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奥手な二人は脱いだら淫ら(R15版)  作者: 矢崎未紗
第二章 破廉恥な関係

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第07話 話してためらう青臭さ(上)

「待って待って、なんですって、桃音さん?」


 週が明けて平日になる。梅雨前線はまだ居座っているようで、今日も朝から雨が降り続いていた。

 桃音と結美は大学内のカフェテリア「ラ・レン」の一番隅の席に座って昼ご飯のパスタを食べ、今はアイスティーを飲みながら食後休憩をしていた。そこで桃音が切り出した話に、結美は表情を一変させてとても困惑したのだった。


「だから、その……松浦先輩と……その……は、破廉恥な……行為を……」

「えっちしたってこと!?」

「ちっ、違う! 違う……んだけど……間違いではなくて……その……」


 先週の、突然の土砂降りに濡れてしまった日のこと。

 濡れた服で帰るべきか駅で悩んでいたら謙志に声をかけられ、雨宿りということで彼の一人暮らしの部屋に行き、お風呂と着替えを貸してもらった。しかし服を洗って乾かしている間に、謙志となんとも破廉恥な行為をした――いや、自分が一方的にしてしまったと、桃音は大まかな経緯を結美に説明した。


「ちょ、ちょっと待ってよ桃音さん、いや、ほんと……ええぇ? どういうこと?」

「その、私……なんか……おかしくなってたのかも……。とにかく松浦先輩にさわりたくて……かわいがりたくて……」

「えっちにかわいがりました、ってコトぉ?」

「えっ、あ……う、うん……そうなる……のかな……」


 先週の自分を思い出して、桃音は顔を真っ赤にした。

 あの時の自分は、いったいどうしてしまっていたのだろう。思い出すだけでこんなにも恥ずかしくていたたまれないのに、あの時の自分は興奮している一方でどこか冷静で、謙志の身体をいやらしくさわることをとても楽しんでいた。


「それ、松浦先輩の反応……というか、同意は?」

「た、たしかめたよ……そしたら、いやじゃないって……私の好きにしていいって……」

 ――ああ……舟形の、好きに……してくれ。


 あれは許可の言葉ではない。懇願の言葉だった。

 あの時の謙志は桃音と同じくらいに心臓が強く高鳴っていて、動揺も混乱もしていて、けれども大きな困惑のその中心に、一つの願望を抱いていた。それは、「桃音の好きに()()()()」ではない。「桃音の好きに()()()()()」だ。桃音に好き勝手にされることを、謙志はむしろ望んでいたのだ。


「ええぇ……ううぅ……つまり、つまり……えっ、両思いってこと?」

「あっ、ううん。好きって言ったわけじゃないの」

「ふえぇっ!? 告白したわけじゃないのに、えっちなことはしたの!?」

「あぅ……あ、あの……その……はい……」

「順番! 物事の順番はどうなっているんですか、桃音さん!」


 控えめで奥手な性格の桃音がするとは思えない行動に、結美は目を丸くして驚いた。

 高校時代から、そして大学に入ってからも傍で桃音を見ているが、告白もしていない片思いの男性といきなり身体の関係を持つなど、桃音らしくないように思えた。


「じゅ、順番は……その……おかしい……ですね……はい」

「はあ……びっくりすぎる展開だよ~。でも、松浦先輩も合意だったんだよね? つまり、お互いに告白はしていないけど、それってもう、両思いってことでいいんじゃないの?」

「い、いい……のかなあ」

「いや、まあ、お互いの本音はちゃんと確認したほうがいいと思うけどね……両思いじゃなくて、えっちなお友達枠にされてる可能性もあるかもしれないし」

「でも恥ずかしくて……私、しばらく天文研究会の部室には行けないよぉ」


 謙志が所属しているスポーツ科学部は、講義内容によっては専門的な機材を使うことがあるらしく、そうした講義はほかの学部とは違う棟で行われることが常だ。そのため、キャンパス内で謙志と偶然会うということは少ない。

 部室に行けば彼に会う可能性があるが、あんなことをしてしまったあとで、いったいどんな顔をして謙志と話せばいいのかわからない。会話はせずとも、同じ空間にいるだけで妙にそわそわして落ち着かなくなってしまいそうだから、しばらく部室には近付かないほうがいいのかもしれない。桃音はそう思った。


「それは、あまりいい選択じゃないかも」

「えっ? どういうこと?」


 わずかに渋い表情を浮かべる結美に、桃音はきょとんとした顔で尋ねた。


「松浦先輩の立場になって考えてみよう? 松浦先輩もきっと今頃、桃音と同じようにすごーく悶々としていると思う。それなのに桃音が部室に行かなくなってあからさまに松浦先輩を避けたら、その日のことが原因で嫌われた、って松浦先輩は思うんじゃないかな?」

「えっ……あ……そ、そうかな……」

「うん。桃音はどう? 部室に行っても松浦先輩がいなかったり、話しかけてもそっけなくされたりしたら……同じように思わない?」

「お、思う……かも……」


 自分がどんな顔をして謙志と会えばいいのか、それはわからない。恥ずかしくて、わからなくて、謙志を避けたいと思ってしまう。でも同じような態度を謙志にとられたら、きっとこう思うだろう。「先輩はあの日の私に幻滅して、私を嫌いになった。あの日のことを後悔している。だから避けるのだろう」と。


