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奥手な二人は脱いだら淫ら(R15版)  作者: 矢崎未紗
第三章 儚い星空

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第12話 学んで考える将来(下)

「原因と対策は練っているところだが……まあ、あれだな。故障者が続いたのが響いたかね」

「故障……それは試合での故障ですか? それとも練習中の?」


 宇津木は慎重な声で尋ねる。

 プロの選手にとって故障は、ただの不調ではない。それは程度によっては、選手生命を終わらせてしまう可能性もある。小さなものでも、決して楽観視はできないのだ。


「両方だ。前者はまあ、運が悪かったとも言えるが……後者が多いのはいかんよな。松浦は、そのへんの知識はどうだ? どんなスポーツでも、けがの予防は大事だろ。何か学んでいるのか」

「はい。医学の観点からけがを予防する講義を少し……」

「少しじゃ足りんかもしれんなあ。救護班はいるが、そいつらは基本的に、負傷者が出てからが仕事だからな。能力アップに必要なトレーニングを考える奴らはまあまあいるが、そのトレーニング過程で起きそうな故障を想定したり、けがをしないためにするべきことを考えたりする奴は、意外と少ない。リハビリ者用の復帰計画を考えるのにも医学知識が必要だったりするから、完全に任せられる奴が少なくてな。それぞれの知識を持ち寄ったり、スポットで部外者を頼ったりしているところだ。コーチやトレーナーというと、練習を通して選手の能力アップを図るだけが仕事のように思われるが、そうじゃないんだよなあ。けがをする前提になんて立ちたくないが、スポーツをする以上、けがはつきものだ。その点にも視線を向けて学んでおくのは、アピールポイントになるかもなあ。今はなんだっけか、そういうスポーツ指導者の資格もあるからな。そういうのをとれるなら、先にとっておくのもいいぞ」

「はい」


 早速盛岡がくれたアドバイスに、謙志は神妙に頷いた。

 スポーツ科学部というだけあって、けがの予防やそのために必要な医学知識の講義はいくつかある。その講義を受講していたから謙志には少し意識があったが、たしかに、選手も指導陣も練習に集中するあまり、「けがを防止する」という点について意識から抜け落ちることはあるかもしれない。身体能力を上げるのに必死になりすぎて、そこに潜むけがのリスクを見落としてしまうのだ。

 スポーツのけがは、交通事故のけがのように、運悪くたった一瞬で起きるものだけではない。日々の練習で身体にかかる負荷が積み重なって、ある日突然、決壊したかのように起きるものもある。積もっている負荷の量を見極め、それを軽減するような対策も、スポーツを長く続けるためには必要だ。

 故障者が多発してチーム内の空気が悪くなる――それは一朝一夕で改善できるものではない。故障者が多ければ戦力は減り、勝てない試合が増える。するとさらにチームの士気は下がり、注意力も減ってまた故障者が出る――という悪循環に陥りかねない。その悪循環にならないためにも、けがの予防というのはとても大事な観点だ。


「ま、とにかくいろいろ見てくれ」

「はい。勉強させていただきます」


 謙志はそう返事をすると、歩きだした盛岡と宇津木に続いた。

 スタッフ用の扉から通路を歩き、屋内フィールドに出る。そこでは選手たちが五、六人のグループに分かれて準備運動を行っていた。


「初日だから、まずは説明と見学だ。今日ここにいるのは二軍の選手で、来年の一軍昇格か、あるいは一時的でも今シーズン中の一軍での活躍を目指している。ウォーミングアップ後は、基本的に一人一人に用意されたメニューを行う感じだ」

「一人一人……ですか?」

「もちろんだ。同じ身体の作りをした人間は二人といないだろ? だから、練習メニューの量も内容も、全員ばらばらだ。けど共通してるのは、達成したい目標を必ず数値で管理してるってことだな」

「数値で……」


 盛岡の説明を、謙志は手に持ったスマートフォンのメモ帳機能に打ち込んでいく。そんな謙志を待つことなく、盛岡はどんどん続けた。


「飛距離やらスピードやら、とにかく計測できる数字はなんでも計測するぞ、野球ってものは。そうしたデジタルデータがすべてではないが、数字がないと曖昧な練習計画しか立てられないからな。数字は常に隣り合わせだ。ま、俺はどちらかっつーと古い人間で数字は苦手だから、得意な奴に任せちまってるけどな」

