第30話 剣を打つのかい打たないのかい
「今だ」
ヴァルダが合図すると、注意が削がれた地上の魔族に対し、木の陰から飛び出したキルイが剣を抜き斬りかかった。手近にいた一体目をあっさりと倒し、二体目も数度の剣戟のあと、その体を刺し貫く。三体目の魔族には多少てこずっていたが、ヴァルダが魔法を撃って援護すると、それをかわす際にできた隙を見逃さず、キルイはきっちり仕留めた。
向かってくる魔族がいなくなると、キルイは「向こうへ行ってきます」とヴァルダの方へ声をかけて、勇者パーティのもとへ駆けていく。そのころには上空に居残る魔族はおらず、ヴァルダにできることはなくなっていた。勇者パーティの方へ目をやるとマトーの姿はもうなく、剣を受け取ったクルードが前線に出て戦っていた。
「まあ、あとはあちらで何とかするだろう」
そういいながらザノーを振り返る。自分たちの戦いぶりに満足しているだろうと思ったが、ザノーの表情は硬いままだった。
「ワシらの戦いぶりはどうだったかの。遊びでないことは分かったろう」
そう問いかけても反応がない。ヴァルダが眉根を寄せていると、ザノーは「すまなかった」と声を絞り出すように言った。よく見ると、全身が小刻みに震えている。恐怖で身動きが取れないようだった。そこへ、マトーが山の中を通って帰ってきた。
「ご苦労だったな。勇者はすんなり受け取ってくれたか?」
「ああ」
ヴァルダの問いかけに、うなずきもせず短く答えた。
「そうか。では他の弟子たちのもとへ行き、工房へ戻るよう言ってくれ。あの様子だと、じきに戦いも終わるはずだ。ワシとザノーは、勇者たちの様子を見に行ってこよう」
指示されたマトーは、「わかった」とだけ言って、その場を離れる。震える様子を見られているのは決まりが悪いだろうし、見る側も居たたまれないだろうという、ヴァルダの気遣いだったが、師匠も弟子も表情を変えることはなく、互いにどう感じたかは分からなかった。
「歩けるか?」
「いや、だめだ。まだ足がすくんで動けん。先に行ってくれ」
先ほどよりは流暢になったが、まだ息が詰まるような話し方でザノーは答える。
「分かった。動けるようになったら来てくれ」
ヴァルダはザノーを置いて山から出ると、ひとりでキルイたちのもとへ向かった。
戦いの場へヴァルダが着くころには、クルードが最後に残った魔族を斬り伏せていた。
「あ、ヴァルダさん」
戦いを終えたキルイが、ヴァルダがやってくるのを見つけて駆け寄ってきた。
「怪我などなかったか?」
「はい、大丈夫です」
キルイは自分の体をあちこち確認しながら答える。その向こうには、勇者パーティの三人が控えていた。
「ヴァルダさん、助かりました。俺は剣が折れていたし、あれだけの魔族に対して、三人だけで勝てたかどうか……」
クルードは素直に礼を言ったが、スモルは疑いの目を向ける。
「でも、なんか怪しいですね。さっきのドワーフも師匠の差し金でしょう?魔族が来ることも知っていたみたいだし」
「たまたま、クルードの剣のことと、魔族の襲来について知ることができたのだ」
「そんな都合がいいこと、ありますかね?」
ヴァルダがとぼけたように答えると、スモルは腕組みし、不審げな態度を強める。しかし、「都合が良かろうと悪かろうと、助けられたのは事実だろう。感謝せねばな」とリステにたしなめられ、いじけたように苦い顔をした。
ところが、すぐまたスモルは、はっとした表情をして訝しげにヴァルダを見る。
「そういえば、聖剣に変なことをしたでしょう」
「聖剣?お前たちもあの洞窟へ行ったのか。あれは精霊に頼まれたのだ。そう説明をされなかったか?」
「それは、そうですけど……」
結局スモルは、ごにょごにょ何か言いながら引き下がった。
「勇者さんは精霊の加護を持っているって分かっていたのに、聖剣を抜きに行ったんですか?」
キルイは不思議そうに訊いた。
「ああ。近く城塞都市で番兵に勧められたんだ。行く気はなかったんだけど、あまり強く勧められたから仕方なくね」
クルードはそのときのことを思い出したのか苦笑する。
「それで、剣は抜けたんですか?」
「ああ。でも、あんなことになるなんて思わなかったよ。なんだか手が侵食されるような気味の悪い感じがしたんだ。でも、スモルやリステにはそのことが見えてなかったみたいで、信じてくれないんだよ」
