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森の魔女  作者: 杉井流 知寄
第一章 何でも屋、森に行く
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 4

「なぁ、兄貴」


 弟のか細い声にクルトは答えた。


「なんだ、我が弟よ」


 こういう芝居かかった言葉使いをする時は不機嫌か上機嫌かのどちらかだと、ロルフは長い付き合いの中で分かっていた。


 分かってはいたが、泣き言は止まらない。


「なぁ、どうしても行かなきゃ駄目なのか?」


「さっきも道すがえら説明したよなぁロルフ君。俺達の仕事は魔女だかなんだか知らないが、ともかくこの奥に住んでる人間に用があんだよ」


 いらいらと、クルトは足元を蹴った。


「で、でもよぉ……」


「お前の言いたい事は分かる」


 尚も言い募るロルフに、クルトは同意を示しながらも強引に遮り言った。


「確かに普通じゃない。ここは普通の森じゃない。それは分かる」


「……」


 ロルフは無言で、辺りを不安げに見回した。


 物置なのか小さな小屋があり、その横には手作りのブランコとシーソーがある。それらは長い間使われていないのだろう、草木が生い茂り、覆い尽くしている。


 不気味だった。


 ロルフはこういうのが苦手だ。寂れた廃墟、人から忘れ去れた誰かの墓地。そういう物悲しく切なく、哀愁漂う場所が大の苦手だった。


 しかし、誰なのかは知らないが、最低限の手入れは行われているようで、うっすらと獣道のように細い道が奥へと続いているのが分かった。


 その先はおそらく魔女の館だろう。


 うっそうと薄暗い森が続いている。


 不気味な森だ。

 

 光の加減の所為か、まさしく文字どおりに真っ黒な樹が所々生えている。

 

 普通では有り得ない。

 

 どう光が当たり、影が色濃くなろうと、樹が黒くなることはない……筈だ。


 最も、ロルフもクルトも植物学者ではないから確かな事は言えないが。


「だが仕方ないだろう? ここで引き返す訳にはいかねぇんだ。ガキの使いじゃあるまいし、『できませんでした』じゃ終わらねぇんだよ!」


 そりゃその通りだ。


 ロルフは兄の言葉に納得する。


 しかし、理屈が理解できても感情と身体がついてこなかった。


「……」


 無言のまま、足元を眺め続ける。


 ただいたずらに時が過ぎるのを乞う。時が全てを解決してくれる気がした。何もしなくても、何かが起こる。


 こちらから動かずとも、向こうから何かがやってくる。


 そんな気がした。


 ただの気のせいだが。


「行くぞ」


 兄の言葉に身体が勝手に硬くなる。


 あれだ。


 いくら大人だからといっても無理なものは無理だ。出来ない事はできないし、更に付け加えるならばやりたくない事はどうあってもやりたくない。


 しかしそのやりたくない事を無理矢理する強がりが、大人を大人しめるたった一つの根拠かもしれない。


 が。


 無理無理無理。


 いくら大人といえど、出来る強がりと出来ない強がりがある。


 ロルフにとって、これは出来ない強がりだった。


 みっともなくても構わない。無理はものは無理。


 唯一兄の失望が心残りだが、仕方ない。例えるならば兄に「死ね」と言われて死ねないのと同じだ。


 絶対に無理なものは無理。


「……」


 ロルフは無言でブランコに腰掛けた。


 横に三つ並んだブランコの真ん中の物は、どういう訳か一回り大きかった。大柄なロルフでも楽に座れる程に。


 余程体格の大きな子供が居たのだろうか……そんな訳ないか。二人乗り用?……危ないな。


 そんなどうでもいいことがロルフの頭をぐるぐる回る。


 体格が大きい割に、ロルフはどちらかというと内向的な性格だ。


 考えが煮詰まると逆に開き直り、なにかしらの行動に移す能動的なクルトと違い、ロルフはどこまでも受動的である。


 自分一人では出来ない事がある。誰がなんと言おうと、世の中にはそういうものが絶対にある。

 

 それにぶち当たった時、どうするのか。


 一人ではどうにも出来ない。どうしようもない。そんな八方塞がりな、絶望的な状況。

 

 そういう時、ロルフはどうするのか。


 簡単だ。


 ひたすら待つ。


 誰かが、何かが起こるのをひたすら待つ。


 無論常に物事は都合良く、ロルフの良いように運ばない。運びはしないが、事態が動けばそれで良かった。


 後はどうとでもなる。だって、自分には兄が居るのだから。


 自分と兄の二人がいれば、なんでも出来る。


 これまで常にそう二人でやってきた。それで上手くいっている。だから、ロルフはこのやり方に疑問は持ったことがない。


 それはまぁ、ちょっとだけ情けないかな、と思わない事もないが、構わない。結果が全てだ。


 と、ここだけはカッコつけて結論づけるロルフだった。


「……仕方ない奴だな、お前は」


 深く息を吐いて、クルトは呆れた調子で言った。


「ここで待ってろ。暗くなる前には戻るようにはするが、暗くなったら明かりを頼む。俺はお前の明かりを頼りに帰って来るからな、絶対に絶やすなよ」


 すたすたと、既に歩き出しながらクルトはロルフに指示を出した。


「うん、分かった」


 少し顔を上げ、空を見た。


 まだまだ明るい。日が暮れるまで十分に時間はある。


「うん言うな」


「はいはい」


「はいは一回!」


 母親のような小言に鬱陶しさを覚えるより、ロルフは安堵した。


 クルトの機嫌が直った証拠だ。機嫌が悪いなら一々注意はしない。


「それじゃちょっくら行ってくるぜ」


「よろしく」


「ああ、任せとけ」


 兄は頼もしく頷き、森の奥へと入っていった。



 くらいくらい、森の中に。




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