志は図書館がある三号館に向かった。しかし図書館には入らず、一階ロビーにあるソファに腰を下ろし、リュックの中からミネラルウォーターのペットボトルを取り出して、一口飲む。


(普通ならもっと経験を積んで……うまく立ち回れるんだろうな)


 異性関係について、自分は本当に経験が浅いのだと思い知る。

 将樹のように、誰に対しても朗らかでなく、殊異性に対してはなるべく関わらず、避けるようにして生きてきてしまったせいで、女性へのスマートな気遣いもできないし、元カノへの対応もわからなくて、こんなふうに逃げている。そんな自分はとても青臭くて、そして我ながら情けない。対人関係における自分の未熟さを、謙志は恥じた。


(桃音……)


 謙志はリュックの中からスマホを取り出し、メッセージアプリを立ち上げる。

 桃音との最後のやり取りは、昨日の夜。今日は三年次のオリエンテーションがある、という話をして、「後期の授業も、お互いに頑張ろうね」という桃音の返事で終わっていた。

 将来に悩み、しかし将来のために勉学に励もうとする桃音の姿は、自分も頑張ろうという気持ちを謙志に湧き起こさせる。プロ野球選手のトレーナーになりたいというのは自分自身の中から発生している気持ちだが、最近では「桃音に誇れるようになりたい」という気持ちも、そこに色を乗せている。


<会いたい>


 謙志はアプリの入力欄にそう打った。しかし送信ボタンは押せず、ぼんやりとその画面を見つめてしまう。

 今の自分は、華純に感じた妙な空気から逃げたい未熟者。元カノから逃げて、今のカノジョに癒してもらいたいなど、なんて自分勝手で弱気なんだろうか。そんなふうに自分を責める声が、それ以上のスマホの操作を許さない。


(でも……)


 それでも。

 いま、桃音に会いたい。会えたらきっと、安心できる。その安心感が欲しい。


(桃音……)

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