「で、でも……いま松浦先輩に会うのは……本当に気まずいよっ」

「それはきっと向こうも同じ! だからいっそのこと、そんなふうに気にしないでもいいんじゃない?」

「うぅ……無理っ! どうしたらいいのぉ~」

「どうしたらって……それはさ、桃音。自分の望みが何なのか次第だよ」

「望み?」


 桃音は泣きだしそうな表情で結美を見つめた。


「桃音は松浦先輩とどうなりたいの? 好きなんでしょ? ちょっと順番がちぐはぐになっちゃったけど、『好きです、付き合ってください』って今からでも告白して、付き合えばいいじゃない。そうしたらいくらでもえっちなことができるし、えっちなことをしたからって気まずく思う必要もないでしょ?」

「そ、そうかな……」

「そうだよ! それとも桃音は、松浦先輩と付き合いたいわけじゃないの? 恋人になりたいんじゃなくて、松浦先輩とえっちなお友達でいたいわけ? そんなわけないよね?」

「う、うん……」


 おかしくなって一方的にあんなことをしてしまったが、謙志のことは好きだ。セックスフレンドになりたいなどとは思っていない。けれど――。


「でも、私なんか……松浦先輩のカノジョになれないよ」

「えぇっ!? なんでそこで自信喪失するのよー!」

「だ、だって……見た目とか……釣り合わないし……」


 間近で見てさわったからこそ、よくわかる。謙志の身体は、立派な大人の男の人のそれだった。対する自分はちんちくりんで、子供っぽい見た目で、謙志と並んだところで「兄と妹」と揶揄されてしまうかもしれない。せめてもう少し背が高かったり、あるいは結美のような大人っぽい顔つきであったりしたのなら、謙志にも釣り合うのに。


「見た目の釣り合いなんて関係ない! そんなの釣り合ってなくても、お互いに好き合っていれば、お付き合いはできる!」

「ま、松浦先輩は私のことなんて……」

「好きだよ! 好きに決まってる! でなきゃ自分の身体をさわらせないでしょ! 大丈夫、松浦先輩は好きでもない女の子に快楽目的で自分の身体をさわらせるような、そんな軽薄な人じゃない。桃音だってそう思うでしょ?」


 二号館にある学食に比べて、カフェテリアのほうはそれほど学生が多くない。低価格でボリューミーな食事ができるのは学食のほうなので、カフェテリアのほうは基本的にコーヒードリンクを飲みに来た学生くらいしかいないのだ。そのため、結美は周囲の迷惑にならないように声量に気を付けつつも、しかしびしっと桃音に言いきった。


「松浦先輩を避けるんじゃなくて、好きです付き合ってください、って言えばいいんだよ。そうすれば、桃音がいま抱えている気まずさは全部吹っ飛ぶの!」

「で、でもぉ……」


 自分の身体をさわらせる前までは、好きでいてくれたかもしれない。だが、付き合ってもいないのにあんな破廉恥な行為をして痴女みたいな醜態をさらした自分のことを、謙志はもう好きではないかもしれない。失望して、嫌いになったかもしれない。

 そう思うと、どんなに結美が肯定してくれても、桃音は自信を失うばかりだった。謙志のことは好きだが、あの日の自分は間違いなく、自分の中の欲望を最優先にした。謙志が嫌がっていないか、意思確認はしたつもりだが、彼にふれたいという自分の欲求を満たすことを一番に考えていた。自分勝手な行動に出ていたのは間違いないのだ。


「桃音、勇気を出して? 桃音の初恋は実るよ、大丈夫。だから松浦先輩にちゃんと告白するんだよ?」

「うぅ……」


 応援してくれる結美に、桃音は身体を縮こませながらうめいた。



   ◆◇◆◇◆



「なんだよ、今日はこっちの食堂で食おうって」


 同じ頃、謙志と将樹は他学部の学生がよく使う二号館の食堂「おりべ」ではなく、スポーツ科学部の学生がよく利用する八号館の食堂「みさか」にいた。おりべに比べると席数は少なく、値段もやや高い食堂だが、陸上競技場やトレーニング棟、道場や第二体育館に近い食堂みさかは、広いキャンパス内を移動するのが面倒なスポーツ科学部の学生や、体育会の部活に入っている学生が好んで使う。

 二時限の講義が終わった将樹と待ち合わせるなり、謙志は将樹をみさかに誘った。いつもなら二号館のおりべのほうが近いのでそちらで食べるのだが、わざわざ歩いて移動してまでみさかを利用するということは、あまり人に聞かれたくない話があるのだろうと将樹は構えた。

 しかし、謙志は黙々とチキンカレーライスを食べるだけで、何も切り出さない。仕方がないので、将樹は自分から謙志に話しかけた。


「っていうか、なんか謙志、疲れてね? 大丈夫か」

「ああ……その……ちょっと……」

「なんだよ」

「いや……ヌきすぎて……」

「ぶほぉっ!?」


 どこかぐったりとした表情をしている謙志を心配してみれば思わぬ返事だったので、将樹は飲んでいた麦茶を噴き出しそうになった。

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