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すれ違いだらけの僕の運命  作者: 甘衣 一語
新しい同居人
31/38

 寝返りを打つと小さな体に腕が当たる。いつの間にか妹が僕の布団に入ってきている。

 まだ幼いその寝顔を見ていると少しだけ妹だという実感が湧く。昨日平宮さんに喋って、少しだけ受け入れることが出来た。考えないといけないことは多い。けれど、少しずつ解決して妹を守ろう。

 そのためにもう一度、親と会ってちゃんと話し合った方がいいだろう。


 起こさないように気をつけながら体を起こす。咲の布団を間にして平宮さんが寝ている。いつもは隣にいるから少し寂しい。

 そんな気持ちは押し込んで台所に立つ。今日からは3人分の朝食だ。実家でそうしてもらっていたように、小学校入学までは少し薄い味付けを心掛けたい。

 実家は全員で50人ほどが住む大所帯だ。その食事を管理してくれているのは一流の和食料理人で、それぞれの生育ステージに合わせて毎食4種類の献立を作ってくれていた。子育てにあまり詳しくないから、それを参考にさせてもらう。妹の好みも分からず、献立を考える段階で躓く。妹くらいの年齢は好き嫌いも多い。選択を間違えると面倒なことになるのでは、という不安がある。

「なにしてるの?」

 コンロの前で悩んでいると声が掛かる。妹が起きてきたようだ。実家の起床時間通りに起きてきた。

「朝ご飯をなににしようかな、って。」

 まだ1人になる前、自分も十分幼いのに背伸びして、小さい従兄弟の世話をしていた頃のことを思います。お姉ちゃんのまねをして少し幼い言葉を使っていた。

「あさごはん?おにいちゃんがつくるの?」

 驚きを隠せない、といった表情だ。平宮さんが料理する姿は楽しそうに見ていたのに、なんで僕にはそれをしないんだ。

「きょうおにいちゃんがりょうりにん、じゃないの?」

 まだ平宮さんが寝ている寝室を見て、不思議そうに呟いている。平宮さんが料理人。僕にはそんな考えはなかった。でも、確かに、なんで僕が一人暮しをしているかも知らない妹なら、彼を料理人、もしくは使用人だと考えても可笑しくはない。実家が選んだ料理人だと。

「平宮さんは料理人じゃなくて同居人。ただ一緒に住んでるだけで、料理も交代交代で作るから。」

 子どもに伝わるように、と言葉を選ぶのは難しい。伝わっているか不安になり妹を伺うが、ちゃんと理解できたようだ。飲み込みは早い。

「そうなの?じゃぁわたしもりょうりつくらないと。いっしょにすむんだもん。」

 なぜか急に意気込みだした妹は、早速僕が用意していた包丁に手を伸ばす。慌てて止めるが、料理をすると言うことを聞かない。今までは見ることも出来なかった料理という行為への好奇心、もあるのだろう。

 仕方なく簡単な作業だけ任せる。献立は妹の好き嫌いを考慮して焼き鮭と味噌汁、ご飯だ。僕たちの使う包丁は、妹の身長では少し大きい。台所自体も高いので色々と買いそろえないといけない。


「平宮さん起こしてきて。」

 妹の並べたグチャグチャな皿を整えながらそうお願いする。妹の行動を視ながらで自分の作業に集中できず、いつも平宮さんが起きる時間を過ぎている。

 妹の楽しそうな声と平宮さんのうめき声が聞こえる。

「慶人、おはよう。」

 しばらくして服がクシャクシャになった平宮さんが、妹に連れられて部屋に入ってくる。

 3人で席に着き朝食を摂る。初めて自分が手伝った朝食を自慢しながらおいしそうに食べている。

 ずっと喋ってばかりの妹を、平宮さんは飽きずに相手している。平宮さんが兄だったらすごく楽しそうだ。

 喋り続ける妹の横で、空いた食器を台所に運ぶ。平宮さんはこちらに視線を送りながらも、妹から目を離さない。丁寧に相槌を打っている。

「さて、行こうか。」

 食器洗いが終わったら声をかける。話を中断されて妹は不満げだ。

「そうだな。咲ちゃん、リュック取っておいで。」

 そんな妹を上手におだてている。僕たちも荷物を持ち、戸締まりの確認をする。これから3人で電車を使ってお出かけだ。妹用の包丁や踏み台、それに服や歯ブラシも妹の分が足りない。子どもの遊び道具すらないこの家は、咲を育てるには不十分だ。

