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奥手な二人は脱いだら淫ら(R15版)  作者: 矢崎未紗
第三章 儚い星空

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第14話 尻込みして見えるもの(下)

 桃音は謙志への恋心で悩み続けているが、結美のほうも色恋沙汰が皆無というわけではない。結美のきれいな容姿に惹かれた同学年から四年生に至るまで、そして気持ちの程度が本気やお試し、遊びに至るまで、結美は入学後、何人もの異性から告白されている。そのすべての告白を結美は丁重にお断りしているが、結美と講義がかぶることの多い同じ学部の男子の中には、まだ結美を諦めていない者も多かった。

 そんな結美の、家族を大事にする気持ちは高校の頃から変わっていない。家族を何よりも大切に思う結美のその気持ちに同じ温度で寄り添える人でないと、きっと結美は恋すらもしないのだろうなと桃音は思った。


(私も撮ろうかな)


 桃音もウィンドブレーカーのポケットからスマホを取り出して、星空にそれを向けた。画面いっぱいに、濃紺を背にした様々な大きさの星々の明かりが、まるで競うように映る。一眼レフカメラほどではないだろうが、たしかに、なかなか悪くない写真が撮れた。


「桃音、いいの?」

「えっ?」


 その時、結美が秘密の話をするようにとても小さなヒソヒソ声で話しかけてきたので、桃音は首をかしげた。


「松浦先輩と話したりとか……そういう機会も作れてないじゃない。私、ほかの一年のところに行ってようか?」

「えっ、ううんっ、いいの。せっかくの合宿なんだし、結美ちゃんと星空を楽しみたいよ。それに、新歓合宿より参加者が多いから、へんに近付くと誰かに冷やかされたりして……先輩の迷惑になるかもしれないから」

「でも……」


 桃音が結美の気遣いを断ると、結美はまだ何かを言いたげだったが、納得したのか引き下がった。

 合宿に参加している会員のほとんどは、桃音と結美のように、同学年の仲良し同士でまとまって行動している。謙志のほうも将樹と一緒にいることが多いようで、学年の違う自分が話しかけたら、謙志に気を遣わせてしまうかもしれない。そう思うと、桃音は特にこれといって謙志に近付くことはできなかった。

 そしてそれは、謙志のほうもまったく同じ状況だった。


「謙志、いいのか? 舟形ちゃん、来月の秋合宿は不参加なんだろ? この合宿中を逃したら、最悪、次に会えるのは後期が始まってからになるかもしれないじゃん」


 桃音たちからだいぶ離れた場所で謙志の隣にいる将樹もまた、結美のようにとても小さなヒソヒソ声で謙志に話しかけた。


「別に……」

「別に、ってお前……」

「こんなにサークルメンバーが多い中じゃ、話しかけるだけで迷惑だろ」

「そんなことないって! メンバー同士、わいわい話しながら合宿を楽しむなんてめっちゃ自然なことじゃん!」


 将樹はそう言ったが、謙志は将樹を無視してカメラを構え、レンズをのぞき込んだ。

 星空はきれいなのだが、謙志が撮りたいのは星空単体ではなく、星空と「何か」なのだ。それは建物だったり、枯れた木々だったり、人だったりするが、地面にある「何か」と、そこから果てしなく遠い空にある輝きを一緒にフレームにおさめたい。謙志が星の写真を撮る時に思うのは、いつもそれだった。


(タイミングがあれば、とは……思っているけど)


 しかし、レンズ越しに星の輝きを見つめても、今の謙志の頭の半分は桃音のことを考えていた。

 将樹に言われなくても、せっかく合宿で朝から晩まで一日中桃音の近くで過ごせるのだから、せめて彼女と話すタイミングぐらい、あればいいなとは思う。けれども、結美や誰かと楽しそうにしている桃音の姿が時々視界に入るだけでも、謙志としては胸があたたかくなる。そして、それを妨げてはいけないような気がして、どうも積極的になれなかった。


(邪魔をするのは……悪いよな)


 来月の秋合宿に参加しない桃音にとっては、今日と明日が、夏の星空を楽しめる唯一の機会だ。せっかくの星空と会員同士の交流を、自分の個人的な欲求で妨げてはかわいそうだ。

 謙志はどんなに将樹にせっつかれても桃音に近付くことはなく、星空と一緒に写せそうな「何か」を探して、ホテルの屋上をゆっくりと歩いた。


 そうして一日目の夜が終わり、次の日の午前中に、サークルメンバーはバスで少しばかり移動した。悪天候を考慮して、一日目と二日目では違う場所に宿泊するのだ。

 二日目はホテルではなく旅館だったが、こちらでもまた、男女それぞれの大部屋で寝泊まりをする。二十人ほどの大人数で大部屋に泊まるというのは、中学や高校の修学旅行でもできなかった経験なので、それだけでも桃音と結美は、味わったことのない雰囲気を楽しんだ。

