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奥手な二人は脱いだら淫ら(R15版)  作者: 矢崎未紗
第四章 淫らな我慢

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第19話 逃げてすがる姿勢(上)

 大学生の夏休みは長い。けれども、恋に勉強にアルバイトに、と忙しくしていると、長い休みもあっという間に過ぎていく。

 正真正銘の初めての性行為をしたあとも、謙志と桃音はあまりお金のかからないデートをして、謙志の部屋で身体を重ねた。またラブホテルに行ってもいいのだが、少なからずお金がかかるし、少し特別なえっちのときに行くほうがなんだかいいね、という話になったからだ。

 桃音は付き合う前と同じように、謙志を誘惑しておきながらじらして我慢させて、小悪魔的な艶美さを見せる。そんな桃音に、謙志はますます夢中になった。

 本当に、桃音の言うことやすることすべてが、ずっとされたいと思っていたことばかりなので、これはとても都合のいい夢で、この夢が覚めてしまうのではないかといっそ不安に思うほどだった。


 天文研究会は九月の終わり頃にも秋合宿を行った。桃音は残念ながら不参加だったが、参加した結美と謙志からたくさんの写真を見せてもらい、高山で見上げる星空に思いを馳せた。夏合宿で謙志に告白できたのは、暗き天を惜しげもなく照らすあまたの星々の導きがあったからだと、桃音はあらためて思った。

 そうして九月末、大学はまずオリエンテーション期間をむかえた。後期の授業ガイダンスなどが行われ、学生たちは時間割を組んで履修登録を行うのだ。


「桃音はどんな感じになりそう?」

「うーん……あまり変えたくないんだけど、結構前期と変わりそう。大学生の時間割って、こんなに変則的になるんだね」


 オリエンテーションを終えた桃音と結美は、校内のカフェテリア「ラ・レン」の四人掛けの席に向かい合って座り、それぞれ時間割の冊子を開いていた。


「そうだね。一般教養科目とか、学部、学科の必修科目とか、通年でとらないといけない授業以外は、前期と後期でかなり内容が違うよね。私も結構変わるから、バイトができる日も変わりそう」

「うーん……」


 せっかく通わせてもらっている大学なので、とれる講義はとりたいと桃音は思う。しかし、優秀な成績を修めて学費免除の資格を得るためには、ただ講義を受けて単位をとるだけでは不十分だ。勉強時間をしっかりと確保して学びを深め、より良いレポートを作成し、試験で高得点を出して最も良い評価を得る必要がある。それに――。


「松浦先輩のほうも、どう変わるんだろうね。一緒にいられる時間、欲しいよね?」

「うん……あまり高望みはしちゃいけない、って思ってるんだけど……」


 それに、謙志と一緒に過ごす時間は作れるだろうか。

 前期はたまたま、金曜日の午後が二人とも時間に余裕があったので、謙志の家に行って破廉恥な行為をすることができた。ほかの曜日も、桃音が少し早めに大学に来れば、講義が始まるまで部室で謙志と話せる時間もあった。だが、後期はどうなるだろうか。


「勉強が第一だし……」

「そうだね。桃音はそこ、絶対にブレないから大丈夫だと思ってるよ」


 父と兄と姉。三人が学費を出してくれているから、自分はこの私立大学に通えている。その三人と、そして家事を引き受けて支えてくれる母のためにも、何よりも勉学優先で過ごしたい。

 その方針が揺らぐことはないのだが、天蔵グループを率いる秋良に夏のパーティーで言われたことが、桃音の中でずっと引っかかっている。


 経営者になって多くを稼ぎ、家族に恩を返すこと――それが大学を出た先で自分がすべき、したいと思う目標だった。けれども、本当にそれでいいのか。

 桃音はまだ、何も具体的に考えることができていない。

 いったいどんな会社を経営したいのか。経営者になる手っ取り早い方法は自分で起業することだが、その選択肢は自分の中にないのか。地道に働いて成り上がり、いつか経営陣に加わることができればいい――その程度なのか。達成までかなり時間がかかると思われるが、それは気にしないでいいのか。経営者になることは、本当に収入を多く得られることなのか。そもそも、自分が働き、経営する会社は、どの業界のどんな企業がいいのか。

 将来に対する自分の考えは、とことん浅かった。そう自覚できたいま、では何をすべきか。何を考えるべきか。後期の時間割を考えるだけでも、桃音の頭の中ではそうした将来の悩みがふわふわとその存在を主張していた。


「結美ちゃんのお母さんは飛び級して、大学部は二年で卒業したんだよね? どんな時間割だったのかな」

「えーと……とにかく一時限から五時限までびっしりだったらしいって聞いた気がするけど……でもママの場合は理系の大学だし、文系とは少し違うかも」

「そっかあ……」

「玉苑スフィア大学も飛び級制度はあるし、桃音もやろうと思えばできそうだけど……それよりも、学費免除制度のほうを使いたいんだよね?」

「うん。前期と後期の成績次第で、次の年度の学費が免除になるから……その資格がとれれば、飛び級するよりも、お父さんたちの負担はだいぶ減らせると思う」

「桃音は勉強が好きだからねえ。学者とか先生とか、そういう進路もよさそう」

「ど、どうかな……。すでにあることを学ぶのは好きだけど、自分で新しいことを深く考えたり、人に教えたりは……」

「ちょっと違うかあ」

「うん……」


 経営者に絞らずとも、進路はいくらでも考えられる。様々な選択肢を得て可能性を広げるために大学という場所で学んでいるのだから、あれこれと探ってみるのも手だろう。大学に通う時間というのは、そうやって将来についてゆっくりと考えることが許されている貴重な時間なのだ。


