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奥手な二人は脱いだら淫ら(R15版)  作者: 矢崎未紗
第三章 儚い星空

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第14話 尻込みして見えるもの(上)

「もっと……あ、いや……えっと……まだ、もう少し……一緒にいたいんだ……けど……どこか…………行かないか」


 桃音を見つめながらそう言って誘ってきた謙志は、その大きな体躯と精悍な顔つきには似合わないほどに不安げだった。歯切れも悪く、桃音に断られやしないだろうかと恐れている様子がうかがえる。

 謙志の男性らしい見た目と弱気な言動のそのギャップが、桃音の目にはどうしようもないほどにかわいらしく見えてしまい、桃音の胸はきゅんと高鳴った。


「はい……。あの、私も……まだ、松浦先輩と一緒にいたいです」


 桃音は緊張しながらもにっこりとほほ笑んで頷いた。

 初めて謙志と二人で出かける今日この日を――このデートを、桃音はとても楽しみにしていた。合宿に持っていくための防寒着を中古用品店で買うことが今日の目的なので、その目的が達成されたらすぐにお別れになるのかもしれない――その可能性を考えると、とても淋しいと思っていた。

 だからこうして、買い物が終わったあとも謙志と一緒に買い食いをして、とりとめのない話をして、さらにはまだ一緒にいたいと謙志が言ってくれて、本当に嬉しかった。


「あ、じゃあ……えっと……どこに……行こうか」

「えっと……そうですね……」


 このあたりには、大きさの異なる様々な店がある。何かを買うわけではなく、ウィンドウショッピングをするだけでも楽しめるかもしれない。


「一通り歩いてみて……お互いに気になるものとか、好きなものを教え合う……というのはどうでしょうか。私、松浦先輩のこと……もっと知りたいです」


 趣味や嗜好について、自分たちはまだそれほど互いのことを知らない。今日は一歩踏み込んで、相手のことを知るいい機会かもしれない。


「なら、あっちの複合施設から回ってみるか」


 謙志はそう言って左手の方向を指差した。駅に直結しているその施設は周囲の建物よりもひときわ大きく、服も雑貨も、なんなら家具の店さえもありそうだった。


「はい」

「あ、荷物……持つよ」


 桃音が頷いて歩きだそうと身体の向きを変えると、謙志は桃音が持っていた中古用品店の紙袋をさっと手に取った。桃音は恐縮しながらも「ありがとうございます」とお礼を言い、それから歩きだす。

 複合施設に入ると、最初に目に入ったのはフレンチトーストのお店だった。近寄ってメニューを見てみると、とんでもない大きさでたくさんの果物が乗ったプレートがお勧め商品として載っており、二人は驚いた。


「松浦先輩は、こういう甘いものはお好きですか」

「いや……ほとんど食べないな。部活で空手をやってた時は、一応、栄養を考えた食事が基本だったから。今も、甘いものをすごく食べたくなるとかはない……かな。肉と白米ならいつでも食べたいけど」

「ふふっ……そうですね。そんなイメージです」

「舟形は?」

「私は……そうですね、私も普段はそんなに間食は多くないほうで……でも、レポート提出を頑張りたいときなんかは、『提出できたらコンビニのあのプリンを食べていい』って、ご褒美をぶら下げることはあります」

「ご褒美のスイーツか……。なんか、女子はそういうのが好きなイメージだ」

「でも、さすがにこのフレンチトーストは量が多すぎますね」

「そうだな……ちょっとした修行になりそうだよな」


 謙志のその冗談に、桃音はふふっと笑った。

 それから、音響機材を扱っている店があったので、二人はふらりと入ってみた。そこで桃音は初めて骨伝導イヤホンを試してみて、耳の穴に入れていないのに本当に音が聞こえることに驚いた表情になった。

 その次はメンズファッションの店に立ち寄り、謙志がトップスを二、三着ほど見比べた。謙志はいつも長ズボンなので、裾の短いパンツははかないのかと桃音が尋ねると、「足を出すのに何か抵抗感があるんだ。学校の制服の次に空手の道着を着ている時間が長かったから、短パンに慣れていないのかもしれない」との回答が返ってきた。「部屋着なら、ハーフ丈のジャージもあるけど」とも。

 スイーツの話の時もそうだったが、謙志を形作っているものの多くは、空手を通じて得たもののようだ。今は週に一、二回、道場に通う程度しかたしなんでいないと聞いたことがあるが、大学に進学しても細く続けているのは、謙志にとってそれだけ空手が大事で、人生から切り離すことができないものだからなのだろう。

 何かをずっと大事にしている謙志のその姿を、桃音は素敵だなとあらためて思った。


 それから、やたらとキラキラ光る装飾品の店で、今度は桃音がいくつかのネックレスを見て回った。どういうものが好きなのか、と謙志に問われた桃音は、「特にこれ、というものはなくて、今は手持ちにシンプルなチェーンのものしかないから、少し太いチェーンのものがあってもいいかもしれないと、手持ちのバリエーションを増やすことを考えてしまう」と言って苦笑した。顔つきが幼いので、こういう小物も使って少しでも大人っぽさを出したいのだと。

 そんなふうに、二人はゆっくりと歩きながらウィンドウショッピングを続けた。枕専門店では、やわらかい枕と硬い枕のどちらが好みなのかを教え合ったり、インテリア雑貨のお店では、謙志が中サイズの本棚をいいなと言いながら見たり、桃音が白くてふわふわのラグの感触に夢中になったりした。

