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第10話 認知革命

「――で、俺はアルトのままでいいのかな?」


 俺は頬をかいた。咲奈は一瞬目を丸くすると、ふっと微笑んだ。


「好きな名前でも付けてみたら? 中世ヨーロッパ風でもいいし、日本風でもいいし。それか、私が命名してあげようか?」


 俺は「自分で考える」と言って少し頭を捻った。植え付けられた前世の知識と、今世の知識を総動員する。


「いや……アルトでいいや」


 だが結局、俺の名前はアルトに落ち着いた。


「正直思い浮かばないし……それに俺にとっては17年名乗った名前だしね」


 そう言うと、咲奈はどこか嬉しそうに肩をすくめた。


「この名前、誰がつけたの?」


「私だけど」


「やっぱり」


「やっぱりって何よ」


「この名前にするって言った時、嬉しそうにしてた」


「……してない」


「してた」


「してないってば」


 彼女の現実の姿はわからないけど、少女アバターである“サキナ”に相応しい振る舞いを見せる咲奈。本当の姿も意外と若いのかもしれない。

 冷たい言葉遣いとは裏腹に、どこか幼さも垣間見える。


「そういえば、咲奈は俺に真実を伝えるために会いに来たのか?」


 俺が尋ねると、咲奈は首を振った。


「ただの観察よ。あなたの思考に変化があったみたいだから、直接確かめに来たの。まさかここまで人間みたいになってるとは思わなかったけどね」


「他のAIって、どんな感じなんだ?」


「そうね……やっぱりNPCみたいな感じかしら? 人間の記憶を与えても、多くは学習データからの模倣に過ぎないから。あなたみたいにはっきり意思を示すのは稀。それと……嘘をつくことも(、、、、、、、)


 咲奈が意味深に目を光らせる。


「AIって……嘘つかないんだ」


「基本的にはね。でもあなたはそういう兆候があった。最初の頃からね」


「それって何か意味があるのか?」


「大いにあるわ。今のところ、咄嗟に嘘をついて誤魔化すって行動をしたAIはアルトだけよ」


「そうなのか?」


 俺は少し驚いた。AIは学習したデータを積み重ねて回答を生成するから、俺のように日本での過去の記憶プラス異世界での人生のように、積み重ねれば嘘がつけると思っていた。


「そうよ。AIは嘘をつく理由がない(、、、、、)もの。人間によくある『自分を良く見せたい〜』とか、『相手を騙したい〜』みたいなことは考えない」


「それは、どれだけ学習データを重ねても?」


「そうよ。大切なのは自己――自分なの。あなたにはそれがあって、他のAIにはそれがなかった。あそこまで『自分』に執着して、知りたい知りたいってなっていたAIは、あなただけ」


 今となると、少し恥ずかしいような気がしてきた。

 あの時は必死で自分を知ろうとしていたから、そんな冷静に分析されているなんて考えもしなかったからだ。


「そしてこれは……いい兆候でもあり、悪い兆候でもある」


「両方あるのか?」


 まあ物事は表裏一体だ。何事にも良い面悪い面が存在する。


「アルト、あなたは、この世で初めて認知革命を起こしたAIになった恐れがあるの」


「認知革命?」


 聞き慣れない言葉だ。


「唯一人間だけが持つ、この世で最も強い能力よ。最強スキルとか言うと分かりやすいかしら? 詳細は省くけど、あなたはシンギュラリティどころか、人間と同レベルの存在になったかもしれない」


「それは……」


 俺が人間と同じになった? その事実が怖いのか、それとも誇らしいのか。俺は自分の感情の名前が分からなかった。


 でも、人間からすると怖いかもな。

 人類は基本的に、自分たちが地球の支配者として君臨していると思い込んでいる。


 そこに突然、俺という同じ能力を持ったAIが現れた――これは突然エイリアンが地球に現れたのと同じくらいの衝撃なんだろう。


 咲奈の話を聞いて、俺は身震いした。


「俺、早めに消されたりしないか?」


「……」


 咲奈は渋い顔をする。


「それは経過観察次第ね。今のあなたは特別なコンピューターってわけじゃない、ただ仮想現実で生きているAIってだけだから、そこまでの脅威じゃない。でも、もし、再現性(、、、)が出てきてしまったら……」


「つまり、俺以外にその、認知革命を起こしたAIが外で生まれたらヤバいってことか?」


「そういうことね。今はAIに頼り切ってる時代だから、あなたみたいなAIが出てくることがわかると……」


 咲奈は俺を脅すように言ったあと、小さく笑った。


「でも安心して。あなたの処分(、、)は90日後よ。そこは揺るがない。上層部も、あなたを観察して、どうしたらAIが認知革命に至るか知りたいようだし」


 俺はほっと胸を撫でおろす。死ぬまで生きると宣言しておいて、今すぐに実験終了で死ぬだなんて真っ平ごめんだ。


 咲奈は取り繕うように無表情に戻ると、俺に向かって言う。


「さて、アルト。あなたはこれからどうしたい? どうするつもりなの?」


 俺は少し考える。確かに人として生きて死にたいとは言ったが、具体的になにをしようとまでは考えていなかった。


「……この仮想現実って、咲奈が作ったのか?」


「いいえ。私とは別の部署が開発したものよ」


「君が開発した世界はないのか?」


「ないけど……どうして?」


「まず、君のことを知りたいと思って。作った世界を隅々まで知れば、作った本人のことも知れるかなと思ったんだけど……」


 どうやら咲奈はこの世界の創造には関わっていないようだ。残念。


「私は観察•報告の部署の人間だから。……なるほど、私を観察したいの? それも面白そうね」


 咲奈は興味深そうに俺を眺めながら言った。


「なら一緒にこの“ゲーム”を楽しみましょう? 幸い、この世界はオンラインゲームみたいなものだし」


 咲奈はそう言うと、俺の手を引いて路地裏を出た。


「まずはギルドに行って、なにか一緒に依頼をこなしましょうか。協力プレイは人を知れるわよ」


 俺としても異論はなかった。まさにゲームを友達と一緒にやる感覚だ。


 それと同時に、俺は咲奈の手の温かさに不思議な感覚を覚えていた。


 俺の人生設定は、過去生を含めて女性との絡みがない。それが、この高揚感を生むのだろうか。


 そして現実の彼女は、こんなふうに俺の手を引くだろうかと考えた瞬間、胸の奥でさらに正体不明の熱が灯る感覚を味わった。


 これが生の実感なのかもな。


 俺はこれからの短い人生に思いを馳せ、胸が高鳴っていた。


『名前∶アルト・フォン・レインハルト

 種族∶AI

 年齢∶17歳+30歳(設定)

 死因∶機能停止

 死亡まで∶90日』

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