「カケラキーパーズはアナリストがいるんでしたっけ」

「今年雇った奴が、一軍のほうにいるよ」


 宇津木が尋ねると、盛岡はそう答えた。


「おっ……あっち、早速何かを計測するみたいだな。行ってみるか」


 投球マシーンにネット、それから選手の身体に何かを貼り付けるスタッフたち。それらを目にした盛岡は、謙志たちをそこへ連れていった。


「うっす。ここは今から何をするんだ?」

「お疲れ様です、盛岡コーチ。山本が、新しいフォームがどうもしっくりこないと。それで、パフォーマンスを新旧で比べてみるところです」


 男性スタッフの一人がノートパソコンをのぞき込み、マウスでカチカチとソフトを動かしながら答える。


「今日から三日間、玉苑スフィア大学の教授とそこの学生さんが来てるんだ。よかったら何をしているか、詳しく教えてやってくれないか」

「いいですよー。どうも、打撃コーチの浅野です」


 四十代手前と思われる、短髪の男性はそう言って謙志と宇津木に挨拶をした。するとすぐに二人をノートパソコンの前に手招きし、画面を指差す。


「山本選手の関節とかに付けた計測器のデータがここへ送られてきて、身体の動きが3Dモデルで表示されます。これを見て、筋肉の動きの柔軟性や骨の角度なんかから、その性能を測るんです。山本の場合、手首の角度をちょっとばかり変えてみたんですけど……どうかな」


 準備ができたのか、別のスタッフの掛け声によって、山本選手が一球ずつ、少し長めのインターバルをとりながら、投球マシーンから放たれる球を打ち返す。そうして集まったデータを睨みながら、浅野は唸った。


「うーん……たしかに。不慣れなだけかとも思ったけど、この角度だと筋肉のこわばりが増すね。わかりやすく言うと、山本選手の身体に合っていない角度なんだ。これじゃたしかに、打ちづらいという認識になるかもしれない」

「それに、そういうフォームでプレイを続けていると、疲労骨折の可能性も上がる……ですか?」

「おっ、そうだよ」


 謙志が尋ねると、浅野は感心したように頷いた。


「打者にしろ投手にしろ、ほんの少しでもフォームを変える時ってのは大変だ。人間の身体はどうしても、慣れた姿勢や向きになろうとしてしまうからね。だから少しずつ、少しずつ変えていかなきゃいけない。歯の矯正が一日ではできないのと一緒だ。そうして時間をかけて慣らしていけば、新しいフォームを身に付けることはできる。でも人の身体には、根本的に変えられないところもある。どんなにトレーニングを積んだところで、生まれつきめちゃくちゃ身体のやわらかい人もいれば、硬い人もいる。そうした身体の、これは無理! って声を無視して練習を続けたら、いつか故障するだろうね」

「では、山本選手の場合は別のフォームを検討するしかないんですね?」

「まあ、そうなるね。バットの握り方か、構えか、それとも打席に立つ位置か、腰の角度か……。今のところ、山本選手の一番の目標はヒット数を増やすことだ。そのためには、ヒットでなくてもいいから、まずはバットを球に当てられる回数を増やさないといけない。じゃあ、現状でバットが球に当たらないのはなぜか? ってまあ……一歩下がってはまた一歩下がって、あれこれ検討して練習してもらって……って繰り返しだね」

「なるほど……」


 浅野がそう説明すると、謙志は深々と頷いた。


(これ……大学での勉強なんかじゃ全然足りないな)


 その後も、そうして解析をしながら練習するグループのほか、よくある反復横跳びや筋トレをしている選手のところなどを、謙志は宇津木と共に案内してもらった。浅野のように、コーチやトレーナーからそれぞれの仕事を説明してもらうこともあったが、その練習が何を目指して行われているものなのか、どういう意識で取り組んでいるのか、選手自身から教えてもらうこともあった。その選手たちの間で「こういうコーチ、トレーナーは嫌だ」というテーマで大喜利が始まりかけた時は、思わず謙志も笑ってしまった。


(一生学ぶ……たしかに、そのとおりだ)


 同じ身体の作りをした人間は二人といない。つまり、トレーニング方法もけがの予防方法も、細部まで考慮すると、それは選手の数だけ存在する。目標達成のための手段も、選手の数だけ存在する。そしてそれは容易に見つかるものではなく、選手も指導陣も、試行錯誤を繰り返して手探りで見つけるものなのだ。

 書籍や講義で習った理論にぴたりと当てはまる事象のほうが少なく、日々こうして選手とふれ合い、共に練習を通して考え、悩み、実践する必要がある。それは生涯続く学びと言えるだろう。

 次の日も、最終日も、謙志は大いに学んだ。学生の自分には足りていないこと、逆に学生の自分の知識でも理解できること、それらを明確にしていった。

 大学で学べるのはあと一年半。その限られた残り時間で学べることは何か。そして近い将来、盛岡や浅野の同僚としてこの場所で働くために、何をすべきか。謙志はそれを貪欲に考え、そして教えを乞うた。自分に不足しているものばかりを自覚する時間でもあったが、燃えるような意欲がふつふつと湧いてくる時間でもあった。

 こうして桃音と同じく謙志もまた、将来につながる有意義な時間を過ごすのだった。



   ◆◇◆◇◆

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