第6話 違和感を探して
「そうかそうか、エリゼがそう言うなら、婚約を破棄しよう」
アーベントロード卿は、簡単に言ってのけた。
「ほら、お父様も賛成してくださってますわ!」
エリゼは嬉しそうだが、俺は頭を抱えた。これは……どうすればいいんだろうか。
だが子爵がそう決めてしまった以上、簡単には覆らないだろう。俺はしばらく子爵家に厄介になりながら成り行きを見守ることしかできなかった。
数日が経過した。公爵家に婚約破棄の知らせが届き、なにが起こるかビクビクしていたが、まるでなにも起きなかった。
ただ公爵家から「二度と顔を見せるな」との旨の手紙が一通届いただけで、アーベントロード家の生活はまるで変化がなかった。普通に社交界にも出ているし、今まで通り子爵家を名乗れている。
俺がおかしいのか? 普通、こんな重大な裏切り行為をしておいて、なんの社会的ペナルティもないなんておかしいはず……なのに、それでも世界は普通に回っている。
困惑する俺とは真逆で、今日もエリゼは楽しそうだ。
「はい、アルト様、あーん」
嬉しそうにケーキを俺の口に運んでくれる。それ自体は悪い気はしないので、素直に食べているが、疑念が俺の中で渦巻いている。
エリゼの機嫌がいいのは俺と何日も一緒に居られているからだというのは想像がつく。子爵夫妻も、そんな俺たちを微笑ましく見守っており、婚約破棄などなかったかのようだ。
……まあ、なにもないのなら、ないでいい。そういうものだと受け入れればいいのだから。
でもだからこそ、俺はサキナのことを考えていた。
彼女はあまりに……なんというか、相応しくない。
この世界と同化していないと感じる。俺自身もそうだけど、サキナは俺の知る「常識」に近い存在な気がする。
改めて自分を鑑定する。
『名前∶アルト・フォン・レインハルト
種族∶人間
年齢∶17歳
死因∶機能停止
死亡まで∶96日』
機能停止……これがなんなのか、未だにわからない。というか、機能停止って人間に使うのか?
一応、心肺機能停止などで使わないことはないのか……
でもただ「機能停止」とだけ書いてあるのが異質だ。そしてサキナの死因が不明なのも。
やっぱり、彼女を探すしかないか。
「なあエリゼ。俺、やらなきゃいけないことがあるんだ」
「なんですの? わたくし、応援いたしますわ!」
「まずは冒険者ギルドに行ってくる。あと、自分の生活費くらい、自分で稼ぎたい」
「そんなこと、気にしなくてよろしいのに……」
エリゼは口を尖らせていたが、なんとか説得して近くの町へ向うことにした。俺が最初にサキナと出会った町だ。
騎士が実戦で使う剣と盾を貰って、俺は町へ急ぐ。戦いの心得はほとんどないが、武器があると舐められないだろう。それに、なにかあっても対処できる。
俺は地図を見ながら始まりの町へと辿り着いた。
ユミルを失い、サキナと出会った、この町に。
取り敢えず、冒険者ギルドへと向かった。
ギルドの中は相変わらず人でごった返している。まずはサキナのことを聞いていこう。この町で活動していたなら、なにか情報があるはずだ。
受け付けならなにか知っているかもしれない。
「すみません」
俺はギルドの受け付けをしている女の人に声をかけた。その人は、パッと花の咲くような笑顔を見せてくれる。
「こちら、冒険者ギルド受け付けです。なにか御用でしょうか?」
「あの、サキナ•アルバーンズって冒険者を知ってますか?」
「サキナ•アルバーンズさんですね、確かA級冒険者の方ですよね。少々お待ちください」
よかった、案外あっさり見つかりそうだ。しかし、A級。なかなかのやり手だったみたいだ。それなのに盗賊紛いのことなんかして……ますます不自然だ。
受け付け嬢はカウンターでペラペラと名簿をめくり始める。それにしても、個人情報がどうのとか言われないんだな。
こういう時は、杜撰な中世ヨーロッパ風な世界に感謝する。
「えっと……うちのギルドには登録がありませんけど……」
「え……」
「勘違いだったみたいです。サキア•ナルバーンズさんならいらっしゃいますよ」
そんな似すぎてる名前のやつがいるか? いや、いると言われればいるのかもしれない。
だけど、明らかに不自然だ。受け付け嬢も最初ははっきり「いる」と言った。隠してるわけでもなさそうだし、不自然に存在を切り取られたかのようだ。
となると、サキナを探すのは困難になっちゃったな。手掛かりはギルドだけだったのに……あ、そうか。
「あの、依頼って出せますか?」
「はい、こちらでお受けできますよ」
「サキナ•アルバーンズって女の子を探したいんですけど……」
「人探しの依頼ですね。かしこまりました」
俺はギルドを利用することにした。ここで依頼をしておけば、誰かがサキナを見つけてくれるだろう。
問題はお金だけど……
「人探しの相場って、いくらくらいなんですか?」
「そうですね……ここのギルドだけなら銀貨2枚。他の町の支部にまで依頼を回すとなると銀貨5枚になりますね」
銀貨1枚で大体宿1泊分ほどの価値だ。一般的な冒険者の日銭が銀貨2.3枚だと言われているから、まあこんなものだろう。
「じゃあ一旦この町で探してもらって、見つからなかったら他の町にも依頼をお願いします」
「かしこまりました。依頼成功時に冒険者へと報酬を渡すシステムとなっております。1日に1回、確認で顔を出すことをおすすめしますよ」
俺は依頼を出して、ギルドの外へと出る。よし、後はお金だ。でもどうやってお金を稼ごうか。
鑑定スキルを使って占い師でもしてみるか? 面白そうだけど、稼げるかわからない。堅実にいきたいところだからな。
俺は取り敢えず、雑用の仕事でもないか確認するために、町の酒場へと向かった。