「毎日は難しくても、行き帰りとかお昼ご飯とか、一緒にできるときは一緒にしようね!」

「うん」

「でも、松浦先輩と一緒のほうがいいかな?」

「えっ、べ、別に……」

「別に、なんて言ったら松浦先輩がかわいそうだよ~。松浦先輩のほうが、桃音と一緒に食べたがってるかもしれないし」

「でも……謙志くんは野中先輩と一緒に食べるだろうし……結美ちゃん、野中先輩がいたらちょっと気まずい……でしょ?」


 桃音は恐る恐る、結美の表情を見やった。

 将樹との関係について具体的に何かがあったとは、結美からは聞いていない。将樹からも、謙志を通して結美のことを尋ねられ、そして正直に答えたが、それだけだ。

 それでも、桃音は結美を気遣った。明確な何かがなくても、心をざわつかせる何かしらの感覚を、結美は抱いているような気がして。


「うーん……たぶん、もう平気。私がとってほしいと思ってる距離を、野中先輩、とってくれるようになった気がするから」


 すると結美は、気まずそうな表情で答えた。

 結美は美人だ。それでいて愛嬌があって、初対面の人とも気さくにコミュニケーションがとれる。そんな結美に、簡単に惚れてしまう男は少なくない。

 だが内なる結美は、そう気安く自分のテリトリーに近付いてきてほしくないと思っている。そんな内なる結美に気付かずにぐいぐいと距離を詰めてくる男が、結美の恋愛対象に入ることはない。

 将樹は細やかな気遣いができるタイプで、結美の警戒心の高さにも気付いていた。だから強引なアプローチなどはされなかったが、将樹を一人の男性として受け入れる気は、残念ながら結美にはなかった。


「私、野中先輩が嫌いなわけじゃないのよ? でも違うの。私に合う人じゃないの……。だから、同じサークルの優しい先輩、ってポジションから動かないでほしいの。自分勝手だよね」

「ううん、いいと思う。結美ちゃんに〝ピタリ〟と当てはまる人は、きっといつか見つかると思うから……。それまでは自分を大切にしなさいって、あの占い師さんにも言われたしね」


 高校を卒業した記念に、二人で旅行した南の島、ティルセント島。そこには古くから続く血筋に不思議な力を宿している者たちがいて、主に占い稼業を営んでいる。

 桃音と結美が訪れた占い師は結美の母くらいの年齢で、結美を見るなり、なぜかたいそう驚いていた。だが、結美の背後をじっと見ながら、結美の運命の相手と、その相手に出逢うまでの過ごし方についてしずしずと教えてくれたのだ。


「自分の感覚を信じるのって難しいけど……でも、本当にいい縁なら、きっとつながると思うから」


 不透明で、明確に言語化することのできない自分の理想。その理想に当てはまる謙志と付き合えて、そしてその謙志からも理想だと言われて、「ピタリ」とうまく当てはまったからこそ、桃音は思う。自分を安く扱わず、日々を丁寧に過ごして誠実でいれば、自分の理想どおりの相手と出逢うことはきっとできるのだ。


「うん……。だから、桃音は私に気を遣わなくていいよ。松浦先輩と一緒にいたいならそうして? 野中先輩が一緒でも、私は平気だから。四人で一緒にご飯とかでもいいよ」

「ありがとう、結美ちゃん。謙志くんとの時間も大事にしたいけど、私、結美ちゃんとの時間だって大切にしたいから……」

「桃音~! 大丈夫だよ、私たちずっと、生涯の親友だよ~!」


 なんだかしんみりとした気持ちになってしまい、結美はテーブル越しに、桃音に抱き付くジェスチャーをした。そんな結美に、桃音は気恥ずかしそうな笑顔を返すのだった。



   ◆◇◆◇◆



 週末を挟んだ数日後、三年次対象のオリエンテーションが終わり、食堂「おりべ」で謙志と将樹は昼ご飯にしていた。その手元には、スポーツ科学部の時間割の冊子がある。


「謙志は何コマぐらい?」

「十一……いや、十二だな」

「まあまあ、あるな」

「将樹だってそれくらいだろ」

「俺は前期から一つ減って十コマ。もうちょい楽できると思ったんだけど、通年の授業と必修が結構あるんだよなー」

「それでも、将来のことを考えたら全然足りないくらいだ」


 謙志はストイックにそう返した。

 夏休みに宇津木教授に連れられて、実際にプロ野球チームの練習を見学させてもらった。そこで痛感したことは、自分にはとにかく、専門的な知識がまだまだ少ないこと。スポーツ科学部という、そう多くはない専門的な学部で学んでいるので、ただのスポーツ経験者に比べたら知識はあるほうかもしれないが、プロの世界を基準に考えたら全然足りない。後期は栄養学やメンタルケアなど、スポーツ選手に必要不可欠な分野の学びを広げていく予定だ。


「いいのか?」

「何が」

「いや……勉学に励むのはいいことなんだけどさ。せっかく舟形ちゃんっていうカノジョができたんだし……会える時間、とれそうか?」

「さあ……」

「さあ、ってお前……舟形ちゃんと一緒に過ごす時間、欲しいだろ?」

「それはまあ……そうだけど……」

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