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すれ違いだらけの僕の運命  作者: 甘衣 一語
恋人
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友チョコと本命チョコ

「行ってきます。」

 いつもと同じように平宮さんは大学に向かう。けれどやっぱりこちらを見ることはない。昨日の夜からずっとよそよそしい。僕自身もきっと平宮さんの目にはそう写っているだろう。

「ねぇ、お兄ちゃんたち何かあったの?」

 咲にも勘づかれるほどのようだ。2つの綺麗な目が真っ直ぐ僕に向けられている。

「いや、なんでも。どうかした?」

 口をついたのはそんな白々しい返事だった。納得したわけではないだろうが、それ以上の追求はない。

「はぁ。」

 今日何度目かの溜息をつく。咲が本を読みながらそんな僕を見ていることは、気付いているけど気にしていられない。咲はしばらくして家を出て行った。鍵まで閉めてくれている。


『僕と恋人になってくれませんか。』

 そう平宮さんに告白したのは昨日のことだ。

 思い返してみれば、それほど焦って言う必要もなかったのにその時はそれしか頭になかった。平宮さんのことになるとうまく出来なくなる。

 平宮さんのお兄さんが昨日工場に来た。その理由は分からないが、2人が喋っている光景を見て不安になった。平宮さんはいくら嫌なことをされても兄を嫌っていない感じが、時々窺える。それは平宮さんの長所だが不安の種でもあり、気付いたら平宮さんの腕を引いていた。平宮さんがお兄さんに向ける困った表情は見ていて不愉快だった。だから、気付いたらそう口にしていた。

 2人の関係は兄弟で番。対して僕は友人でしかない。それが悔しくて、口にしていた。

 もっと、ちゃんと考えて言うつもりだった。こんな、不意打ちみたいなことするつもりはなかった。それなのに気付いたら口にしていて、気付いたらその場から逃げていた。

 恥ずかしい気持ちと、期待と、平宮さんを困惑させて申し訳ないという気持ちと、色んな気持ちが混ざって仕方がない。

 先週の土曜日の1件で、平宮さんはああ言ってくれた。けどもしかしたら、気持ちが変わってしまうかも知れない。一緒に住んでいる相手に好意を持たれていたら、嫌だろう。だから秘密にしてたのに。

 今平宮さんがいなくなったら、僕も咲も困る。


「ただいま。」

 いつの間にか夕方になっていた。平宮さんは1度帰ってきて、声もかけずにバイトへ向かった。夕食は作ている。

「おかえり、咲。」

 台所に向かい、手を洗う咲に声をかける。家に入ってからずっと鼻歌が響いている。

「ねぇ、お兄ちゃんチョコ作れる?」

 バレンタインを作るの。と嬉しそうに聞いてくる。そういえば、バレンタインデーが来週に迫っている。平宮さんと咲に、何か作ろうと一昨日考えていたのに忘れていた。

「簡単なやつなら。生チョコとか、」

 見栄を張った。お菓子を作ったことはない。作り方の予想はできるが、自信はない。

「ほんと、じゃぁ一緒に作ろう。私ね、はるちゃんとひろみさんと、お兄ちゃんたちに作るの。」

 作る相手の名前を、指を折りながら数えている。その中には僕と、平宮さんも入っている。

 恋人や友人にチョコなどのお菓子を送る日。高校の同級生は、この時期いつも賑やかだった。その時は気持ちが分からなかったが、今は分かる。平宮さんがチョコをくれるのか、つい考えてしまう。

「分かった。来週の水曜に一緒に作ろう。」

 誰に何を作るか、自分の計画を嬉しそうに話す咲に、言葉を遮りそう伝える。バレンタインの前日はバイトが休みだ。1日かければ色々作れるだろう。

「うん。」

 嬉しそうに返事をする。僕ももう少しこうやって感情を表現できたら、平宮さんとも今悩むことはなかったのだろうか。今更自分の性格を悔やんでも仕方がない。


「咲、ちゃんと手を洗って。」

 予定していた水曜日。平宮さんが大学に向かったことを確認し、咲と2人で台所に立つ。今日作るのはチョコのカップケーキと生チョコ。咲と一緒に選んだメニューだ。昨日一緒に買いに行ったラッピングもリビングに並んでいる。

「まずは、この板チョコを刻んで。」

 レシピを見ながら咲に指示を出す。料理を始めて2ヶ月。まだ拙いが、包丁遣いが上達している。基本的に僕は指示を出して見守るだけ。自分1人で作る、という咲の希望だ。

 実家を出てからそれなりの時間が流れた。すっかりこの家にもなじみ、成長しているように感じる。寂しいという言葉は、まだ出ない。兄として、保護者として、その成長は嬉しくもあり、ムリしていないか不安でもある。

 完成したチョコを冷蔵庫で冷まし、咲はラッピングの準備をしている。調理器具を洗うのは僕の仕事だ。


「できた。」

 リボンで可愛くラッピングされたチョコを見て、満足そうに咲は笑う。予定していた人数分作ることができた。余った分は既に咲が食べている。

「お兄ちゃんありがとう。」

「こちらこそ、ありがとう。」

 手に持ったチョコを見て呟く。咲がくれた僕のチョコ。そのままでも良かったのに、わざわざラッピングをして、メッセージカードが添えられている。広美さんと一緒に書いたらしい。僕の名前と『ありがとう』という言葉。少し歪だが綺麗な字で綴られている。

 他は平宮さんに見つからないように冷蔵庫の奥へ。僕がもらったチョコは咲の視線に負けて食べてしまった。ずっと見つめられて恥ずかしかったが、代りに咲の笑顔という十分すぎる報酬が返ってきた。

 僕から咲へのチョコは、咲が寝た後に作る予定だ。短時間で作れる市販のカップケーキを使ったお菓子だ。

 店長や広美さん、それから平宮さんにも贈りたい。

 まだ平宮さんとはギクシャクしている。表面上は変わらないが、目を合わせてくれない。自業自得なのに、やっぱり寂しい。


「お兄ちゃんおはよう。」

 いつもより少し早い時間に咲は起きてくる。冷蔵庫のチョコを確認してにやけている。平宮さんの分だけ出し、他は保冷バックに入れる。広美さんたちの分だ。

 朝食の準備が終わったら意気揚々と寝室に入っていく。咲の賑やかな声だけは聞こえる。咲に連れられて入ってきたその手には、僕がもらったのと同じチョコがある。

 咲が元気に手を合わせ、僕たちも食べ始める。

 緊張してあまり味がしない。平宮さんが向かいで料理を食べている。冷蔵庫の中には平宮さんのためのチョコがある。袋詰めも済み、あとは渡すだけのチョコ。けれど渡すタイミングが分からない。僕は咲のように真っ直ぐ渡す勇気はない。

 悩んでいる間に食事を済ませ、平宮さんは大学に向かう準備をしている。夕方もある。早々に諦め、見送りのため玄関に立つ。咲は靴を履く平宮さんにまだ話しかけている。

「あ、そうだ。」

 靴を履き終えた平宮さんが突然振り返る。僕の手にチョコを置き、そのまま逃げるように家を出る。

「え。」

 頭の中を疑問符が占める。何が起こったのかしばらく理解できなかった。

「きょうお兄ちゃん、わたしにはチョコないのかな。」

 咲の悲しそうな声で現実に戻る。

「帰ってきたらくれるんじゃないかな。」

 そう答えるけど確信はない。僕だけにくれた。僕のために買ってくれた。それは嬉しい。嬉しいけど。

 これは何チョコだろうか。そう考えると素直に喜べない自分がいる。

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