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奥手な二人は脱いだら淫ら(R15版)  作者: 矢崎未紗
第三章 儚い星空

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第11話 切り替えて飛び込む世界(下)

 正直に言って、元カノたちのことが好きだったわけではない。告白された時に相手のことを嫌いだとは思わなかったから、雰囲気に流されて付き合ったようなものだ。だから、彼女たちを喜ばせたいとか、何かしてあげたいとか、逆に自分がすることで嫌われたくないとか、そういうことは一切考えなかった。彼女たちが行きたい場所に付き合えばいいのだと、それくらいにしか考えていなかった。


 そしてしまいには、彼女たちからセックスアピールをされたが、まったく理想に当てはまらないのでどうにも無理で、手をつないで唇を重ねる以上のことは何もできなかった。

 短期間だったとはいえ、そんな態度で付き合っていたなんて、自分はずいぶんと不誠実だ。大学生なら誰かと付き合うものだろうと思って漠然と付き合ったが、それはなんとも幼稚な判断だった。誰かと付き合うということは、いま桃音のことで激しく頭を悩ませているように、もっと真剣に考えて向き合うべき事象のはずだ。


(飯を食って、買い物をして……)


 少し疲れたので、ランニングの足を止めて息を整える。その間も、謙志は頭の中で桃音とのデートをシミュレートしていた。


(それでもまだ、夕方にならない……よな?)


 合宿に必要な防寒着を買いに行く――それが建前だが、用件はそれだけだ。ならば、桃音の家族が心配するだろうし、買い物が済んだらすぐにでも家に帰したほうがいいだろうか。だが、少しなら時間はあるはずだ。


(俺んちに……いや……いやいや)


 時間があるなら、また家で桃音と二人きり――という展開も考えるが、さすがにそれは却下した。行く予定の店がレンテバー駅からはかなり距離があるし、性的な行為だけが目当てのような態度は、もうそろそろ控えたいのだ。


(好きだ、って……言えれば……)


 桃音のことが好きだと言いたい。伝えたい。そして、桃音と付き合って恋人同士になりたい。

 そう思うのに、どうしてもまだ言えない。言ったところで恋人同士になれるかどうかわからなくて、自信がなくて、どうしても伝える勇気が出ない。

 桃音の身体を舐めたいと、破廉恥なことは言えるくせに。自分のこのお口の機能は、いったいどうなっているのやら。


(あっ……バイトのシフトの希望を出すとか、きっとあるよな……だから、早めに言わないと……)


 休憩している間に頭の中がクリアになってきたのか、謙志は現実的なことに気が付いた。そして引き続き、桃音とのデートのことを考えながら、再び走りだす。

 デートの日付はいつがいいだろうか――それは自分一人で悶々とすることではなく、二人で相談して決めるべきことだ。どんな予定だろうと早めに日付が決まっていれば、いろいろと調整ができる。悩んでいないで、とにかく相談の連絡くらいはするべきだ。

 やっとそう踏ん切りがついた謙志は、ランニングを終えて帰宅し、シャワーを浴びるとスマホを手に取った。そして、やや時間はかかったものの、ようやく桃音に連絡を入れるのだった。



   ◆◇◆◇◆



「美央さん、こんにちはー」


 その数日後。

 少し長く自動電車に乗って移動して、桃音は結美と、結美の母江梨と共に、第一首都特区にあるグレードの高いホテルのロビーに入った。贅沢な本革張りの黒いソファに座っていた女性二人を見つけると、江梨が声をかけながら近付く。


「江梨さん、こんにちは。お久しぶりです」

「ええ、ほんと! お元気ですか?」

「はい、私も家族も変わらずです」


 天蔵グループを率いる天蔵家現当主の奥方である美央は、その高い身分を感じさせないほどのやわらかい笑みを浮かべる女性だった。夜会巻きの髪型に、上品な白のスーツとスカート、同じく白のシンプルなパンプス。決して気取っているわけではないのに、洗練された雰囲気がこれでもかと全身から滲み出ている。しかし、朗らかに江梨と会話する笑顔はとても優しいものだった。


「小百合お姉ちゃん、久しぶり! またきれいになったね」

「そういう結美ちゃんも、また少し大人びて! お母様にどんどん似てくるね」


 美央と一緒にいた女性と結美も、親しげに挨拶を交わした。桃音や結美より少し年上の小百合と呼ばれたその女性は、美央によく似た優しさを感じさせたが、その芯には何かとてつもない熱さがあるのだと、切れ長の目に感じた。


「美央さん、こちらが娘の結美の親友の、桃音さんです」

「あっ……え、えっと……舟形・エリーズ・桃音と申します。は、初めまして」


 江梨によって紹介された桃音は、背筋に緊張感を覚えながらぺこりと頭を下げて、美央と小百合に挨拶をした。


「初めまして、天蔵・マリア・美央と申します」

「こんにちは、天蔵・イーディス・小百合です。美央の娘です」

「あ、あの……えっと……今日は……あ、ありがとうございます」


 桃音は一応、手持ちの服の中で一番の余所行きのワンピースを着てきた。だが、パーティーが行われるというこのホテルのロビーの時点で、自分の白と水色のワンピースは場に似つかわしくないほど貧相に思えた。


「ええ、そのワンピースもかわいらしいけれど、ほかにもかわいいお洋服を用意したから、ぜひ着てみてくださいね」

「はっ、はい……」

「では、お部屋に行きましょうか」


 美央にうながされて、五人はエレベーターへと移動した。その道すがら、小百合は桃音と結美に、「大学も一緒なんでしょう? 大学生活はどう?」と気さくに話しかける。美央と江梨のほうも、会うのが久しぶりだからなのか、会話に花が咲いていた。

