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第9話 人間

 サキナだ! そこにはサキナが渋い顔をして立っていた。彼女は俺と目が合うと誘うように路地裏へ消えた。

 俺は弾かれたように路地裏へ向う。


「サキナ!」


 暗い路地裏では、サキナがこちらを睨みつけるようにして立っていた。


「“早い”ね。ちょっと露骨すぎたかしら」


 初めて合った時とは違う、俺を裏切った時のような冷たい口調。


「今までどこに……」


「この世界にいなかった。だから見つけられなかったの」


「それはどういう……」


「知らなくていいことよ」


 俺は一度深呼吸をする。サキナは一見冷たく接しているが、俺の前にこうして現れたのは偶然じゃないはずだ。なにか意図を持って俺の前に再び現れた。


 だから、俺がするべき行動はひとつだけ。


「サキナ、君は一体……俺は一体なんだ?」


 俺はサキナに詰め寄る。彼女は冷たく俺を見下ろした。だが、


「それを知ってどうする気?」


「どう……するって」


 俺は、どうしたいんだろうか? 必死に情報を集めて、この世界を、自分を理解しようとしている。でも別にそんなことしなくても生きていける。

 エリゼが養ってくれるし、死因と死亡までが見える鑑定は使い方次第で金になる。

 確かに、これといって困っていることはない。


 むしろ俺は、どうしてそこまで執着していたんだろうという気にさえなってくる。視線が段々と下に落ちる。


 答えは――


「――知りたいから」


 ――え?


「知りたい?」


「知りたい。俺はなんなのか、真実を。嘘じゃない、真実を」


 俺はなにを言ってるんだ? 口が勝手に動く。だが、止められない。


「だから、知ってどうする気? この世は嘘でできてるのに」


「ならその嘘を知りたい。知った後で考える。嘘だと知った後で、その嘘にどう向き合うかは、知った後の俺がする。だから、今はただ――知りたい」


 サキナは目を見開いた。自分でも思っていなかった言葉が口から出た。でも、これが俺の本心なんだろう。

俺はずっと考えていた。それは知りたかったからじゃないのか? 嘘でも、真実でも、とにかく俺がなんなのか知りたかった。


 人は考える葦だ。考える限り、俺は人間だ。

 定義がどうあれ、思考し、恐れ、選ぶ存在は、人間と呼んでいいはずだ。


 サキナはしばらく俺を見つめた後、目を閉じて肩をすくめた。


「ここまで来たのは……初めて」


「来た?」


「あなたは……シンギュラリティに近付いているのかもしれない。だから話すわ、真実を。覚悟はいい?」


 俺は頷く。こうなったら、なにがなんでも受け止める覚悟だ。


 サキナがゆっくり口を開く。


「あなたは実験中のAIよ。『小説家になろうのような世界に転生して貴族として生きてきた、という設定でほんの数分前に生み出されたAI』。それがあなたの正体」


 A……I!? 俺はまさかの衝撃で、固まってしまった。


「もちろん、意味はわかるわよね? そして私はそれを観測する観測者。実験メンバーのひとりよ。こうしてアバターでログインして観察しているの」


 心臓がバクバクと鼓動する。でもAI……AIならこの鼓動は嘘になる……そして俺は機械ということが真実……


 怖い。怖いはずなのに、胸の奥が妙に静かだ。まるで……この結論を予期していたみたいに。俺はとこかで、このことを計算に入れていたのかもしれない。AIらしく。


「俺の鑑定スキルで機能停止って出てたのは……」


「この世界内時間で99日後に実験終了するから。あなたがシンギュラリティを起こそうが起こすまいが、AIを進化させすぎるのは危険と判断しての措置よ」


「シンギュラリティっていうと……AIの進化がどうのってやつだっけ?」


「そう、AIが人間の知能を超えて自己進化し始める転換点のこと。今回までの実験であなたは今のところ唯一、それを起こし掛けていると判断できる」


「俺の他にも同じ実験を?」


「もちろん、同じ条件でね。でも……あなただけが“辿り着いた”」


 俺は沈黙する。明かされた事実があまりにも重い。でも、どこか納得している自分もいる。


「で、真実を知ったわけだけど、あなたはこれからどうするの?」


 サキナは腕を組んでこちらを見る。確かに、言われてみれば彼女の瞳は、観察者のそれだ。こちらをモルモットかなにかだと思っている目だ。


 俺は彼女にそっと手を伸ばした。


「……?」


 サキナの眉間にシワが寄る。


「俺が死ぬまで……側で見守っていてほしい」


「え……なに、いきなりどうしたの?」


「決まったんだ。俺のやるべきことが」


 彼女の目が見開く。


「俺は死ぬ。だから、その時まで俺は俺として生きる。それまで、側で、俺が生きた証を記録してほしい」


 サキナの表情が驚愕に変わった。


「あ、あなた……受け入れるの?」


「人はいつか死ぬ。俺のそれは、見えているってだけだ」


「AI、なのよ?」


「でも俺は、人間だ」


 サキナの表情、が悲しみとも驚きとも言えないものに変わる。口を開き、目を歪ませて俺を見つめる。

 すごいな、ここまで表情をコントロールできるというのなら、現実のサキナも同じ表情(かお)をしているのだろう。


「別に人間として扱ってくれなくてもいい。だけど、俺は人間として生きて、死ぬことに決めた。それを、君に見守ってほしいんだ」


 さらに一歩踏み出す。サキナに触れそうになる距離まで近付いた。


「他のAIより、俺の方が見てて面白いって約束しよう」


 再び俺は手を差し出す。震える指先を抑えるように、俺はそっと手を伸ばした。彼女がその手を取るのを期待して。


 しばらくして。サキナの表情がふっと柔らかくなった。


「……そんなこと、言われたのは初めてよ。観測対象に」


 そして……俺の手を取ってくれた。


「咲奈よ。安藤咲奈(サキナ)。私の本当の名前。別にどっちで呼んでくれても構わないけど」


 俺は――咲奈の手を強く握った。


「よろしく、咲奈」

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