01
少し記号を調整してます。
――ヴァレンティーノ公爵邸。
重厚な大広間に、深い沈黙が落ちていた。
長机を挟んで座る公爵夫妻と、正面のカイセリオン。
「……そうか。婚約破棄に加え、国外追放とはな」
公爵は低くうなり、手にしたグラスを強く置いた。
「レオナルド王太子は我が家を愚弄するにも程がある。我が家もそろそろ身の振り方を考えなければな。」
公爵夫人はそっと唇を噛み、声を震わせた。
「セリーナは何も悪くありませんのに……」
カイセリオンは二人を見据え、きっぱりと言った。
「ご安心ください。彼らの愚行は、我が国にとっても侮辱です。――セリーナは私が必ず幸せにします。妻として」
その真剣な言葉に、公爵夫妻の表情がわずかに緩む。
「……殿下、どうかあの子を頼みます」
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その時、扉が開き、軽やかな足音が響いた。
「お待たせしました! 旅装を整えてまいりましたわ!」
入ってきたセリーナは、淡い水色のシンプルなドレスに日よけ用の帽子、そして小さなトランクひとつ。
宝飾品も豪華な衣装もない、驚くほどの軽装だった。
「セリーナ……ずいぶんと軽装だな?」
カイセリオンが思わず呟くと、セリーナはにっこり微笑んだ。
「ええ、侍女としてお仕えするのですもの。ドレスや宝飾品なんて必要ありませんわ!」
「んん!?侍女!?ごほっ」
カイセリオンは驚きのあまり咳き込んでしまう。
公爵夫妻は一瞬だけ目を合わせ、「……まぁ、あの子らしい」と小さく笑った。
カイセリオンは心の中でため息をつきつつ、彼女の手を取った。
(どうしてそうなった!?セリーナらしいと言えばそうなんだが……まずはこの勘違いを解くところからか)
こうして、セリーナは何も知らぬまま、アルヴァレス帝国への旅路に就いた。
⸻
途中、宿で一泊しセリーナの負担にならないよう配慮しながら順調に旅路は進む。
馬車の揺れに合わせ、窓から差し込む陽光がセリーナの金髪をやわらかく照らす。
彼女は膝の上に置いた小さなノートに、真剣な筆致で何かを書き込んでいた。
「……まずは掃除。毎朝、廊下を端から端までピカピカに。次に料理、できれば帝国料理の基礎を学びたいですわね」
向かいに座るカイセリオンは、その熱心な表情を不思議そうに眺めた。
「セリーナ、それは何を?」
「侍女としての心得ですわ! アルヴァレス帝国では、お世話になった分、全力で働こうと思っておりますの」
カイセリオンは一瞬だけ言葉を失い、次いで苦笑を漏らす。
「……いや、働かせるつもりは――」
「ご安心ください、重い荷物も持てますし、紅茶の淹れ方にも自信がありますの!」
胸を張るセリーナの笑顔は、未来の皇妃など微塵も意識していない。
カイセリオンは額に手を当て、小さくため息をついた。
(……まぁ、いずれわかるさ。今は楽しそうだからそっとしておくか……)
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馬車が速度を落とし、外には高くそびえる石造りの門と鎧姿の兵士たちが見えた。
「……国境検問ですわね?」
セリーナはきょとんと首を傾げる。
「そうだ。だが、心配いらない。俺の国では歓迎されるはずだ」
カイセリオンは扉を開け、外の兵士に声をかけた。
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衛兵「止まれ!身分証の提示を――おや、殿下!?
これはこれは……まさか令嬢を連れ去ってきたのですか!?」
「そんなわけないだろう。」
カイセリオンはよくシュトルツ王国に行く為、国境の街を使うことが多く顔馴染みも多い。
そのせいかカイセリオンの人柄もあるがこうやって気さくに話しかけるものも珍しくはない。
セリーナはにこやかに一礼。
「セリーナ・ヴァレンティーノですわ。リオ……いえ、カイセリオン殿下の侍女として務めさせていただきますの」
衛兵たち「……は?」
カイセリオン「いや、侍女じゃなく――」
だが衛兵たちは顔を見合わせ、ニヤリと笑った。
「殿下、またずいぶんと謙虚なお嬢様を連れてこられましたな」
「違う。俺の妻になる女性だ」
真顔で言い切るカイセリオンに、セリーナはパチパチと瞬きを繰り返す。
「え……?奥様?どなたの?」
「俺のだ」
「……まぁ!リオのお身の回りを奥様が直接お世話なさるなんて、とても素敵ですわね!」
カイセリオン「(……もう好きにさせておくか。いずれこの勘違いにも気づくはず…)」
⸻
検問は滞りなく通過したが、後にこの国境でのやり取りは兵士たちの間で笑い話として広まり、
アルヴァレス帝国中に「天然すぎる未来の皇妃」の噂が流れるきっかけとなるのだった。
―――――――
国境を越えてさらに半日。
遠くに白い城壁と高い尖塔が見えてきた。
「まぁ!くるのも久しぶりね。変わらず本当に美しいわ。」
セリーナは窓に張りつき、きらめく帝都アルヴァレスを見つめた。
カイセリオンはそんな彼女を横目で見ながら、口元にわずかな笑みを浮かべる。
(この国が、君の新しい故郷になる)
馬車は城門をくぐり、真っ直ぐに皇宮へと向かった。
―――――
豪奢な謁見の間。
玉座に座るのは、堂々たる体躯の皇帝マクシミリアンと、その隣で微笑む優美な皇后アナスタシア。
二人の前で、セリーナは深々と一礼した。
「お久しぶりでございます、アナスタシア様。この度は、カイセリオン殿下の侍女として――」
「妻として、だ」
カイセリオンが間髪入れず訂正する。
セリーナは一瞬きょとんとしたが、すぐににこやかに頷いた。
「はい、侍女として、カイセリオン様のお傍におります」
皇后は目を瞬かせ、皇帝は口ひげを撫でながら小さく咳払いをした。
「……息子よ。侍女と言ったか?」
「間違いだ。正式には俺の婚約者だ」
「だが本人は侍女と言い張っておるな」
皇后はくすりと笑い、セリーナをまっすぐ見つめた。
「……まぁ、カイセリオン。ちゃんとセリーナに皇妃候補として説明してあるの?無理矢理連れてきたのではないでしょうね?」
「皇妃候補……?」
セリーナは一拍遅れて固まったが、すぐに両手を胸の前で握りしめた。
「まぁ!皇妃様に仕えるお手伝いもできるなんて、光栄です!」
カイセリオンはどうしたものかと、深くため息をついた。
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この場は穏やかに終わったものの、その翌日には城内中で「未来の皇妃は侍女志望」という噂が広まり、
侍女長は頭を抱えることになったのだった。
すれ違いネタ好き。
ピースが綺麗にハマった時の気持ちよさがたまりません。