 そうして五人は、ホテルの中層にある客室に向かった。中に入ると、五、六着ほどのワンピースタイプのドレスがずらっとハンガーラックに掛けてあり、その足元には三足の靴、それに化粧台机の上にはアクセサリーが用意されている。それに、室内には黒い半袖とパンツスタイルの二名の女性スタッフが待機していた。


「桃音さん、どのワンピースがいいかしら。あえてあまり派手ではないものを選んだのだけれど、地味すぎるかしら」

「いっ、いいえっ、いいえ、そんな……えっと……」

「桃音はとにかく、ピンクが似合うよねー。でもせっかくだし、あまり着ない深緑のこれとかにしてみる?」

「マリンブルーも意外と似合いそうね。無理のない感じで落ち着いた雰囲気が演出できると思うわ」


 美央に続いて、結美と小百合も楽しげにドレスを手に取る。

 桃音としては、パーティー用の服飾品を貸してもらえるというだけでありがたさの極みなので、あれがいい、これは嫌だなどと厚かましくも主張することはできない。

 当人の桃音が積極的に選べないでいるようなので、結美と小百合が話し合って、最終的には「少しでも大人っぽく」をコンセプトに、マリンブルーのミニワンピースに決まった。そしてそれに似合うように黒いパンプスと、シルバーのシンプルなネックレスが選ばれる。

 そうして着替えた桃音は化粧台の前に座らされて、二名の女性スタッフに髪をさわられ始めた。ミディアムヘアなのであまりたいそうなアレンジはされず、編み込みを施されながらシンプルな一本結びにされ、しかしはみ出た髪の毛をくるりんと巻かれて、ゴージャスな印象が加えられる。


「ママ、メイクはどうする?」

「お任せでいいんじゃないかしら。あっ、すみません、メイクをするところ、少し見学させていただいてもいいですか」


 化粧品メーカーに勤めている江梨は、女性スタッフが使うメイク用品とその手際を見たいらしく、スタッフの妨げにならない位置で見学をする。

 桃音はとにかく恐縮してばかりで、着せ替えに人形になったつもりでひたすらおとなしくしており、されるがままだった。


「あらぁ……かわいいしきれいだし、いいじゃない、桃音ちゃん」


 そうして出来上がったパーティー仕様の桃音を見て、江梨はにっこりとほほ笑んだ。


「よかったわ、用意した服が似合って」


 江梨の隣で、美央も喜ぶ。


「桃音、写真撮ろっ! あっ、小百合お姉ちゃんも一緒に! ママ、私のスマホで撮って!」


 親友のドレスアップした姿に興奮した結美は、自分のスマホを江梨に押し付けると、大きな窓ガラスを背景に、桃音を中心にして小百合と三人で並んだ。


「逆光じゃない? 大丈夫?」

「大丈夫よー。じゃあ、撮るわねー」


 カシャ、という音が客室の中に小さく響く。その間に、美央は女性スタッフに礼を言って下がらせると同時に、客室に飲み物を運んでくるように命じた。


「あの……結美ちゃんママと美央さんは、どうやってお知り合いになったんですか?」


 桃音のドレスアップが終わり、パーティーの受付開始時間まではまだ少しあるので、五人は客室のテーブルを囲んでおしゃべりをすることにした。

 結美の父、暁雄は天蔵商事でずっと働いていた。その縁かとも思ったが、それにしては江梨と美央はずいぶんと親しげだったので、桃音は二人の出会いを不思議に思った。


「結美を身籠っていた時に、大きなデパートに行ったのよ。そしたら、お手洗いの中でうずくまっていた美央さんがいてね」

「江梨さんに助けていただいたの。外にお付きの人はいたのだけれど、運悪くお手洗いの中で具合が悪くなってしまって、動けなくなっていたの」

「そのお付きの人と外で一緒に待っていたのが、当時四歳の私です」


 江梨と美央が順番に答え、最後に小百合も面白おかしく付け加えた。


「あの時はびっくりしたわー。美央さんってば、切迫流産になりかけたんだものね」

「ええ、江梨さんは恩人よ」

「それで、お礼をしたいから連絡してほしいって渡された名刺に書かれていたお名前が、天蔵だったのね。あら、と思って念のために暁雄さんに確認したら、社長の奥様とわかって……もう、二度びっくりしたのよ」

「す、すごい偶然ですね……」


 夫が務める会社の社長夫人を助ける。そんな偶然から、江梨と美央は親しくなったのだという。


「ちなみに、小百合お姉ちゃんには弟がいるんだけど、その弟さんが、私たちと同じ学年なんだよ」

「そうなんだ?」

「たまにだけどこうして会うことがあったから、小百合お姉ちゃんはなんだか親戚のお姉ちゃんみたいでね……ほら、うちはあまり親戚がいないから」


 結美がそう言って桃音に説明する。

 結美の父、暁雄は早くに祖父母も両親も亡くしており、天涯孤独の身だ。結美の母江梨も一人っ子なので、結美には母方の祖父母以外、いとこなどの親戚はほぼいない。


「縁って、どこでどうつながるかわからないものよね。だから桃音ちゃんも、今日のパーティーで将来につながる縁が見つかるといいわね」


 将来は経営者になって、これまで支えてくれた家族に恩返しをしたい。桃音のその夢を知っている江梨は、そう言ってほほ笑んだ。

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