「しゅっぱーつ。」

 平宮さんのお陰で妹は上機嫌だ。目的地も知らないままで元気に歩き出している。慌ててその後を追い手を繋いでいる平宮さんは、本当に兄のようだ。家から駅まで歩いて15分ほど。子どもの足では少し遠い。歩幅を合わせ、20分以上かけて辿り着く。そこからは早い。平宮さんの後を着いて電車に乗れば、あっという間に目的地だ。

「わー。すごい。」

 基本的に実家から出ない文字通りの箱入り娘をしてきた妹は、大きな建物にも、人の多さにも、建物内の音楽にもすべてに驚いている。僕も初めはそうだった。というかこんな建物を訪れるのは僕も初めてだ。

「ここならファッションとか雑貨とか、何でも揃ってるから。」

 ここまで案内してくれた平宮さんは、僕たちの驚き具合を見て満足そうに笑っている。

 はしゃぐ妹が迷子にならないよう、しっかり手を掴む。この7階建て大型ショッピングセンターは、年末年始なだけあって多くの人で賑わっている。気を抜けば僕も迷子になりそうだ。

 買わないといけないのは、服。布団類。食器類。包丁。踏み台。遊び道具、この歳なら本や勉強道具の方がよいかもしれない。水筒や弁当も一応必要だ。必要だと思ってメモ用紙にまとめてきたのはそれくらい。平宮さんはそれを見ながらあちこちと歩き回っている。僕と妹は必死にその後を追う。

 布団は大きいから宅配。小さいモノは妹のリュック。その他は俺たちがマイバッグに入れて運ぶ。途中、フードコートで昼食を取り、1番人が混む時間帯に全ての買い物が終わった。自分で選んだ自分専用のモノをたくさん詰め込んだリュックを背負い、妹は満足そうだ。

「そういえば。」

 メモを確認しながらエスカレーターを降りていると、家電量販店が目に入る。

「平宮さん、ちょっと待っててください。」

 店の前で2人と別れる。家の電球が消えかけていたのを思い出したのだ。他にも色々と欲しいと思っていた家電が目に入り、つい手に取る。それらをレジに運び、終わった頃には20分も経っていた。買い物とは恐ろしい。謝罪の言葉を口にしながら2人に駆け寄ると、今度は僕が妹を任される。戸惑う僕を置いて今度は平宮さんが店に入ってゆく。

「あのね、きょうおにいちゃんが、てれびかってくれるんだって。」

 妹が嬉しそうに教えてくれる。彼女が指さす咲にはテレビがある。客引き用に置かれた大型のテレビだ。その前を大勢の客が通り過ぎている。

「すごいね、ひとがうごいてる。かっこいい。」

 テレビを指さし興奮気味に話す。そういえば、まだテレビ買っていなかった。平宮さんが来たし折角だから買おうと思っていたのに。けれど、こうしてテレビをちゃんと見るのは初めてだ。普段行っている家に近くのスーパーは、電球は売っているがテレビはない。学校用のテレビなら高校にあったから知っている。けれど家用のテレビは、見たことがなかった。その事実に少し驚く。

「お待たせ。」

 妹の話を聞いている間に平宮さんが帰ってきた。

「あ、お金。」

 慌ててカバンから財布を取り出す。咲に手に掴んだのは咲用の、親がくれた通帳から下ろしたお金が入っている財布。今探しているのは自分用のだ。あまりカバンの中を整理するのは得意じゃない。

「いいよ。」

 そんな僕を平宮さんが止める。

「でも。」

 妹の何かを平宮さんに出してもらうのは気が引ける。親に押しつけられたことだが、僕が兄だから押しつけられたのだ。兄だから。なら、兄としてちゃんと責務を全うしないといけない。妹を守って、色々と準備するのは兄の役目、のはずだ。

「これは俺から咲ちゃんと、慶人へのプレゼント。お年玉的な。」

「でも。」

 それでも食い下がる僕に、平宮さんは困った表情を向ける。

「兄だからって、慶人が全部しなくても大丈夫。俺だって一緒に住んでるんだから、少しくらい手伝えるだろう。」

 わかったか。と子どもを宥めるように言う。頷くしかない。

 けど、いつまでもあなたには頼れないじゃないですか。喉元まで出掛かった言葉が声になることはなかった。平宮さんの言葉は嬉しいが、平宮さんはあくまでも同居人だ。

 その事実が僕に重くのしかかる。いつまで平宮さんは僕と一緒にいてくれるだろうか。

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