寂しさ
この世界には男女の他に第二の性がある。発情期があり、男女共に妊娠が可能なω(オメガ)。身体能力や知能が優れたエリート階級のα(アルファ)。人口の9割を占めるβ(べーた)。
オメガの発情期は数ヶ月に一度、数日続き、アルファを惑わすフェロモンを体にまとう。発情期中にアルファがオメガの項を噛むと運命の番となり、番以外へのフェロモンの効果は無くなる。さらに、オメガは番以外に対して拒絶反応を示すようになる。番契約は一度しかできず、解約はできないため事故で番になることがないように、オメガの中には項を保護するチョーカーを着けている者もいる。
そんな、生まれながらの運命が定められている。
「いってきます。」
平宮さんを見送ると、途端に部屋が静かになる。
今日明日と実家で開かれる新年会のために、家を留守にするらしい。正月休み初日に教えてくれていたのに、実際いなくなると少し寂しい。
「とりあえず、片付けないと。」
机の上に広がるビール缶を見る。
昨日、園崎さんの急な提案で開かれた大晦日の忘年会。お酒を飲まないことを条件に了承したが、予想通り僕が寝た後に飲んだようだ。
昼食には平宮さんが園崎さんのために残していた年越しそばを、温めて食べる。
いつもの夕食もそうだけれど、1人だとやっぱり味がない。その後は勉強をして、気付いたら暗くなっていた。
夕食は平宮さんが作ってくれている。それを温めて食べてもやっぱり味はしない。
元々、食事を楽しむ習慣はなかったけれど、平宮さんと、誰かと一緒に食べる楽しさを知ってしまったら、味が余計に薄く感じる。たった1ヶ月なのに、平宮さんの存在は僕にとって大きいモノとなっているようだ。
元々食事を楽しむ習慣はなかったけれど、誰かと、平宮さんと一緒に食事をする楽しさを知ってしまったら、余計に味は薄く感じる。
近所の家族が帰ってきて賑やかな声が、壁を通して聞こえてくる。
僕の部屋に響くのは、パソコンを打つ音と、冷蔵庫や除湿機の稼働音だけ。
いつもの平宮さんの声はない。誰もいないような静けさが、集中力をそぐ。
机に向かって勉強をしても、平宮さんを真似るように読書をしても、内容が頭に入ってこない。
そのまま惰性に時間が過ぎるのを待ち、いつもより2時間も早く布団に入った。
真っ暗な部屋が恐怖を誘う。
暗闇は苦手だ。小さい頃の怖がりな自分はもういないと思っていたのに、まだ全然変わっていないようだ。
弱い、怖がりの、さみしがりの、幼い自分のままだ。
もし、僕がオメガだったら何か変わっただろうか。
少なくともオメガであれば、従兄弟や家族とずっと一緒にいられた。お母さん褒めて貰えて、お姉ちゃんたちともっと遊べて、お父さんともっとお喋りできた。
従兄弟のお兄ちゃんともずっと、もっとずっと一緒にいれたのに。
僕がアルファだから、捨てられた。僕がアルファだから、嫌われた。僕がアルファだから、お母さんは汚れを見るような目で僕を見た。
僕はアルファだから、いつか平宮さんも僕の元から去るだろうか。
まだ、平宮さんに過去を話すこともできない弱虫な僕に、いつか嫌気がさすのだろうか。
結局ほとんど眠れぬままに、夜が明けた。
いつもは隣に広がっている布団は、僕の横で畳んで積まれている。
今日帰ってくると言っていた、けれど何時に帰ってくるだろうか。
平宮さんからの連絡はない。あそこにはWI-FIがないから、連絡ができないのかも知れない。
でも、少し連絡するくらいは、できないだろうか。
いつかえってくる。朝?昼?夕方?
予定を変えてさらに一泊するとか。
布団に横になりながら考えると、そんな突拍子もない応えばかりが帰ってくる。
始めて、朝食を食べなかった。ひとり暮らしを始めてからもちゃんと朝食は食べてきた。
昼食や夕食は作るのが面倒で抜くこともあったけれど、朝食を食べたくないと思ったの初めてだ。
だからお腹が空いて、でも動く気になれないで布団の中でモソモソしていたら呼び鈴が鳴った。
「ケイ君大丈夫?」
帰ってきたと慌てて扉をいたのに、そこにいたのは園崎さんだった。
「なんで、なんであなたなんですか。平宮さんは。」
園崎さんが悪いわけでも、八つ当たりで平宮さんが帰ってくるわけでないことも、理解できているのにそんな言葉が出ていた。
平宮さんはちゃんと帰ってくる。そう叫んでいる理性とは裏腹に、口は勝手に動いている。
「やっぱり僕じゃダメ、なの。」
「お兄ちゃん達みたいに、平宮さんも僕を・・・」
園崎さんがオロオロしている様子が視界に写る。園崎さんになんで来たのか聞かないと、そう思う理性とは裏腹に園崎さんを罵倒する言葉が口をつく。
「なんであなたなんですか。僕は、僕はあなたじゃなくて、平宮さんがいいのに。」
やっぱり、僕じゃダメなんだ。
僕がアルファだからみんな僕が嫌いなんだ。
本能に簡単に負けてしまうような僕じゃ、人を傷つけてしまうような僕じゃダメなんだ。
もっと一緒にいたかった。お母さんとも、お父さんとも、お姉ちゃんとも、お兄ちゃんとも、従兄弟達とも。
ダメな子でごめんなさい。
ダメな子だけど、もっとおりこうにするから、一緒にいたいよ。
もっと一緒に遊びたい、おしゃべりしたい、勉強したい。寂しいよ。寂しいから、一緒にいたい。ごめんなさい。
気付いたら僕は平宮さんの腕の中にいた。
僕もいい歳で小さい子をあやすように、ではないけれど、それに近い雰囲気で気付いたら恥ずかしさが芽生えてしまった。けれど振りほどきたくはなかった。