 そうして、少しずつ時間が過ぎていった。夏の昼は長く、夜は短いが、夕暮れは確実に闇夜へと様変わりしていく。楽しかったデートの時間も、そろそろ終わりだ。


「結構歩いたな」

「そうですね。足が少し……」

「あ、痛いか? ごめんっ……途中で休憩とか……すべきだったか」

「い、いえっ……大丈夫です」


 謙志がずいぶんと申し訳なさそうな表情を浮かべたので、桃音はふるふると首を横に振った。

 本音を言えば、爪先あたりがだいぶ痛い。だが、そんな痛みなど帳消しになるほど、謙志と隣り合って歩く時間は楽しくて幸せだった。


(終わってほしく……ないほどに……)


 なんとなくだが、夕飯は食べずに解散する空気になっている気がする。桃音の帰りが遅いと桃音の家族が心配することを、謙志なりに気にしてくれているからだろう。


「舟形、あのさ……嫌じゃなかったら」


 桃音のアウターウエアが入った紙袋を反対側の手に持つと、謙志は空いたほうの手を桃音に差し出した。桃音は驚いて、大きな目で謙志を見上げる。


「ほら、俺……舟形の歩くスピードに合わせられないことがしょっちゅうだから……こうすれば、たぶん、その……舟形のペースに合わせて歩けると……思うから……」


 ずいぶんと合理的な理由を述べる謙志だったが、その頬は赤い。つられるように桃音の頬も赤くなったが、桃音はおずおずと謙志のその手に自分の手を重ねた。指と指をからめ合う恋人つなぎなんてものはできそうになかったので、ただ手のひら同士を重ね合わせて軽く指を折るだけだが、それでも謙志の大きくて温かい手の感触に、桃音の胸はきゅうっと切なく締まった。破廉恥な行為の時にもそうして手を重ねたことがあるように思うが、その時とは違う穏やかさや嬉しさがあって、それでいてとても甘酸っぱい心地がした。


(私、松浦先輩のこと……)


 そうして手をつないだ二人は、いつになくゆっくりとした歩調でアミティー駅に向かった。手をつないだだけではなく、とても意識してくれているのか、謙志の歩調は桃音のスピードにぴったりと合っていた。


(好き……それに、松浦先輩もたぶん……)


 自分が謙志を好きなだけではなく、きっと謙志も自分のことを好いてくれている。そうでなければ、こんなふうに接してくれることなどないだろう。それがほぼ確信できるのに、桃音の中の勇気はあと一歩足りない。「好きです」と言い出すことが、まだできない。

 会話のなくなってしまった二人は、アミティー駅の改札を通る。だが、改札を通るために一度離れた手を、謙志は再びつないできた。桃音はそんな謙志の手に引っ張られるように彼に寄り添い、駅のホームに立つ。


(帰り……たくない……まだ……まだ、一緒に……いたい)


 桃音は心の中で強く思った。


(もっと……一緒に)


 いろいろな話ができた。時々沈黙が続いてしまうこともあったけれど、謙志のことを知って、楽しい時間を過ごせた。こうして、まるで恋人同士かのように手をつなぐこともできた。今ならきっと、「好きです」と伝えれば何もかもがうまくいくと思う。

 自動電車がホームに到着し、二人は乗り込む。帰宅する人が多い時間になっていたので、車内の座席に空きはなく、桃音と謙志はそっと手を離してドアの近くに立った。


(いま、何を考えているんだろう)


 外の景色をじっと見つめる謙志を、桃音はちらっと見上げた。

 もう少し一緒にいたいと、謙志は言ってくれた。その理由は何? 好いてくれているからと、自惚れてもいい? もうお別れの流れになっているけれども、謙志は別れがたくないのだろうか。


(好き……なのに……)


 好きって言いたいのに。言えたらいいのに。


(松浦先輩……)

「舟形、これ」

「えっ……あ、はい……あっ、ありがとうございました」


 その時、謙志がおもむろに紙袋を桃音に返した。今日の一番のお目当てだった、中古のウィンドブレーカーが入った紙袋だ。


(もうすぐ……)


 桃音は車内のデジタル案内表示板を見上げた。桃音は次の駅で降りて、自動電車を乗り換えなければならない。帰宅時刻は夕飯の時間を少し過ぎてしまうが、それでも心配される時間ではない。


(離れたく……ないのに……)


 車両はホームに入り始め、自動電車の速度が下がっていく。外の景色が過ぎ去るスピードも徐々にゆっくりになって、降りる人たちが席を立ったり、ドア付近に移動したりする。


「今日は……ありがとうな。楽しかった」

「あ、いえ、そんな……私こそ……あのっ……楽しかった……です」

「次は……夏合宿で」

「はい……」


 会話が終わったところで、ちょうど自動電車のドアが開いた。

 桃音はバッグと紙袋をしっかりと手に持って電車を降り、すぐに振り向いて車内の謙志を見つめた。すると謙志は軽く右手を振ってみせた。穏やかな笑顔を向けてくれる謙志のその姿に、桃音の胸は張り裂けそうなほどに痛み、その痛みを見せないようにするために桃音は深々と頭を下げた。


(松浦先輩……)


 プシュッ、と空気が抜けるような音がして車体のドアが閉まり、自動電車は謙志を乗せて出発する。桃音は顔を上げて、速度を上げていく車体を見つめた。


(好き……好き……好き……っ)


 自動電車が見えなくなるまで見送った桃音は、心の中で何度も切なく叫んだ。



   ◆◇◆◇◆

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