「そうですよね。ボクはもう、あんな感覚、二度といやです」
キルイはそのときの感覚を思い出したのか、顔をしかめた。
「君も抜けたのかい?」
同調したキルイに、クルードは珍しく驚いて声を上げた。リステは表情を変えず平然としていたが、スモルも目を丸くしている。
「ダメだったんですけど、台座ごと抜けたんです」
そんなキルイの答えに、なんと言ってよいか分からなかったのか、クルードは困ったような笑顔を見せただけだった。そして、ふとヴァルダのそばにやってきていたドワーフに目を留める。
「ところで、そちらの方は?」
「ん?ザノーだ」
「えっ?俺たち隣の町で、剣ならザノーさんのところで打ってもらった方がいいと言われて、こちらへ来たんです」
ヴァルダの答えに、クルードはまた驚いた。しかし当のザノーは「俺のことはいいんだ」と三人に挨拶もせず、キルイの方へ近づく。怖気が収まったと思ったら、すっかり元通りのふてぶてしさに戻っていると、ヴァルダは眉根を寄せた。
「お前の剣を見せてくれんか」
「剣ですか?いいですよ」
キルイは鞘から剣を抜き、ザノーに渡す。ザノーはそれを手に持ち、しげしげと眺めた。
「ハッハッハ!こりゃあいい」
突然の哄笑に、ヴァルダは呆気にとられた。一方キルイは、剣に問題が見つかったとでも思ったのか、「何か変なところでもありました?」と、心配そうに尋ねる。
「変も何も、この剣の素材はオリハルコンだ」
キルイに剣を返しながら伝えられたその言葉に、クルードはもちろんのこと、ザノー以外の者が一様に驚きの表情を浮かべた。
「まさか……いやまて、それはロアが使っていた剣のはず。ということは、ワシと旅をしているときから、オリハルコンの剣を使っていたのか?どこで手に入れたかも思い出せんが……」
ヴァルダが動揺していると、ザノーはまた派手に笑った。その間に剣を収めたキルイは、はっとした表情を浮かべてヴァルダに声をかける。
「そうだ。あのオリハルコンは、勇者さんに使ってもらいましょうよ」
「ん?」
思考が追いつかず、キルイの提案に、ヴァルダはすぐ答えることができなった。
「どういうことだ。その剣以外にも、オリハルコンがあるのか?」
戸惑いながらスモルが口を挟む。もちろんクルードは、そのことにも驚いていた。
「ええ。そのためにザノーさんのところへ来たんです。でも、剣は打たないと言われてしまって」
「いや、今は打ってもいいと思っている。だが、その必要はないからな」
そう言ってザノーはニヤリと笑う。
「本当にいいのかい?俺がもらってしまっても」
「いいんですよ、必要な人に使ってもらった方が。ね、ヴァルダさん」
戸惑うクルードに、キルイは笑顔を見せ、ヴァルダに同意を求める。
「あ、ああ。そうだな」
ヴァルダとしてはそう答えるしかなかった。あのオリハルコンはワシのものだからやらん、などと言えるはずがない。
だが、敵に塩を送るようなことをしてしまっていいのか、との思いも抱いていた。これでは魔王を倒してくれと、手を貸しているようなものではないか。もちろん、自分たちが魔王を倒せる保証はどこにもない。ましてや彼らは勇者パーティだ。クルードにオリハルコンを託すのは、当然といえば当然のこと。それに、剣を打ってもらっている間、勇者たちはザノーの工房を離れられない。魔王城へ先に辿り着くという意味では、かなり優位に立つことができるはずだ。しかし……
「さあ、今日は祝杯だ。うちへ来てくれ」
ヴァルダが考えを巡らせていると、ザノーがそう声をかけて歩き出し、勇者パーティの面々がついていく。それに対してキルイは、「でも倒した魔族の後始末をしないと」と、周りを見回して、この場に留まるよう呼びかける。しかし、「そんなのは明日やればいい」とザノーは立ち止まろうともせず、キルイは仕方なさげにあとに続く。取り残されそうになったヴァルダは、「行きましょう、ヴァルダさん」とキルイに声をかけられ、ようやく歩き出したが、どうにも釈然としない表情のままだった。
最後までお読みいただきありがとうございました。
続きが気になった方は、ブックマークをぜひお願いいたします。