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森の魔女  作者: 杉井流 知寄
第四章 魔女、森を出ていく
24/38

 3

 時は少し遡りエーファの眠りが妨げられる頃、ボルツ事務所にて。


 人語を解する猫とはいえ、やはりただの猫らしい。


 弟と猫じゃらしで戯れるイルマは、どこからどう見てもただの猫だった。


「ほれほれ~」


〈くぅ! ニンゲン如きに翻弄されるとは腹立つわね! 止めなさいよその動き! 追いかけちゃうじゃない! アンタも黙って見てないで止めさせなさいよっ!! 弟なんでしょっ!?〉


 でかい図体をして弟は何かと器用だ。そして小動物好き。


 飼うとは一言も言っていないのに昨日の夕方イルマを連れ帰ると、弟は目をきらきらさせながら用意を始めた。


 いそいそと適当な段ボール箱をどこからか調達し、そんなん何所にあったと思うような可愛らしいバスタオルをその段ボール箱に敷き詰め、これまた可愛らしい深めの皿と小皿を用意した。それぞれ水と餌皿らしい。


 その段ボール箱はなんと、三階の居住スペースに置かれている。


 クルトとしては用意するのは構わないのだが、場所は勘弁して欲しかった。広い部屋ではないのだ。いくらイルマが清潔にしていても動物の匂いというのは存外強い。どうしても臭う。


 イルマのテレパシーを聞き流しながら、クルトは深く椅子に座り直し、大きく伸びをした。


〈ちょっと、ムシってんじゃないわよ!〉


 いい気味だ。


 焦ったイルマのテレパシーはクルトの気を少しだけ良くした。


 やはり猫は猫だ。


〈くぅぅ、この……っ!!〉


「ほれほれ~」


 兄としては弟の楽しげな顔を見ているのは悪い気はしない。


 しないが、あの猫の正体というか本性を知っているから、あまりからかい過ぎた後が心配だ。弟にはからかっているつもりはなく全力で遊んでいるんだろうが、猫にとってはそうではない。


 そろそろやめさせるべきか。


「おいロルフ、いつまでも遊んでんじゃねぇよ。今日も一日お仕事頑張りましょ~」


 からかい半分に促せば、弟は冷たく切り返してきた。


「仕事一つもないじゃんか」


 兄はめげずに続ける。


「馬鹿だなぁ、お前。だからつって遊んでる場合じゃねぇだろ? むしろ仕事がない時にこそ仕事は取りに行かねぇとな。な、そうだろう?」


「じゃあ兄貴が行ってくれよ。オレは留守番してるから、いつもみたいに」


 若干弟の言葉に刺を感じるのは気のせいか?


「……まあ、確かにいつもそうだよな。だからこそだ、兄としてはたまには違うパターンを試してみてもいいんじゃないかと、思う訳だが、どうだ?」


「兄貴」


 猫と戯れる手を休めずに、弟はこちらを見もせずに言った。


「俺は今、猫と遊びたいんだ」


 クルトはそれ以上説得出来ず、諦めて自分が出かける支度を始めた。


 ――悪い、イルマ。俺にはロルフを止められなかった。


 通じるか保証はなかったがクルトは猫にテレパシーを送り、小さく頭を下げた。



 ふにゃあ!



 一際激しい猫の鳴き声を背に、クルトは昨日と同じようにロルフを残し、事務所を後にした。


 外に出ると良い天気だった。夜も良く晴れそうな、雲一つない快晴。


 これからの予定を考える。


 ロルフには仕事は探してこいと言ったものの、そんな気分にはなれなかった。


 昨日仕事が一つ終わった所だ。そんなに慌てて次の仕事を探す必要はなかろうと、クルトは余裕ぶってみる。がっつく男は大概引かれるものだ、なんて言い訳めいた事を考えながら、クルトの足は最寄りの銀行に向けられた。