 二日目は、夕食後にそれぞれ荷物を持ってそろって旅館を出た。そして、歩いて十分ほどの場所にある広場に向かう。背の高い木々がなく、なだらかな丘になっているその場所は星空観察用のエリアで、サークルメンバーが泊まっている旅館の客だけでなく、近隣の宿泊施設からも天体観測目的の人々が来ていた。


「桃音、レジャーシート、一緒に入る? 今回は大きいのを持ってきたのよ!」

「うん、お邪魔させてもらおうかな」


 結美が楽しげな表情で見せたレジャーシートを天体観測用のライトで照らして、桃音はにこやかに頷く。

 それから結美と一緒にレジャーシートを芝生の上に伸ばし、靴を脱いで結美と並んで仰向けになって星空を見上げると、「はぅ……」と思わずため息が出てしまった。


「ほんと……きれいだねえ……」

「そうだねえ……遠くまで来た甲斐があるね」


 桃音がそう相槌を打つと、結美は闇夜の静寂を壊さないように静かな声で呟いた。


「都会でもこれくらい見えたらいいのに……って思うけどさ。気軽には見られないものだからこそ、心からきれいに感じるのかもしれないね」


 白い光、赤い光、青い光、黄色っぽい光。

 様々な色の光を放つ、いくつもの星々。その数を数えてみようかとも思うが、あまりにも数が多すぎて、すぐに挫折する。別の方向に視線を向ければ、星が密集するように集まっており、その光はまるで川のように見えた。


「あっ、流れ星」

「えっ、うそっ!」


 その時、結美が視線を向けていた方角に一筋の光が流れた。見損ねた桃音は残念そうに小声で唸る。


「うぅ~……見たかった」

「流星群の時期はもう少しあとなんだっけ? 諦めずにずっと見ていれば、きっと見えるよ」


 結美に慰められて、桃音はじっと星空を見つめた。

 ずっと見ていても、星たちは一秒と休むことなく、その美麗な光をこちらに届けてくれる。広場には街灯などの灯りは一切なく、誰かのスマートフォンの画面のライトや、天体観測用の赤い光を放つライトがちらほら見えるだけ。それ以外にこの広大な闇の空と周囲を照らすのは、夜空に浮かぶ星々だけなのだ。


(本当に……きれい……)


 ずっとずっと、変わることなく光り続ける星々。もしかしたら明日、この星々のどれか一つはなくなっているかもしれない。誰にも気付かれずに、その輝きは終焉をむかえるのかもしれない。

 はるか遠くで生まれ、育ち、何十年、何百年――いや、何万年という途方もない時間をかけてその光をこの地に放つ、あまたの恒星たち。星々の長すぎる寿命とその光の旅路に比べると、自分たち人間とはなんと矮小で短命で、刹那的な人生であることか。


(星の命に比べたら人の命なんて……)


 桃音はふと、結美の両親に思いを馳せた。

 結美が人一倍家族を大切にするのには、わけがある。

 二十という年の差がある結美の両親は、ほぼ間違いなく、夫である暁雄のほうが早くに亡くなる。妻の江梨も娘の結美も、同世代に比べたらとても早くに夫と――父と別れることになるのだ。

 結美は小学生の頃からすでに、そのことを意識していたという。だから、父と一緒に過ごせる時間はうんと大事にするのだと。同学年の子たちに比べて短い時間しか一緒にいられないけれども、それでも幸せだったと父に思ってほしいし、自分も思いたいと。


(ああ……立ち止まっている時間が……もったいないな)


 一緒に生きられる時間は、普通の夫婦よりとても少ない。それを十分承知のうえで、結美の両親は結婚した。平均より短い時間だとしても、死ぬまで寄り添って生きたいと、お互いに強く思ったのだ。

 結美と江梨が暁雄との別れを意識しながら日々を送っているように、桃音の父もまた、持病を抱えた母の死を恐れる日が、少なくなかったはずだ。薬さえ飲んでいれば大丈夫な病であるとはいえ、ほかの病を併発する可能性は常にあった。だからこそ、桃音の両親も互いのことを深く思いやって一番に考えているし、桃音たち子供の幸せを何よりも願っている。自分たちの子供が幸せに生きられるということは、夫婦にとってかけがえのない共通の幸福なのだ。


(私……言わなきゃ……松浦先輩に)


 勇気が出ないからともじもじして、言わずにいる時間がもったいない。誰かの目を気にして謙志との時間を諦めるような、なんの意味もない我慢をする必要なんてない。桃音はふと、とてつもなく強烈にそう思った。

 星のような長い寿命を持っているわけでもないのに、今日まで続いてきた時間がこの先も無限に、無条件に続くと、人は無意識のうちに信じてしまっている。

 だが、そんなことはない。人の命は儚く、簡単に散ってしまう。もしかしたら明日、誰にも知られずに消えてしまうかもしれない星のように、思ってもみない別れが来る可能性もあるのだ。そんな最悪の事態になってから「言っておけばよかった」と後悔するなんて、絶対にしたくない。

 星々の輝光に触発されて桃音の心の底から湧き出た何か熱いその思いは、ついに桃音の恋情を心の器からあふれさせたのだった。



   ◆◇◆◇◆

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