 昨日の報酬を確認する為だ。契約では仕事の終了次第即振り込みを条件としている。だから、昨日のアレで仕事が終わりなら報酬が振り込まれ、呪術とかも解けている筈である。魔術だのなんだのは門外漢だから分からないが、あの男の言う事を信じればそうなる筈だ。


 報酬を手に入れたら必要経費を差し引いて、自分とロルフの給料――ほとんど小遣いみたいなものだが――に割り当てよう。今回はなかなかの額になりそうで、今から楽しみだ。


 それでその金で彼女に何か買って行こうか。昨日は仕事だからと遠慮したのだが、今日は別だ。昨日見た感じだとアクセサリーの類は全く身につけていなかったから、ちょっとしたアクセサリーでも。髪留めでもいいかもしれない。彼女の白い髪に映えるものを想像するのは楽しい。


 と。


 クルトはまたも唐突に思い出した。


 ロゼッタの紅茶。


 預かってからもう三日も経つ。このままではずるずると忘れて行きそうだ。


 だがしかし今から引き返し、ロルフとイルマの待つ事務所に再び顔を出すのも気が引けた。


 まあ、紅茶だし日持ちするだろう。


 クルトは気楽に考えて、そのまま進路は変えることなく目的地に向かう。


 ロゼッタの紅茶は、またしても忘れられた。






 宿題をあらたか終わらせ、早速森に行ってみたリサは驚いた。


 大きく立ち入り禁止と掲示された立て看板。ご丁寧に丈夫そうなロープで道も塞いであった。看板にはメルディン社所有の為、関係者以外の立ち入りを禁ずと書かれている。


 メルディン社。


 リサだって知っている、もはやこの街の象徴といってもいい大企業。まさかそのメルディン社とエーファに繋がりがあるとは思わなかった。


「……」


 いや、なんかおかしい。


 根拠はないが直感でリサは両者の繋がりを否定した。


 よくよく観察してみれば、その看板もロープもどれも真新しい。まるで昨日今日設置されたみたいに。


 エーファはずっと森に住んでいるらしいから、もし元々関係があるのならこの真新しさは不自然だ。もっとも、メルディン社との関係がごく最近になって結ばれたのなら話は別だが。


 まあともかく。


「とにかく会わなきゃね。折角ここまで来たんだし」


 リサは自分に気合いを入れる。


 お出かけ用のワンピースにサンダルという軽装で来た事を後悔した。お菓子を入れたバスケットも、こんなんだったらリュックにすれば良かったと悔やまれる。


 小道を塞いでいるロープは密で、くぐり抜けたりするのは不可能だ。かといって上を跨ぐには高さがある。となれば横の、ロープを張られていない森を直接入るしかない。こちらも木々が密集し、まるで侵入者を拒むかのようであるが、他に道はない。


 しかしリサには撤退、日を改めるという戦略はなかった。


 ただ突撃のみである。


 リサは勇ましく腕まくりをして、森へと踏み行った。


 そして――


「民間人と思われますが、少女が一人森へ入って行きました。いえ、魔力反応はありません。ええ、そちらの判断をお願いします」


 影から森へ入る者を監視する、赤茶色の制服の女。


 森は監視されている。




 そして、その後しばらく。


 一人の男が走って森の入り口まで来た。長身の、なかなかの優男だ。


 先程無謀にもの森へ入って行った少女を探しているのだろうか、うろうろと森の入り口の周辺を歩き回り、奥を覗き込むようにしている。


 当然、見つかるはずはないが。


 森は今、あの方の術によって大きく形を変えている。森の奥、魔女の館より奥はあのお方の力をもってしても無理だったが。


 あの少女はもう既にあのお方の元に転送されているはずだ。そういう術が森にかけられている。


 赤茶色の制服の女はただ監視するだけである。


 女は男を止める事も少女が森に入っていったと教える事もなく。


 ただ見守るだけである。



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